表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/35

武器を置いた者から客人です

 北門を閉じるよう命じてから、半刻。


 わたくしはエルネスト様とともに、城壁の上へ立っておりました。


 夕食後の散策に適した装いのまま、見下ろす先には四十名の王国兵。先頭には、白馬に跨ったレナード殿下がいらっしゃいます。


 庭の代わりに眺めるには、ずいぶん物騒な景色でございます。


「セシリア!」


 殿下の声が、閉ざされた門へ叩きつけられました。


「王家の財産を横領し、国外へ逃亡した罪人を引き渡せ! これは王国の正式な命令だ!」


 掲げられた書状には、たしかに王家の紋章がございました。


 ただし、国境の向こうから隣国の大公領へ命令できるほど、王家の紋章は便利な道具ではございません。


「罪状を記した令状と、両国間の犯罪人引渡条約に基づく請求書をご提示くださいませ」


 わたくしが告げると、殿下は顔を赤くなさいました。


「私が来たこと自体が証明だ!」


「殿下のお顔は、条約の条文には含まれておりません」


 隣で、エルネスト様が小さく咳払いをなさいました。


 笑ってなどおられません。きっと。


「セシリア・フォン・アッシュフォード」


 殿下は書状を握り潰しかけながら、声を張り上げました。


「王命に従い、ただちに門を開け。抵抗するなら、反逆と見なす!」


「わたくしはすでに王国の臣籍を離れ、ヴェルデン大公府の庇護下にございます。王国法に従う義務はございません」


「そんなものは認めていない!」


「殿下の署名入り婚約破棄状に、『セシリア・フォン・アッシュフォードに対する王家および王国貴族としての一切の権利を放棄する』と明記されております」


 あの夜、わたくしを二度と王家に関わらせぬため、殿下ご自身が付け加えさせた一文です。


 願いが早くも叶ったというのに、ご不満とは難しいお方ですこと。


「その文言は婚約に関するものだ!」


「『婚約に関する』とは書かれておりません。ご確認なさいますか?」


 ハンナが、写しを大きく広げました。


 城壁の上からでも見えるよう、問題の一文には赤い線が引いてあります。用意のよい侍女でございます。


「なお、原本は王国最高法院、大神殿、ヴェルデン外務院へ一通ずつ寄託済みでございます」


 殿下が原本を燃やせば済むとお考えになる前に、念のため申し添えました。


 白馬が苛立ったように前脚を鳴らします。


「ならば武力をもって――」


「レナード殿下」


 そこで初めて、エルネスト様が口を開かれました。


 静かな声でしたが、城門の内側に並ぶヴェルデン兵の槍が、一斉に立てられました。


「貴殿はいま、我が領内へ武装兵を率いて侵入している。次の言葉は、王国による宣戦布告として記録される。それでよろしいか」


 殿下の背後で、兵士たちがざわめきました。


 彼らは戦争を始めるために来たのではないのでしょう。殿下から、逃げた婚約者を連れ戻すだけだと聞かされていたに違いありません。


 そのうえ、彼らの荷馬車は一台だけ。積まれている食糧は、どう多く見積もっても二日分です。


 以前なら国境沿いの宿場が、王家の後払い証書で食事と寝床を提供しておりました。


 その宿場への支払いを立て替えていたのは、アッシュフォード家の交易会計です。


 わたくしが正当に引き上げたものの一つでございました。


「殿下」


 後列から、年嵩の騎士が進み出ました。


「遠征命令では、ヴェルデン側の協力は得られるとのお話でした。開戦のご命令とは伺っておりません」


「黙れ! 門を破れば済む!」


「破城槌も攻城梯子もございません」


 実に正確な報告です。


 白馬で門へ体当たりなさるおつもりでなければ、済みそうにございません。


 わたくしは兵士たちへ向けて声を上げました。


「王国兵の皆様。武器を置かれる方は侵入者ではなく、保護を求める客人として扱います。食事と寝床を用意し、明朝、武装を返却したうえで国境までお送りいたします」


「兵を買収するつもりか!」


「いいえ。武器を置いた方へ、温かいスープを一杯差し上げるだけでございます」


 沈黙の後、地面へ剣が置かれました。


 最初に武器を手放したのは、先ほどの年嵩の騎士でした。


「我らは王国へ忠誠を誓っております。ゆえに、王国を勝手に戦争へ引きずり込む命令には従えません」


 彼に続き、一人、また一人と槍が横たえられてゆきます。


 四十名のうち三十七名が武装を解くまで、それほど時間はかかりませんでした。


 残った三名はレナード殿下の近衛でしたが、こちらも忠義と空腹を秤にかけた末、剣帯を外しました。


 最後まで馬上に残ったのは、殿下お一人です。


「この裏切り者どもめ!」


「兵糧も帰路の費用も支給せず、他国との戦争になることも伏せて連れてきた方が、忠義についてお語りになりますか」


 年嵩の騎士の言葉に、殿下は何も返せませんでした。


 結局、レナード殿下も入領の条件として剣を預けることになりました。


 ただし客室ではなく、北門の詰所に一泊していただきます。国家の賓客と呼ぶには書類が足りず、捕虜と呼ぶには戦争が始まっておりません。


 分類に困る方は、門番の監視下へ置くのが最も安全でございます。


 翌朝、わたくしは今回の一件をもとに、新たな国境規則を整えました。


 旅人が武器を一時的に預ける際は、武器の種類、所有者、返却期限を記した預かり証を発行する。商隊の護衛には封印紐を施し、街道上でのみ携行を認める。紛争時には双方の主張を記録し、中立の審査官が裁定する。


 これまで武装した護衛を連れた商隊は、門ごとに長い取り調べを受けておりました。


 けれど、預かり証と封印紐があれば確認は短く済みます。


 規則の施行初日だけで、北門を通過した荷馬車は従来の一・六倍。門前で夜を越す商隊は一つもなくなり、空いていた倉庫には王国から逃げてきた塩商人の荷が収まりました。


 門を閉じたことで、道が開けたのです。


 すべての処理を終えると、エルネスト様が一枚の紙を差し出されました。


 昨夜の散策に関する寄託証書でした。


 返却期限の欄には、『未履行につき、所有者の希望する日時まで延期』とあります。


「ずいぶん大まかな期限ですこと」


「所有者の承認を得たい」


「昨夜の一刻は、もう過ぎております」


「だから改めて頼んでいる」


 合理主義者らしからぬ、利益の見えない申し出です。


 けれどエルネスト様は、わたくしが断れる距離で待っておられました。


「今夜、庭を歩かないか」


「帳簿も護衛会議もなしで?」


「剣も侵入者もなしだ。できれば急使も」


「最後のものまで禁じるのは難しゅうございますね」


「では、来ても十分間は無視する」


 大公としてはいかがなものでしょう。


 わたくし個人としては、悪くない提案でございました。


「承認いたします」


 署名しようとしたわたくしの指を、エルネスト様の手がそっと包みました。


「昨夜、君が城壁へ向かうと言ったとき、止めるべきだと思った」


「止められても参りましたわ」


「分かっている。だから隣に立つことを選んだ」


 守られる場所を決められるより、はるかに心強い言葉でした。


 今度こそ庭へ向かおうとした、そのときです。


 武器台帳を作っていた門番が、一本の短剣を運んでまいりました。


 レナード殿下の鞍袋から見つかった品だそうです。


 柄の中には、細く丸めた王命書が隠されておりました。


 そこに記されていた命令は、わたくしの連行ではございません。


 ――セシリア・フォン・アッシュフォードが帰国を拒んだ場合、その場で処刑せよ。


 そして王命書の末尾に押されていたのは、国王陛下の印ではなく、妹イザベラの私印でした。


(第10話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ