表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

「あ、そこはシャチハタじゃなく」

「うん、これでいいかな」

 ハンコを押した書類を事務員に手渡すと、交換のごとくさっと差し出された物があった。

「これ、朱肉の拭き取りに、よかったら使ってください」

「ええ、ど、どこで手に入れ……!」

 それはボックスティッシュだった。動揺の余り、舌がもつれる。

「新発売のティッシュという便利グッズです。いいアイデアですね」

「新発売?」

「飛ぶように売れているそうですよ。すごく便利だって。休憩時間をまるまる潰して並んで買ったんですよ。なんで今までなかったんだろう。不思議ですねえ」

 事務員は誇らしげな顔で自慢の戦利品をひけらかす。ティッシュが復活した。どういうことだ。


 家に帰ってゴミ箱を覗きこんだ。奴はいない。

「おい、出て来いよ、嘘つき野郎」

 おれは穴の開いた靴下をゴミ箱に放り込んだ。

「次はどうする?」

 お布施に反応して、神はすぐに現れた。靴下は美味しかったか。

「ゴミの神、確かめたいことがある」

「なんじゃ」

「おれはあんたを愛している。その長い頭頂部を愛撫して、舌でべろべろ舐めまわしたい」

「お、お……」

 ゴミの神は顔を真っ赤にして鼻を膨らませた。

「おい、どういうことだよ。ウソがつけるじゃねーか。この世からウソが消えたんじゃないのかよ」

「む、ごほん、誤解があるな」

 ゴミの神は空咳をして居住まいをただした。

「よく聞け。わしが消せるものは……」

「すでに存在するもので、今後発生するものには及ばない」

「なんだ、わかっているではないか。そう、過去にしか適用できないんじゃ。今後のことはわしの責任ではないぞ」

 急に疲れを感じて、ベッドにどすんと腰をおろした。

「じゃあ、消しても無駄じゃないか。すぐによみがえってくるんだから」

「何かしらの存在理由があるものは消そうにも消えないもんじゃなあ。ないと不便なものは誰かが発明してやがて復活する。それは世の理ではないか。無意識のうちに便利なものに胡坐をかいて暮らしてきたことがよくわかったろう」

「……そうだな」

 ティッシュが消えたときに痛感した。あることに慣れすぎていて、普段は意識をしていない。なぜこの世に生み出されたのか、背景を考えたことも、存在に感謝することもない。そのくせ、べったりと依存している。ベッドだって、電子レンジだって、漫画雑誌だって、スマホだってそうだ。部屋の中をぐるり見回す。窓に自分が映っている。今着ているシャツや下着がなくなったら、人類は一時的に裸族になるのだろうか。

「ふむ、衣類をなくしたいのか」

 想念を読んだかのようにゴミの神は杖を高く振り上げた。

「待った待った。それはなしで」

「じゃあ、なんにする。早くしろ」

「気が変わった。もういいよ」

「なんだと」

「だって、もとはおれが『世界が消滅してしまえばいいのに』って呟いたことから始まったんだろ。あのときは失恋でへこんでいたんだ。今は前向き……というほどではないが落ち込んでない。世界が消滅したらいいなんて、もうまったく欠片も思ってないんだ」

「お前の事情なんて知らん。次に消す物を言え」

 ゴミの神はまなじりを吊り上げた。枯れた仙人のような面影はすでにない。

「困ったなあ」

 願い事は三回、というのがおとぎ話のお約束だが、三つめで終了するなら、なるべく影響の出ないものを指定するのがよさそうだ。

 だが三つ目めで終わらずに、世界が消滅するまで指定し続けないといけないとなったら、耐えられそうにない。

「なんでもいいんだよな。この世に存在するものなら」

「かまわんぞ」

「じゃあ、ゴミの神とか言ったらどうなんの? 願ってもいいものなの?」

 おれはへらへらと笑いながら訊ねた。無邪気なジョークのふりだ。

 ゴミの神はぴくりとこめかみをうねらせた。

「神に向かってそういうふざけたことを言うやつがたまにいるな。けしからんことだ」

「ジョーダンだって。でもさ、あんまり容量があると消費するのも大変でしょ。小さなものとか少ないものとかのほうがいいんだよね」

「そうだのう」

 ゴミの神は横目でゴミ箱を見た。

「徐々に窮屈になるだろう。新しいゴミ箱を寄越しなさい」

 徐々に、という言葉に打ちのめされた。次で終わりではないのだ。

「こんなんでいいか……?」

 ネットショップで「大きなゴミ箱」を検索した。外置き用の丸型ペールだ。神は喜色満面で小鼻を膨らませる。

「ポリエチレン製の丸型ペールか。では120リットルが良いな」

 どれだけ肥える気なんだろう。

 世の中からゴミ箱を消してくれと言ったらどうなるだろう。一度は消してくれたとしても、すぐに新発売されて大ヒットしそうだ。ゴミという概念がなくならない限り、ゴミの神は存在し続ける。

「……もし、もしもの話だが、おれが何も言わなかったらどうなるんだ?」

「おまえはすでにわしと契約している。代わりにおまえの肉体をゴミとして消費する」

 した覚えのない契約を持ち出されて、さらりと恐ろしいことを言われた。

「本当は、神じゃなくて悪魔なんだろ」

「それは見方次第じゃな」

「クーリングオフは」

「使用後は不可じゃ」

 ゴミの神は次第にイライラし始めた。

「早くせい!」

「じゃ、じゃあ、カルシウム錠剤消して!」

「カルシウム錠剤だと」

「無理なら別の物を」

「……いや、一度口にしたもので消滅可能なものは取り消しはできんのだ。よし、カルシウム錠剤を消してやろう」

 ゴミの神は杖を振ると、定時退勤する公務員のようにさっさと消えていった。

 これで少しはゴミの神のイライラが解消されるといいけど。

 カルシウム錠剤は放っておいてもすぐに復活するだろう。なんで今までなかったんだろう、盲点だったと製薬会社が競うように作るに違いない。

 しかし、一度口にしたもので消滅可能なものは取り消しができないとは思わなかった。それでも、「ゴミの神」と口にする勇気は持てなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ