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肥えたな。
ゴミの神は特大丸型ペールにすっぽりとはまっている。六畳一間の部屋に外置き用のペールが鎮座しているのはひどく窮屈だ。
あれから細々としたものを指定して、その場しのぎを繰り返した。パソコンのキーボードの上の埃とか、エアコンのフィルターの汚れとか、風呂場の黴とか。おかげで快適な生活が保たれている。そしてゴミの神はどんどんと膨れていった。
「世界を消滅しようという気概はないのかね」
「ああ、ないって言ったろ」
埃や黴を食わせられて文句を吐きつつも、キャンセルができないことと、いつまでも終わらない世界の消滅にゴミの神はイライラしている。
「世界が消滅しても、あんた……神様は別個で存在できるの?」
「いや、わしも消滅するだろうな」
「それでいいの?」
「いいのだ。愚かな人類が愚かな願いで消滅するのを見れれば満足じゃ」
歪んでいる。
「今日はどうする。何を消すのかね」
「うーん……」
先送りにも限界はある。
「遠慮しなくていいぞ。エネルギーをたっぷり喰らったからのう。大きなものやたくさんのものを一斉に消すことができるのだ」
「あ、ちょ、ちょっと考えさせて」
「早くせい!」
ゴミの神を待たせたのは、スマホにラインが届いたからだった。まさかの元カノだった。
『あんたでしょ、最低』
意味がわからない。そこで『?』と返信すると、
『はあ? シラをきる気? わたしのこと、ストーカーしてるでしょ』
とんだ濡れ衣を着せられたものだ。
『おれはそんなに暇じゃない。地球を救うために日々、神と戦っているんだ』
『あんたじゃなきゃ誰なのよ』
『おれと二股してたカレシはどーした』
『とっくに別れた』
「おい、なにをしておる」
ゴミの神は肩越しにスマホを覗き込んできた。いつのまにやら、ゴミの神の身長はおれの背を越えていた。
神はスマホの画面を一瞥するや、ふんと鼻を鳴らす。
「スマホとかいう機械、人類に必要かね」
スマホと言えと圧力をかけてくる。言葉ではなく、肩にのしかかる物理で。
「スマホはないと困るかな~」
「では、その女は?」
胸がどくんと波打った。
「なにを言って……」
「元カノを消滅させようという提案じゃ。そなたが世界の消滅を願ったそもそもの元凶はその女だったろう。そいつがいなくなれば、おまえの心は平和になるぞ」
「もう彼女とはなんの関係もないし、なんの感情もない」
「そうかのう。そうは見えんがのう。まだ囚われていそうだがのう」
ゴミの神はぐひひと歯茎を剥き出しにして下品に笑った。
こいつは愚かな人間の愚かな願いで世界が消滅するところが見たいのだ。愚かなおれに失敗してほしいのだ。
「平和……か。そうだな、平和を願う。だけど消すのは元カノじゃない。ストーカーだ」
「ち。そっちか。やはり本当は元カノが恋しいんじゃろう」
執拗に煽ってくるゴミの神。無視だ。悪魔にそそのかされるわけにはいかない。人間のプライドにかけて絶対に回避してやる。
二度と世界の消滅を願うことはしないと心にかたく誓う。
「ストーカーという言葉や概念じゃなくて、今この世に存在するストーカー自体を消してくれ。ストーカーの存在を、だ」
「ふふふ」
ゴミの神は不敵に笑った。
おれは人として許される一線を越えようとしていた。それがゴミの神にはことさら嬉しいようだ。
世界中のストーカー諸君には改心の機会さえ与えてあげられず申し訳ないが、さっさと消えてくれ。
「えい」
ゴミの神は杖を振るい、姿を消した。おれはさっそく元カノにラインした。
『ストーカーは消しておいた。安心して』
『は? あんたのことでしょ』
ぐっと喉が鳴ったが、こらえる。
ストーカーといえど人間である。人間を消す指示を、おれはためらわなかった。
元カノの返信から読み取れるのは、ストーカーという概念が消えてないこと。今この瞬間から新しいストーカーが誕生しているかもしれないが、おれがその気になればいつでも消すことができる。
『もしまた困ったことがあれば連絡して』
というトークは送れなかった。ブロックされたのだ。
翌日も翌々日も、ゴミの神は現れなかった。120リットル特大丸型ペールにおさまりきれないくらいに肥えたのかもしれないし、食あたりになったのかもしれない。しばらく待てば痩せて戻ってくるだろうか。
ストーカーを消して以来、おれの自我はときたま地球を飲み込むほどに肥大する。おれが望めば世界中から戦争をなくすことだってできるのだから、自惚れてもいいと思う。核兵器も戦車もミサイルも、独裁者も消すことができる。契約書のハンコが傾きすぎたとか部長が愛人と別れたらしいとか、元カノに完全に見限られたとか、どうでもいい。
十日が過ぎ、三ヶ月が過ぎたが、ゴミの神は現れない。
ようやく思い出した。
ゴミの神自身がストーカーであったことを。
「世界は消滅を免れた……のか」
とはいえ消滅の危機があったことも、消滅を止めたおれというヒーローの活躍も、地球上の誰一人知らない。元カノの誤解が解け、よりが戻るなどという都合の良い展開もない。
「世界が消滅すればいいのに」
ゴミのような人間だからゴミの神につけこまれたのだ。
ふと横を見ると、丸型ペールが大きく口を広げている。見えないなにかに呼ばれている気がして、おれは丸型ペールの腹を思い切り蹴っ飛ばした。




