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「今日はなにを消滅しようかのう」
ポテチの空袋をゴミ箱に捨てたとたん、奴は現れた。油で汚れた指先を、ちぎれやすいトイレットペーパーに苛立ちながら拭った。
「うるさい。出てくんな」
「イライラしておるな。カルシウム不足か。牡蠣の殻を食べるがよいぞ」
「あんたのおかげでイライラしてんだ。ストーカーみたいにつきまとうなよ。それよか、ティッシュを戻してくれ。やっぱ、ないと不便なんだよ」
「海のように広い心を持ってはどうかな。ワシのように。ああ、ワシはストーカーでけっこうだ。おまえさんの願いが叶うまでつきまとってやるぞ。だがティッシュは無理だ。もう消費してしまった。だが安心するが良い。人間は目端が利く生き物だ」
「消費? 消費って使い切ったってことか?」
「わしの栄養に変わった」
言われてみれば、昨日よりも顔色が明るくつやつやしていた。身体も一回り大きくなったようだ。
「ティッシュ、食べたのか」
「消滅のさいに物質はエネルギーに変わる。そのエネルギーを吸収することで消滅させたと言い換えてもいい」
顎をつきだしたゴミの神は妙に誇らしげだ。
「はあ、なるほど」
よくわからないので神妙に頷いた。
「次はどうする。何を消したい」
とくに消したいものはない。物質はこいつの栄養になるが、おれは不便になる。そう思うとどこか合点がいかない。この世からなくしたいのは物質よりもっと悪いものだ。
「ウソ」
「……ほう?」
「ウソをついて経費をかすめ取るウソつきが会社にいるんだ。ウソをついて二股をするずるい女もいる。うんざりだ。ウソをなくしたい」
「……ううむ」
「やっぱり物質じゃないと無理か」
「まあ、できることはできるが、栄養分は少なそうだな。まあよい、それが望みならば」
驚いた。ウソが消えるというのか。もしそうなれば二度と女に欺かれることはない。部長も部長の愛人も会社の金をちょろまかせなくなる。
「ほいな」
神は杖を振った。とくになにも変わらない。
「ウソが消えたのか?」
「消えたぞ。確かめてみろ」
「どうやって確かめればいいんだ。そうだ、元カノに電話……いや、なんでだよ」
手に取ったスマホを思わず投げ捨てたくなったが、スマホをゴミにするわけにはいかない。指が自然とラインのトーク画面を開いた。彼女とはもっぱらラインで連絡を取り合っていたので、勝手に指が動いてしまったのだった。
「あれ?」
やり取りのいくつかが消えていた。
彼女が嘘をついていた部分なのだろう。懐かしい会話をさかのぼっていくと、『大好きだお』が消えていた。膝から崩れ落ちる。わかっていたことだけれど。
世の中から嘘がなくなったのは歓迎すべきことだが、ウソのない世界も殺伐としているのではなかろうか。
よくよく見直してみたら自分が送った『愛してるよ』も消えていた。
「おれは元カノを愛している」
すんなりと言葉になった。なんの感情も伴わないただの音の羅列。ウソつきはゴミの神じゃないのか。
「おい、ゴミの神、どういうことだよ」
文句を言ってやろうとゴミ箱をみたらすでにいなくなっていた。
ウソが消えたかどうかを、どうやって確かめたらよいのかわからず、テレビの電源を入れる。お笑いも野球中継もいつもどおりだ。なにも変わっていないじゃないか。チャンネルがニュース番組に辿りついた。
コメンテーターが総理総裁選の予想を話していた。おかしな話だった。つい先週、とある女性が総裁選を勝ち抜き、総理大臣になっていたからだ。不祥事でも起こしたか、不信任でも叩きつけられ……るにしては早すぎる。それとも先週あったという記憶が夢だったのか。
しかし立候補者の中にその女性の名前はなかった。では、死んだのか。
嫌な予感がして、スマホで検索してみた。
その女性の政治家は世の中に存在しないことになっていた。
「……消えた」
他に幾人かの政治家が消えているのかもしれないが、そこまでは政治に詳しくないのでよくわからない。だがあの女性が消滅した理由はすんなりと理解できた。
「ウソが服着て歩いているような政治家だったからなあ」
ふいに心配になって、元カノにラインを送った。さいわいブロックはされていなかった。
『元気?』
すぐに既読がついたが返信はない。生きているとわかれば、充分だった。




