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「ない」
ティッシュコーナーにティッシュがなかった。というよりティッシュコーナーが存在しなかった。ずらりと並んでいるのはトイレットペーパーである。
「あの、すみません。ティッシュほしいんですけど」
「……なんです?」
店員は聞き取れなかったようだ。
「ティッシュです」
「え……すみません、魚はないです」
「フィッシュじゃねえ。チリ紙、鼻紙。こういうの」
箱の形を両手で示す。五個パックの縦横高さを身振り手振りで表現した。
「申し訳ありません。当店では取り扱いがない物かと思われます」
「あほか」
慇懃無礼な店員にキレそうになる。
「次来るときまでに仕入れとけよ」
遠回りしてコンビニにも寄ったが見当たらない。コンビニは品揃えが少ないからしょうがないと諦める。
「あ、そうだ」
昨日、駅前でポケットティッシュをもらったことを思い出した。近所にパチンコ店がオープンするとかしないとか。鞄に放り込んだはずだ。
「あれ、ない。ない。……なくしちまったのか」
失うととたんに価値があるものに感じてしまう。ふと元カノの顔が浮かび、トイレットペーパーで目元を拭った。
ハンコを押すときは緊張する。軽く抉るように押し当て、偏りなくムラもなく朱肉が紙に移ったときは胸中で喝采をあげる。通り掛かった事務員に契約書を渡す。
「すまないけど、これ郵送しておいて」
「お客様控ですね。了解です」
「あのさ、ティッシュどこかな」
印面についた朱肉を拭き取りたい。事務員のデスクにあった気がしたが。
「ティ……なに?」
「ハンコを拭きたいんだ」
「ああ、どうぞ」
差し出されたのは織りの粗い布、いわゆるガーゼだった。使用済みらしく付着した朱肉が血のようにこびりついている。
「これしかないの?」
「ご不満?」
「……いえ」
オフィスを見回したがどこにもティッシュはなかった。
「まさか……ね」




