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 彼女にフラれた。

 別れは初めてのことではない。恋愛に限らず人間関係にヒビが入るのはよくあることだ。

 人生とは出会いと別れの繰り返し。二十五年も生きていたら何度も経験する。次の出会いに乾杯。前向きにいこう。

 それなのに、そのはずなのに、おれは布団から出る気力を失くしていた。

 自分で自分をごまかすのは思っていたよりも容易ではなかったようだ。

「ゴミみたいな世界が憎い。消滅してしまえばいいのに」

 一人暮らしだ。誰に聞かれることもない。

 聞いているのはおれだけだ。鼓膜を通して脳みそに沁みわたる。すると目頭が熱くなって鼻の奥がグズグズと鳴る。肉体と精神がバラバラになったみたいだ。枕もとのティッシュを一枚引き抜いて寝ころんだまま鼻をかんだ。まるめたティッシュをゴミ箱に放り込む。

 自分一人を幸せにできない無力な世界など滅んでしまえ。

「お前の願いをかなえてあげよう」

「は?」

 ゴミ箱から何かがせりあがってきた。猫くらいの大きさだが猫は飼ってない。それに猫は言葉を喋らないし、虹色の光をまとっていない。よく見ると七福神の福禄寿みたいな爺さんだ。

「お前の願いをかなえてあげよう」

 そいつはもう一度同じ台詞を繰り返した。おれが聞き取れなかったとでも言うように。

「あんた誰だ」

「わしはゴミ箱の神だ。人がゴミ箱に捨てた感情はわしへの貢ぎ物である。ゆえにお前の願いをかなえてやろう」

「願いって別になにも……」

「世界を消滅してやるぞ」

「ゴミ箱の神ってそんなことができるの?」

 頭がおかしくなったのかと焦る。今日は日曜日だから病院は休みだ。明日、午後休を取って病院に行くのはかったるい。ゴミ箱の神を医者に説明するのは恥ずかしい。妄想だとわかっているだけ、まだ正気が残っている、と自分を落ち着かせながら立ち上がった。

 キッチンに移動して冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、一息に飲んだ。胃が急速に冷えて神経がびりびりした。

 振り返ったら仙人はいなくなっているはずだ。そうでなくてはならない。そうであってくれ。だが振り返る前に自分のものではない声がした。

「できるにはできるが、一度には無理だ。少しずつ少しづつ物を減らしていく」

 ゴミの神(省略)はゴミ箱から飛び出してキッチンにやってきた。歩幅が短いので小走りになっている。いまだ目は覚めてないようだ。

「少しずつって?」

「毎日ひとつ、世界から消してやろうぞ。なんでもいい、なにか指定したまへ。証明してやろう」

「ふうん、じゃあ」

 いつまで自分の妄想と付き合わねばならないのかとうんざりした。適当に目に入ったものの呼称が反射的に口をついて出た。

「ティッシュ」

「よしきた」

 ゴミの神は持っていた杖を振った。枕もとに合ったティッシュが消えた。

 いやいや、そんなことはない。ティッシュはきっと最初からなかったのだ。振り返るとゴミの神も消えていた。

「うん、そうだよな。そうそう」

 ゴミ箱の中を覗いたが使用済ティッシュもない。最初からなかったのなら鼻をかんだのも気のせいだ。鼻をかんだ気になっていただけなんだろう。夢を見たのかも。クローゼットをあさったがストックは見当たらなかった。

 埃を吸い込んだのか、鼻がむずむずしてきた。豪快に「チーン!」といきたい。

「切らすと不便だなあ」

 未使用のトイレットペーパーを代用として鼻をかんだが、幅が短くてちぎれやすい。やはりティッシュには敵わない。あとでドラッグストアに寄って買っておかなきゃと思った。

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