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第93話:コーヒーへの果てなき未練

ただいまー……」


 迷宮都市ゴルドランの防波堤として機能している巨大なギルドハウス『白竜の翼』。

 その玄関の扉を開けた瞬間、出迎えてくれた専属秘書のセリアは、俺の後ろに立つ人物を見て完全にフリーズした。


「エ、エル……おかえりなさい。

 あ、あの……その後ろにいらっしゃるお綺麗な方は……?」


「あー、その、色々あって今度からうちの庭に住むことになった、不死鳥のエターナさんだ」


「ごきげんよう、皆様。エルヴァン様と同居させていただくことになりました、エターナですわ」


 夕日色のドレスを纏い、優雅に扇で口元を隠すエターナ。セリアの瞳からスッとハイライトが消えた。


「ちょっとマスター!  また女の人を連れ込んでるんですか!  しかも今度は絶世の美女……!

 マスターってば、ノワールちゃんの発酵果実で変態の扉を開けただけじゃ飽き足らず、ついに拉致まで……!

 この不潔テイマー!!」


 ニーナが、ノワールを抱きしめながらジト目で俺を指差す。


「な、なんか扱いが酷すぎるだろ!

 一旦落ち着け!  誤解だニーナ!  エターナさんはフェニックスなんだよ!  ほら、ジェイドのお茶飲み友達の!」


 俺が必死に弁解し、龍玉から顔を出したファルが「エターナはお友達なのー!」と証言したことで、ようやくセリアの表情に普段の輝きが戻る。


「失礼いたしました。当ギルドの事務・経理を担当しておりますセリアと申します。

 ……不死鳥のエターナ様であれば、火の魔力に耐える基礎工事が必要ですね。ドワーフの腕利きの大工衆を手配しましょう。

 庭の改築はわたくしにお任せください」


「頼もしいわね、セリアさん。よろしくお願いいたしますわ」


 ギルドの裏ボスであるセリアが承認したことで、エターナの入居は無事に確定した。


「よし、それじゃあ全員揃ったところで、作戦会議だ!」


 俺はリビングの巨大なテーブルに地図を広げた。


「『原初の暴食』を救うため、俺たちは『究極のフルコース』を作る。メインの魔牛肉は確保した。

 あとは他の食材だ。効率よく集めるために手分けをしてほしい」


「まず、前菜に使う【ルナ・クリスタル・レタス】。鮮度が命のこれは、植物に詳しいジェイドと……スオウ、お前に任せたい」


「アァン? アタシがこの無駄に熱苦しい男とォ? 冗談じゃないわヨォン」


「ジェイド殿! これも始祖を救うための聖戦! このスオウ、全身全霊をもって氷の洞窟へ突撃仕る所存である!!」


「……ねぇマスター、この男と行ったらレタスが暑苦しさで萎びないかしらァ?」


 ジェイドが露骨に嫌そうな顔をするが、スオウの勢いは止まらない。


「次にデザートの【虹色蜜レインボー・ネクター】。

 これは女子チーム、セリアとニーナにお願いしたい。ハクビとノワールも護衛で頼むぞ」


「甘いハチミツですわね! お任せください、エル」


『マヂ? デザートとかアガるんだけど。ノワりんも行こーぜ、ウチらの殺気でハチなんて余裕っしょ?』


『……はぁ。アタシ、まだ心の傷が……でも、ニーナが行くなら仕方ないニャ。専属料理人のデザートのためだニャ』


「プルちゃんもこっちにおいで?」

「プルルルル」

 プルちゃんと仲良しになったセリアが声をかける。プルちゃんは……女子なのかな?


「……甘いデザートか。なら、やっぱり風味豊かなコーヒーが合うよな……」


 俺はぽつりと呟き、キャットタワーの上で丸くなっているノワールをジトォッと見つめた。

 世界樹の果実を彼女の体内で発酵させた、至高のコーヒー。あの魅惑的な味への未練が捨てられない。


『……マスターの目が、なんか……凄く嫌な視線だったニャ』


 ノワールの金色の瞳が細まり、殺気がリビングを包む。すると、俺の肩に乗っていたミニサイズのゼノスが、鋭い爪で俺の首筋をチクッと刺した。


『……主よ。あの発酵コーヒーへの執着は捨てろ。命が惜しければな』


「い、いや、ちょっと想像しただけだ! コーヒーはなし! 飲み物はスープだけでいい!」


 俺は慌てて前言を撤回し、話題をそらした。


「さ、最後は塩釜焼きに使う大量の岩塩だ。エターナさん、お願いできますか?」


「ええ、お任せなさいな! 『山揺らしの岩塩亀』の塩が最上級ですわ。わたくしの炎で、甲羅から綺麗に削り取ってさしあげますの!」


「火力調整、気をつけてくださいね……。炭にしないでくださいよ?」


「失礼ね! 塩は燃えませんわよ! ほらファルおじい様、お散歩に行きますわよ!」


『フォッフォッフォ! 任せるのじゃ、岩塩亀を温泉気分にさせてやるわい!』


◇◇◇


――その日の夕刻。


『アァンもう! スオウが暑苦しいからレタスがちょっと温まっちゃったじゃないのヨォン!』


「申し訳ない! 我が内に秘めたる情熱が、氷すら溶かしてしまったようだ!」


 文句を言い合うジェイドとスオウだが、冷気を放つ極上のレタスを山ほど持ち帰ってきた。


『超絶甘くてヤバいんですけどー。クイーン蜂のやつら、セリアの交渉と、ノワりんの殺気にビビッてタダで蜜くれたし! マヂウケる!』


「ふふっ。交渉の基本は、相手に『断れない状況』を作ることですわ」


 女子チームは一滴の汗もかかず、虹色に輝く巨大な蜜の壺を抱えて無傷で帰還した。


「ファルたちもがんばったの!

 エターナちゃんのほのおで、おしおがぴかぴかのまっしろになったのー! えへへ、すごいのー!」


「ふふん! わたくしの火力調整、完璧でしたわ!」


◇◇◇


「……完璧だ。最高の食材が、すべて揃ったぞ」


 俺はマジックバッグに詰め込まれた数々の神話級食材を確認し、震える拳を握りしめた。


 準備は整った。


 目指すは西方。

 巨大な煙突構造を持つ聖なる洞窟——


 太陽が西の地平に傾きかけた頃、大地にぽっかりと開いた巨大なクレーターのような洞窟の入り口が見えてきた。


「着いたぞ。ここが決戦の地だ」


 世界を救うための挑戦が今始まろうとしていた。

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