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第88話:美しき来訪者

 圧倒的なサイズ差と、意思疎通の不可能性。

 原初の暴食を相手に『どうやって料理を食べさせるか』という最大の壁にぶち当たった俺たちは、藁にもすがる思いで迷宮都市のギルド資料室や図書館を漁りまくった。

 だが、結果は惨敗だった。


「……ダメだ。どこを探しても『山のように巨大な竜がいて、なんでも食べました。おしまい』みたいな、おとぎ話レベルの記述しか見つからない」


 拠点の居間のテーブルに古文書の山を築き、俺は深く、深いため息をついた。

 これでは、原初の暴食の好む環境や、過去の捕食行動のパターンなど分かるはずもない。八方塞がりだ。


『ふにゃあ……エル、元気出すのー。ファルがエルのご飯、代わりに全部食べてあげるからー』


「いや、それお代わりくれってことだよね?」

 ミニサイズのファルが俺の頬にすりすりと頭をこすりつけてくるのを撫でていると、突如として外からけたたましい喧騒が聞こえてきた。


「ド、ドラゴンだーー!!」

「街への襲撃か!? 冒険者を呼べ!!」

「いや待て、あの方角……また『白竜の翼』の拠点じゃねーか!?」

「あいつら、今度は緑色のデカい竜まで連れ込んだのかよ!」


 窓の外から聞こえてくる街の人々の悲鳴と、それに続く呆れ声。

 それと同時に、拠点の建物をすっぽりと覆い隠すほどの巨大な影が落ち、凄まじい風圧が吹き荒れた。


「えっ……? な、何この甘い匂い?」

 お茶を淹れていたニーナが目を丸くする。同時に、肩に乗っていたファルとゼノスが『ヒッ』と短い悲鳴を上げ、俺のエプロンのポケットに猛スピードで潜り込んだ。


 ズドォォォン!!


 地響きと共に、拠点の広い中庭に「何か」が着陸した。

 俺たちが慌てて庭に飛び出すと、そこには頭に大輪のハイビスカスのような花を咲かせた、巨大でしなやかなエメラルドグリーンのドラゴン――植物と対話する変人古竜、ジェイドが鎮座していた。


『――あらヤダ! なんなのヨこの殺風景なお庭! お花の一本も生えてないじゃないのォ!!』

 家よりも巨大なジェイドが、長い首をスッと俺たちに近づけ、ドギツイオネエ言葉でダメ出しをしてきた。


「ジェ、ジェイドさん!? なんでここに!」


『なんでって、坊やに可愛い「未熟な果実」をあげたから、ちゃんと使いこなせてるか様子を見に来てあげたのヨ!

 そしたら何よここ、むさ苦しい剣やら鎧やらばっかりで、美しさが欠片もないじゃないの! アタシ、こんな枯れた空間に耐えられないワ!』


 ジェイドがバサァッと優雅に巨大な翼を広げると、あろうことか拠点の庭のあちこちから、色鮮やかな巨大な花々がポンポンと音を立てて咲き乱れ始めた。


「ちょっ、俺の素振りのスペースが!」


「おおおっ!? なんという神秘の力! これが古竜の魔力か……ハクビ、あのお花畑でぜひポーズを決めていただきたい!」


「あんたバカじゃないの!? 尻尾に花粉がつくっしょ!」

 突如として始まったダイナミックなゲリラガーデニングに、スオウが芝居がかった声で感動し、ハクビが鋭くツッコミを入れている。


『ふう、少しはマシになったわネ。ここのお庭づくりは、このジェイドお姉様に任せなさいナ!』


 満足げに頷いたジェイドは、庭のど真ん中に腰を下ろすと、ふと不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。


『……ちょっと坊や。せっかくアタシが美しいお庭をプレゼントしてあげたのに、なんでそんなお葬式みたいな顔してるのヨ?

 まさか、あの果実をダメにしちゃったの?』


「あっ、いや、果実は……仲間の力で、完璧な仕上がりになったんです」

 俺はポケットの中でブルブル震えている二匹をかばいながら、ジェイドに現状を説明した。


 究極の特効メシのアイデアはあるものの、相手が要塞都市を丸呑みするほど巨大であること。そして、生態に関する資料が一切なく、どうやってその料理を『堪能』させる環境を作ればいいか分からないこと。


「――というわけで、どうすればあいつが俺の料理を食べてくれるのか、全く見当がつかないんです」


 俺がそう締めくくると、ジェイドはパチクリと長いまつ毛を瞬かせ、やがて「アハハハッ!」と腹を抱えて笑い出した。


「な、何がおかしいんですか」


『だってェ、坊やたち、そんなことで悩んでたの? ホント、人間って視野が狭いわネェ! 分からないことがあるなら、知ってる人に聞けばいいじゃない』


 ジェイドのその言葉を聞いた瞬間、俺のポケットの中からひょっこりと顔を出したゼノスが、ハッとしたように目を丸くした。


『……ああっ! そうか、すっかり失念しておった。あまりにも鬱陶しい奴ゆえ、記憶の底に封じ込めていたが……ジェイド、まさか「あやつ」に聞く気か?』


『そうヨ、ゼノスちゃん。あのお爺ちゃんに聞けば一発よ』


「ゼノス、誰のことだ?」

 俺が尋ねると、ゼノスは深いため息をつきながら、忌々しそうに答えた。


『……我ら古竜より遥かに古く、神代の時代から永遠の時を生きる鬱陶しい鳥だ。世界の理を傍観し続け、原初の暴食の昔の姿も知っている生き字引……』

 ゼノスの言葉を引き継ぐように、ジェイドがニッコリと微笑み、花びらを散らしながらその名を口にした。


『――長老って呼ばれてる、不死鳥    《フェニックス》よ!』

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