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第87話:圧倒的なサイズ差と給仕方法

「アハハッ、マジでウケるんですけど。まさかマスターが、ノワールの『アレ』を嬉々として回収するド変態だったとか、ヤバすぎっしょ」


 迷宮都市の拠点にある厨房。世界樹の疑似完熟果実の仕込みを始めようとしていた俺の背中に、聞き慣れたギャルっぽさと、やたらと大仰な足音が近づいてきた。


「ああ、嘆かわしい! 我が盟友エルヴァンよ、君のその飽くなき食への探求心には敬意を表するが、乙女の排泄物を嬉々として回収するとは!

 我が友ハクビの美しき瞳にそのような不浄なモノを映すなど、言語道断であるぞ!」


 クエストから帰還したばかりのスオウが、芝居がかった身振り手振りで天を仰ぎながら厨房に入ってくる。その見た目は誰もが振り返るようなクールな美青年なのだが、口を開けばこの有様である。


 彼は息つく暇もなく、早口でまくしたて始めた。


「だいたいだね、そんな得体の知れない菌が繁殖していそうな物体を調理する暇があるなら、俺が計算し尽くした完璧なる栄養食『究極の栄養カリカリ丸』をだな――」


「うるさいスオウ、今ちょっとマスターと大事な話してんの。てか勝手に尻尾もふんないでよ」


「おおおっ、ハクビィィ!! クエストの土埃が君の芸術的な毛並みを汚しているのが、俺には耐えられないのだ! さあ、俺の愛を込めた魅惑のブラッシングを堪能したまえ!」


 ハクビの鋭いツッコミに涙目になりながらも、懲りずにブラシを構える残念イケメン。

 そんな飼い主を完全にスルーして、ハクビは厨房のカウンターに肘を突き、ふさふさの尻尾を揺らしながらふと小首を傾げた。


「はいはい、そーゆーことにしといてあげる。でさ、マスター。

 その崇高なウン……果実? 使って究極のスープ作るのはいいんだけどさー。

 ――てか、それどうやってあの『原初の暴食』に飲ませる気?」


「……え?」

 仕込み用の包丁を研いでいた俺の手が、ピタリと止まった。


「そもそもさ、原初の暴食って、要塞都市を丸ごと飲み込むレベルでチョーでかいっしょ?

 マスターが本番で使おうとしてるその両手鍋……どんだけ頑張っても十人前とかじゃん。

 あいつからしたら、マスターのスープなんてマジで水滴一粒にも満たなくね?」


「あっ……!」

 カラン、と手から砥石が滑り落ちた。


 言われてみれば、完全にその通りだ。究極の食材を手に入れてどう調理するかにばかり思考が向いていて、一番根本的な『サイズの問題』がすっぽり抜け落ちていた。


「量もそうだけど、どうやって食わせるワケ? 『あーん』して口開けて待っててくれるわけでもないっしょ」


 ハクビの容赦ない追撃に、俺は頭を抱えた。

 確かにそうだ。相手は狂乱している神話級の化け物だ。「ご飯できたぞー!」と呼んで、「はーい!」と尻尾を振ってやってくるような相手ではない。


「……ま、まずい。調理以前の、物理的な壁にぶち当たってしまった……」

 俺はエプロンを放り投げ、慌てて中庭へと飛び出した。


◇◇◇


「――というわけで、深刻な問題が発生した」

 中庭の芝生で、気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた二匹の古竜ミニサイズの前に座り込み、俺は緊急作戦会議を開いた。


『ふにゃ? 問題? なになにー?』

 お腹を出して寝転がっていたファルが、短い手足をパタパタさせながら首を傾げる。


 俺はハクビに指摘された『圧倒的に量が足りない問題』と『どうやって食べさせるか問題』を二匹に説明した。

 すると、ファルは不思議そうに目をパチクリとさせた。


『えー? エルが「ご飯だよー」って言ったら、食べに行くのが普通なのー。何が難しいのか、ファルには全然分かんないのー』


『……己の食い意地を、全種族の共通認識にするな阿呆』

 ファルのあまりにも自然な『食欲至上主義』の回答に、隣で腕組みをしていたゼノスが深い深いため息をついた。


『お前のように、人間の食事にホイホイと餌付けされる古竜など例外中の例外だ。

 ……エルヴァンよ、野生の、それも強大で警戒心の強い魔物ほど、他者の手から直接食事を与えられることを嫌う。毒や罠を警戒するのは本能だからな』


「やっぱりそうだよな……。ましてや、あいつはただの魔物じゃないし」

 ゼノスは重々しく頷き、鋭い瞳で空を見上げた。


『あやつ――始祖のドラゴンたる【原初の暴食】は、我ら古竜ですら遠く及ばぬ神話の存在。

 そして、人と交わったことなど歴史上ただの一度もない。……むしろあやつにとって、我らを含めた人間や他の種族など、大地を這い回り、己の縄張りを汚す「害虫」程度にしか思われていないやもしれんぞ』


「害虫……」

 その言葉に、背筋が冷たくなるのを感じた。


 人間が、庭に湧いた羽虫のためにわざわざ料理を作り、それを差し出されたからといって食べるだろうか? 絶対に食べないし、そもそも意思疎通すら図ろうとしないだろう。


「……なら、どうすればいい。相手の好む環境を作って、自然と口にしたくなるようなシチュエーションを用意するしかないのか?」


『左様。あやつが自ら進んでそれを「食らう」状況を構築せねばならん。だが、それには……』


「原初の暴食について、もっと詳しく知る必要があるな。生態、好む場所、そして過去に何をどうやって捕食してきたのか」

 俺が結論を口にすると、ゼノスも同意するように短く鼻を鳴らした。


 だが、次なる疑問がすぐに頭をもたげる。

 人と交わったことのない、神話級の、ある意味で神に等しい魔物。

 そんな存在の詳しい生態を記した資料など、果たしてこの世界のどこに存在するというのだろうか。


「……図書館に行っても、『昔々、でっかい竜がいました』くらいしか載ってなさそうだよな……」


 究極の特効メシを完成させるための道のりは、想像以上に長く、険しいものになりそうだった。


◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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