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第86話:奪われた乙女の純情!? マスターの変態疑惑と黄金の果実

「ただいまー! エルヴァンさん、帰ったよー! プルちゃんも実家でいっぱい遊んで楽しかったね!」


 数日ぶりの我が家。勢いよく扉を開けて飛び込んだ私の目に飛び込んできたのは、あまりにも痛々しい光景だった。


 いつもなら自慢の漆黒の毛並みを艶やかに光らせているはずのノワールちゃんが、部屋の隅の暗がりで小さく丸まって震えていたのだ。その毛の艶はすっかり失われてパサパサになり、誇り高き金色の瞳もどんよりと濁りきっている。


「ノ、ノワールちゃん!? ちょっと、どうしたの! なんだか凄くやつれてるけど、どこか具合でも悪いの!?」


 慌てて駆け寄り、その体を抱きしめようとしたけど、ノワールちゃんは力なく首を振って私の腕をすり抜けた。濁った瞳はどこか遠くを見つめて、虚空を彷徨っている。


「ノワールちゃん、何があったのか話して! 私がいない間に誰か悪いヤツに襲われたの!?」


 問いかける私に、ノワールちゃんは消え入りそうな声で、ぽつりと呟いた。


『……ニーナ……。私、もうお嫁に行けないわ……。……大切なものを……奪われたの……。乙女の……私の一番尊い純情を……あいつに……』


「……えっ?」


 奪われた。乙女の純情。あいつ。

 その言葉が脳内で結びついた瞬間、私の視界が真っ赤に染まった。


 バッと振り返ると、部屋の向こう側で、申し訳なさそうに、けれどどこか満足げに「黄金に光る何か」をうやうやしく磨いているエルヴァンさんの姿が目に入った。


「…………エルヴァンさん」


「お、おかえりニーナ。いやぁ、ちょっと事情があってな、ノワールには大きな力になってもらったんだ」


「事情……? 大きな力……?」


 私はプルちゃんを床に下ろすと、ドスッ、ドスッと足音を鳴らしてエルヴァンさんに詰め寄った。怒りで全身が震え、背後で私の魔力がバチバチと渦を巻いているのが自分でも分かる。


「エルヴァンさんの……『動物好き』って、そういう意味だったの!? 抵抗できない私の大事な従魔に、そんな……そんな不潔で、破廉恥なことするなんて!!

 ほんっと最低!

 変態!

 マスター失格だよ!!」


「は!? いや、待てニーナ! 盛大な勘違いだ! 不潔なのは否定しないが、破廉恥な意味じゃない!」


「言い訳は聞かないっ! そこに正座!!」


「はいっ!」


 板間に響く勢いでスライディング正座したエルヴァンさんに、私はこれでもかというほどの雷を落とした。


 小一時間ほどみっちり説教し、ようやく彼が白状した「真実」は――『世界樹の果実をノワールちゃんの体内で発酵させ、排泄物として回収した』という、乙女の尊厳を別の意味で粉々に砕くトンデモない内容だった。


「……どっちにしろ最低だよ! 女の子のノワールちゃんに、ウンチ出してなんて頼む料理人がどこにいるの!」


「……面目ない。だが、始祖のドラゴンを救うには、これしかなかったんだ……」


 シュンとうなだれるエルヴァンさんの姿に、私は大きなため息をついた。これ以上怒っても仕方ない。


「ごめんね、後で美味しいお肉いっぱい食べようね」

 私はノワールちゃんを優しく抱きかかえ、奥の部屋のベッドへと寝かしつけた。


 少し落ち着かせてから居間に戻ろうと扉の隙間からそっと覗き込むと、魂が抜けたようになっているエルヴァンさんのもとへ、セリアさんが静かに歩み寄るところだった。


「……元気を出してください、エル。

 ニーナも、本当はエルが誰よりも世界を救おうと必死なのは分かっています。ただ、女の子同士として放っておけなかっただけなのです」


「セリア……。……ああ、分かってる。でも、ノワールには本当に悪いことをしたと思ってるよ」


 ガックリと肩を落とすエルヴァンさんに、セリアさんは優しく微笑んで問いかけた。


「それで……ノワールちゃんが乙女の誇りを懸けて生み出してくださったその素材を使って。一体、どんなお料理にするか決まったのですか?」


 エルヴァンさんは、大切そうに抱えていた「黄金の果実」を見つめ、静かに、けれど確かな決意を込めて頷いた。


「……ああ。高熱と毒で狂乱している始祖のドラゴンの胃腸を癒やし、一気に毒を中和する『究極のスープ』にするつもりだ。素材の力を極限まで引き上げるために、あの調理法を使うよ」


「楽しみですわ。エルの作るお料理なら、きっとどんなドラゴンも、最後は笑顔にしてしまいます」


 セリアさんの言葉に、エルヴァンさんの瞳に再び料理人としての強い火が灯るのが見えた。



 ……もう、しょうがないなぁ。ノワールちゃんの尊い犠牲、絶対に無駄にしないでよね、マスター!


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