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第85話:乙女のプライド

 迷宮都市の拠点に帰り着いた俺は、静まり返った館内で密かにガッツポーズをした。


 現在、スオウとハクビはギルドのクエストに出払っており、ニーナもプルちゃんを連れて数日の予定で実家へと里帰りしている。つまり、今は俺とファルたちしかいない。


 これからやろうとしている頼み事は、心優しいニーナがこの場にいたら止められていたかもしれないので、まさに千載一遇のチャンスだった。

 俺は足音を殺し、真っ先にニーナの部屋へと向かった。


 主のいないベッドの上で、ニーナの従魔であるノワール――『森の暗殺者』の異名を持つ漆黒の山猫クァールが、留守番がてら優雅に毛繕いをしている最中だった。


「ノワール! 頼む、世界を救うと思ってこれを飲んでくれ!」


『……エルヴァンか。

 ひどく慌てているようだけれど、その手に持っているのは……以前も見た世界樹の果実ね。でも、随分と青くて未熟なようだけれど?』


 ノワールが冷静に、俺が差し出した「未熟な世界樹の果実」を鼻先でフンフンと嗅ぐ。

 俺は一気に、ジェイドから聞いた「腸内発酵」の理論と、南の地方に伝わる最高級品の噂を説明した。


『…………。つまり、私にこれを食えと?』


「そうだ! それも、噛み砕かずに丸呑みしてほしいんだ。お前の胃袋の中でじっくり発酵させて……その……『形』にして出してほしい!」

 俺の言葉を理解した瞬間、ノワールの凄まじい殺気が膨れ上がり、鋭い爪がシャキーンと突き出された。


『断るわ。断固としてお断りよ!

 私をなんだと思っているの! 私は誇り高き『森の暗殺者』、そして何より愛するニーナの従魔よ!

 それを、あろうことか「歩く発酵機」扱いにした挙げ句、乙女である私の……その、排泄物を回収するですって!?

 恥を知りなさい、この変態料理人!』


「変態じゃない、探究心だ! ノワール、これにはお前の規格外の魔力が必要なんだ。お前の腹の中でしか、この果実は『完熟』に至らないんだよ!」

 俺とノワールが激しい押し問答を繰り広げている横で、肩の上のミニ古竜たちが冷ややかな視線を送っている。


『……ノワール、可哀想なのー。エルの料理欲は、時々正義を通り越して「悪」になるのー』

『……全くだ。誇り高き乙女に「脱糞」を強要するとは。今日ばかりはあやつに同情するぞ』

 俺だって好きでこんな事やってるわけじゃないのに……


 ノワールはフイッと顔を背け、部屋の奥へ逃げようとする。だが、俺も引くわけにはいかない。


「頼む!  お礼に、明日はお前の大好きな最高級のオーク肉を、特製のタレに漬け込んでカリッカリに焼き上げてやるから!

 もちろん、山盛りのデザート付きだ!  それに、里帰りから戻ってきたニーナだって、始祖のドラゴンの脅威が去ったって知ったら絶対喜ぶはずだぞ!」

 ピクッ、とノワールの耳が動いた。ニーナの名前と、オーク肉のコンボ。


『……オーク肉……特製タレ……デザートですって? ……それに、ニーナが安心して暮らせるようになるなら……』


「ああ! だから、この果実を三つ……いや五つ! 飲み込んでくれ!」


 ノワールは苦悶の表情を浮かべ、激しい葛藤を繰り広げた後……。

 やがて、覚悟を決めたように「……一回きりよ」と、力なく口を開けた。


「よし! 噛んじゃダメだぞ、そのままゴクンだ!」

 俺が一個ずつ慎重に口に放り込む。ノワールは「ウグッ、ゴフッ……」と、果実を丸呑みしていく。


『……屈辱だわ。私の歴史に刻まれる、最大級の汚点よ……実家から帰ってきたニーナには、絶対に言わないでよね……』

 五つの果実を飲み込み終えたノワールは、魂が抜けたような顔でベッドに突っ伏した。


◇◇◇


 そして数日後……。

 俺は毎日ノワールの「トイレ」の前で、鼻歌交じりに待機している。

 そしてついにその時が訪れた。

 目元に深い隈を作ったノワールが、よろよろと足取り重く現れる。


『……エルヴァン。……出たわよ。私の乙女のプライドと引き換えに……黄金に輝く「何か」がね……』


「きたか!!」

 俺がシャベルを持って飛び込むと、そこにはノワールの言葉通り、まばゆい光を放つ球体が五つ、砂の上に鎮座していた。


 周囲には、嫌な臭いどころか、熟成された洋酒と蜜を混ぜたような、官能的なまでに甘美な香りが漂っている。


「す、すげえ……! 完璧だ! これが世界樹の『疑似完熟果実』……! ノワール、お前は最高の発酵職人だよ!」


 俺が感激のあまり、スコップでその「黄金のブツ」を丁寧に回収して掲げると、ノワールは前足で顔を覆い、情けない声を上げた。


『見せないで! 回収したら即座に洗いなさい! そしてその光り輝く「私の一部」について語るのをやめてぇぇぇ!』


『……うわぁ、本当に光ってるのー。でも、やっぱりノワールのウンチなのー……』


『……理屈では分かっている。だが、その香りを嗅ぐと美味そうに思えてしまう自分が、古竜として、いや生命体として恐ろしい……』


 ファルとゼノスも、あまりの香りの良さと「出処」のギャップに混乱し、プルプルと震えている。


「よし、これを丁寧に洗浄して、外皮を取り除いて……。始祖のドラゴンも驚く、究極の特効メシに仕上げてやるからな!」


『……もう好きにしなさい。私は……しばらく「無」になりたいから、ニーナのベッドで寝るわ……』


 ノワールはふらふらとニーナの部屋へ戻り、丸くなって動かなくなった。

 犠牲《乙女のプライド》は大きかったが、これでついに、始祖のドラゴンの狂乱を鎮めるための「最終兵器」の素材が揃ったのだった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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