第84話:幻の完熟果実の秘密
※風邪もようやく治り、繁忙期も終わりましたので、また毎日更新していきます。今後ともよろしくお願いします。
王都を出発した俺たちは、シリウスの背に乗って風を切り裂くような猛スピードで南西へと駆け抜けていた。
目指すは、植物と対話する古竜・ジェイドが統べるという『美しき迷宮の森』。俺の腰のポーチには、すっかりミニサイズでお馴染みとなったファルとゼノスの龍玉が収まっている。
「なあ、そろそろ目的の森が見えてくるはずなんだが……」
『うぅ……エル、ポーチの中から出たくないのー……』
『……できれば私も、このまま気配を消していたいのだが』
普段は無敵を誇る二頭の念話が、信じられないほどブルブルと震えていた。
やがて、小高い丘を越えた俺たちの眼下に広がってきたのは、鬱蒼とした恐ろしい魔の森……ではなく、異常なほどに美しく整えられた巨大な『庭園』だった。
木々の背丈は見事なアーチ状に切り揃えられ、色とりどりの巨大な花々が幾何学模様のように咲き誇っている。むせ返るような甘い花の香りが風に乗って届いてきた。
シリウスが花畑の中央にある広場に足を踏み入れた、その時だった。
「――あらヤダ! アタシの可愛いお花畑に土足で踏み込んでくる、野蛮な殿方はどこのどいつかしらァ~!?」
バサァッ! と、突如として周囲の花びらが竜巻のように舞い上がった。
色鮮やかな花吹雪の中心から現れたのは、息を呑むほど美しいエメラルドグリーンの鱗を持つ、一頭のしなやかなドラゴンだった。頭には花の冠を載せ、長い尻尾の先には大輪の向日葵を咲かせている。
『もうっ! せっかくパンジーちゃんたちと恋バナをしてたのに、お茶会が台無しじゃないのヨ!』
……見た目は神々しい古竜なのに。口を開いた途端、飛び出してきたのはドギツイほどの『オネエ言葉』だった。
「えっと……あなたが、グリーンドラゴンのジェイド……さん?」
『あらん?』
俺の声に気づいたエメラルドの竜――ジェイドは、スッと長い首を近づけてきた。長いまつ毛のような鱗に縁取られた瞳が、俺をじっと見つめる。
『ヤダ、近くで見るとすっごく可愛い坊やじゃない! アタシ、ジェイドよ。遠慮なくジェイドお姉様って呼びなさいナ。
……で、坊やの腰のポーチに隠れてる、見覚えのある魔力を持ったチんチくりん達は誰かしら?』
ジェイドの視線が、俺の腰元に突き刺さる。
観念したように光が弾け、俺の肩の上にミニサイズのファルとゼノスが姿を現した。
『ふにゃ……お、お久しぶりなのー、ジェイド……』
『……久しいな』
『キャアアアアアッ!!』
二頭の姿を確認した瞬間、ジェイドは耳をつんざくような黄色い悲鳴を上げた。
『ウソでしょ!? あの偉そーなファルちゃんと、スカしたゼノスちゃんが、そーんなキュートなサイズになっちゃったの!? ヤダもう、信じらんない! 超絶カワイイんですけどォォォ!!』
ジェイドは興奮のあまりドスドスと地団駄を踏み、器用な前足で俺の肩からファルとゼノスを摘まみ上げた。
『ああああっ! ほっぺすりすりしないでなのー!』
『離せジェイド! 貴様のその過剰なスキンシップが昔から嫌いなのだ!』
『アハハハ! いいじゃない減るもんじゃなし! 坊や、この子たちアタシにくれない!? 毎日フリフリのドレス着せてお茶会するワ!』
なるほど、ファル達がこの竜を苦手とする理由がよく分かった。純粋に距離感がバグっていてウザいのだ。
俺は二頭を奪い返すと、咳払いをして本題を切り出した。
「ジェイドさん。実は今日ここに来たのは、あなたに教えてほしいことがあって。
……始祖のドラゴンを救うために『世界樹の葉』と『完熟果実』が必要なんです。完全体の世界樹の場所を知りませんか?」
俺がそう尋ねると、ジェイドはピタリと動きを止め、ふっと真顔になった。
『……完全体の世界樹? アハハッ、坊やたち、おとぎ話を信じてるのネ』
「えっ?」
『完全体の世界樹なんて、もうこの世界には存在しないわヨ。大昔に枯れちゃったの』
ジェイドの言葉に、俺たちは絶句した。完全体が存在しないなら、どうやってアイテムを手に入れればいいんだ。
しかし、ジェイドはウインクをして見せた。
『でも安心して。アタシのお庭の温室で、世界樹の株分けした苗を大事に育ててるから。「葉っぱ」ならいくらでもむしって持っていきなさいナ』
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! ……じゃあ、果実の方は?」
すると、ジェイドは肩をすくめてため息をついた。
『坊や、「完熟果実」が世界樹の枝に実るものだと思ってるでしょ?
残念だけど、木に生えるのは「未熟な果実」だけなのヨ。あれはね、強い魔力を持った特定の魔獣が食べて、その体内でじっくり発酵させて、ポンッと「排出」したものなの』
「排出……?」
『そう、フンよ。腸内発酵で魔力を限界まで高めてからじゃないと、完熟にはならないの。でも、その果実を好んで食べてた魔獣は、大昔に絶滅しちゃったのよネ。だから、もうこの世に完熟果実は存在しないワ』
……排出。フン。腸内発酵。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏にある噂話が閃いた。
「――なるほど! とある南の地方に存在すると噂の、猫の糞から作られる最高級の嗜好品と同じ原理か!」
『猫のフンの飲み物!? ヤダ坊や、すっごくマニアックな知識を持ってるのネ!』
俺はポンッと手を打った。
以前、珍しい食材を扱う行商人から聞いたことがある。
遥か南の地方では、特定の猫型の魔獣に果実を食べさせ、腸内の消化酵素と細菌の働きによって発酵した種をフンの中から集め、独特の香りと複雑な風味を持つ最高級の飲み物として楽しむ文化があるのだとか。
それと同じように、未熟な果実を強靭な魔力を持つ獣の体内で魔力発酵させれば、「完熟」に至るというわけだ。
特定の魔獣は絶滅したかもしれない。だが、俺のテイムしている相棒の中には、膨大な魔力を持ち、なおかつ「猫」の姿をした規格外の魔獣がいるじゃないか。
「いける……! 迷宮都市でお留守番してる『ノワール』に未熟な果実を食べさせれば、擬似的に完熟果実を錬成できるかもしれない!」
『えっ、坊やの知り合いにそんな子がいるの? アラ、じゃあ未熟な果実は持っていきなさいナ。成功するかは分からないけど、試す価値はあるわネ』
俺はジェイドから、青々とした未熟な世界樹の果実を受け取り、ガッツポーズをした。これで最大の難関が突破できる!
大興奮の俺に対し、肩の上の古竜二頭は、信じられないものを見るような目で俺の横顔を見上げていた。
『……エ、エル? お前、まさか始祖様に、ノワールのその……「ウンチ」を食わせるつもりなのー!?』
『正気かエルヴァン! いくら理屈を並べようと、それは紛れもなくノワールの排泄物だぞ!』
「失礼な! これは立派な高級発酵食材になる予定のアイテムだ!
しっかり洗って調理すれば、至高の薬膳メシになるんだよ!」
ドン引きして身を寄せ合う古竜たちをよそに、俺は未熟な果実を大事に袋へと仕舞い込んだ。
始祖のドラゴンを救う究極の特効メシ、その最重要素材を完成させるため――俺たちは一路、ノワールが待つ迷宮都市へとトンボ返りすることになったのだった。
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