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第83話:お花を愛するドラゴン

※風邪をひいてしまいました。皆様もお気をつけください。



 国王陛下との中庭での極秘会談を終えると、俺たちは王城の敷地内にある豪奢な迎賓館へと案内された。

 白亜の石造りの建物は、夕日に照らされてオレンジ色に輝いている。


「さて、と。流石にあの巨大な姿のままじゃ建物には入れないな。二人とも、少し小さくなってくれ」

 俺が声をかけると、空を覆うほどだったファルとゼノスの巨体がまばゆい光に包まれ、みるみるうちに縮んでいく。

 やがて、ぬいぐるみのように愛らしいミニサイズになった二頭は、ふわりと俺の両肩にそれぞれ舞い降りた。


『エル、僕も早く入りたい!』

 背後から、シリウスの弾むような声が頭の中に響いた。振り返ると、蒼炎のたてがみを揺らしながら、前脚の蹄で石畳を軽く鳴らしている。


「分かってるって。でもここは王都の一等客室だ。土足で上がるわけにはいかないからな」


『はーい。じゃあ、足拭いて!』

 俺が鞄から常に常備している濡れ布巾を取り出して屈み込むと、シリウスは賢く順番に脚を上げてくれた。太くたくましい四肢の先端にある鋭い蹄を、一つずつ丁寧に拭いていく。


「よし、ピカピカだ。入っていいぞ」

『わーい!』

 許可が出た途端、シリウスは嬉しそうに短いいななきを上げ、蹄の音を器用に殺しながら迎賓館の廊下へと駆け込んでいった。


◇◇◇


 案内された室内は、高い天井に豪華なシャンデリアが吊るされた、溜息が出るほど見事な部屋だった。

 俺がふかふかのソファに腰を下ろすと、肩に乗っていたファルとゼノスがテーブルの上へと飛び降りた。

 特に白竜のファルは、このサイズになると声まで変わる。


『ふにゃ……エル、ここ、とってもふかふかなのー!』

 ファルが短い手足をバタつかせ、テーブルの上をゴロゴロと転がる。巨大化した時のお爺ちゃん口調とは打って変わった、舌足らずな幼児口調だ。一方のゼノスは、小さくなっても腕組みをして、どこかクールな子竜といった風情で佇んでいる。


「よしよし。……さて、本題だ。始祖のドラゴンを救う『特効メシ』を作るには、まず『世界樹の葉』が必要なんだ。ファル、お前まだストックを持っていたよな? ロランさんを治した時みたいに、何枚か分けてくれ」


 俺がそう言うと、先ほどまで元気に転がっていたファルが、ピタッと動きを止めた。

 そして、黄金の瞳を泳がせながら、ずりずりとテーブルの端の方へ後ずさりした。


「……ファル? どうしたんだよ」


『あ、あのね……エルヴァン。あの葉っぱ、もうなくなっちゃったのー……』

 ファルは気まずそうに、短い前足の指先をツンツンと合わせながら、消え入りそうな声で言った。


「はああ!? ないって、どういうことだよ! お前、あれだけ大量に貯め込んでたじゃないか!」


『だって……だってぇ! この前エルが作ってくれた、あまからいお魚(鯖の蒲焼き)と、お肉がギュッて詰まったギョーザが、すっごく美味しかったんだもん! ファル、美味しくて美味しくて、止まらなくなっちゃったの……!』


 ファルは半べそをかきながら、当時の様子を一生懸命に説明し始めた。


『自分のお皿を全部食べた後も、あっちからいい匂いがするなー、こっちも美味しそうだなーって……夜中にこっそり、全部食べちゃったの。そしたらね、お腹がポンポコリンになって、すっごく痛くなっちゃったのー! くすん』


「お前……まさか、ただの食べ過ぎでお腹が痛くなったからって……」


『そうなのぉ……。お腹が苦しくて死んじゃうかと思ったから、慌てて葉っぱを全部ムシャムシャして、お薬にしちゃったの。お腹、すぐ治ったよ! あの葉っぱはすごいのー!』

 あどけない顔で「えへへ」と笑うファルを見て、俺は膝から崩れ落ちそうになった。


 世界を救う鍵となる伝説の聖遺物を、よりにもよって『つまみ食いによる食べ過ぎ』の胃薬代わりに使い果たすとは

『……呆れた奴だ。あれほど、エルヴァンの料理には魔力が豊富に宿っているゆえ食べ過ぎるなと忠告したというのに。貴様の食い意地には、古竜としての誇りというものがないのか?』


 ゼノスが心底憐れむような目でファルを見下ろし、深く、深いため息をついた。


『ファルお爺ちゃん、ずるいぞ!

 あの日の僕の分の夜食も、盗み食いしたんだろー!』

 足元にいたシリウスまでもが、蒼炎のたてがみを逆立てて激しく抗議する。


「シリウスの分まで食べたのか!? この食いしん坊め! 今日からオヤツ抜きだぞ!」


『ひゃん! ごめんなさいなのー! エルのご飯が美味すぎるのが悪いのー!』

 阿鼻叫喚の騒ぎの中、ゼノスがやれやれと首を振って割って入った。


『……無いものを嘆いても始まらん。だがエルヴァンよ。以前ニーナたちが果実を採取しに行った「世界樹の根のダンジョン」には、世界樹の葉はないはずだ。』


「え? でも、あそこは名前の通り世界樹がある場所なんだろ?」


『あそこはあくまで「根」の一部が変異した場所。我らが求める「世界樹の葉」や、さらに強力な「完熟果実」は、天を衝くほどに聳える【完全体の世界樹】にしか存在しないのだ。そしてその世界樹は、今は存在しておらぬ。』


 ゼノスの言葉に、俺は眉をひそめた。完全体の世界樹。そんなものがどこにあるのか、見当もつかない。


『……ふむ。気は乗らぬが、あいつに聞くのが一番早かろうな』


『あ、あいつなの? 嫌なのー! ファル、あいつ苦手なのー!』

 ゼノスの提案に、ファルが露骨に嫌な顔をしてテーブルの上をジタバタと跳ね回った。


「誰なんだ? その『あいつ』って」


『我らと同じ古竜の一柱。深い深い森を統べる、グリーンドラゴンのジェイドだ』

 ゼノスが重々しく、その名を口にした。


『奴は、この世のあらゆる植物の理に精通している。草木や花々と対話ができると言われ、世界樹の生態についても奴以上の有識者はおらん。

 ……だが、奴は少々……いや、かなり「癖」が強くてな』


『そうなの! ジェイドはね、ずっとお花とお話ししてて、なんだか変なことばっかり言うのー! ファル、あいつの隣にいると疲れちゃうの!』


 あのゼノスとファルが、揃いも揃ってこれほどまでに拒絶反応を示す相手とは。


「植物と対話ができる、お花が大好きなドラゴン……。すごく穏やかで優しそうなイメージだけど、違うのか?」


『……会えば分かる。美意識が独特というか、なんというか……。だが、世界樹へ至る道を知るのは奴しかいないのも事実だ』


「……分かった。背に腹は代えられない。そのジェイドに会いに行こう」


 俺の決断に、ファルは情けない声を上げ、ゼノスは覚悟を決めたように目を閉じた。


 こうして、俺たちは世界を救うための「究極の食材」を求め、美を愛する変人古竜・ジェイドが住まう、美しき迷宮の森へと出発するのだった。

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