第77話:崩れ去った俺の日常
パレードは、もはや収拾のつかないお祭り騒ぎへと発展していた。
漆黒の馬体に赤い炎を纏ったナイトメア——本来なら遭遇しただけで死を覚悟する超希少な魔物が、二十頭も整列して街を行進しているのだ。
一目見ようと集まった観客の中には、物好きな冒険者だけでなく、スケッチブックを広げる学者や、これをチャンスと露天を開く商人まで混ざり、異様な熱気に包まれている。
「エルヴァンさーん! セリアさーん! お帰りなさーい!」
聞き慣れた声に視線を向けると、沿道には『陽だまりのしっぽ亭』のロランとルカの兄妹が、調理場のエプロン姿のまま飛び出して手を振っていた。
そしてその隣には、冒険者ギルドマスターのガストンがいた。
「う、ううっ……セリア……幸せそうな顔しやがって……」
見れば、ガストンはハンカチを握りしめ、ボロボロと大粒の涙を流している。さながら、嫁にいく娘を見送る父親のようだ。
「セリアを……セリアを幸せにしてやってくれよぉ! もし泣かせるようなことがあったら、ギルド総出でお前を叩き直すからな! 覚悟しておけよ!」
「いや、ガストンさん!? 誤解ですって! まだ結婚したわけじゃ——」
俺の必死の訴えも、周囲の「おめでとう!」という爆音の歓声にかき消される。
後ろに座るセリアが、これ以上ないほど幸せそうな顔で、俺の背中に抱きついているため、弁明の余地は微塵も残されていなかった。
そんな狂乱のパレードがようやくギルドハウスの前に差し掛かった時、人混みを割って、泥だらけの少年少女の一行が姿を現した。
「……は?」
世界樹の探索から帰還したばかりのニーナとスオウ、そして毛並みがボサボサになったノワールとハクビである。
彼らは、二十頭の魔物を従え、セリアを密着させて喝采を浴びる俺の姿を見て、顔を引きつらせていた。ドン引きである。
「……エルヴァンさん。私たちが死ぬ思いで、必死に世界樹を登っていたというのに……私たちが居ない間に、セリアさんと既成事実をつくり、結婚式まで!?」
ニーナが耳まで真っ赤にして絶叫する。
「いや、違うんだニーナ! これには深い、深すぎる事情が——」
「いいえ、言わないでください! 聞きたくありません! 私には刺激が強すぎますっ! この不潔テイマー!」
あたふたする俺を冷ややかな目で見ていたスオウは、なぜか深く頷き、感心したように腕を組んだ。
「……なるほど。『英雄、色を好む』か。さすがはエルヴァンさん、器が違いますね。」
「お前まで妙な納得の仕方をしないでくれよ!」
カオスすぎる再会を果たした俺たちは、野次馬たちに「ありがとうございましたー!」と満面の笑みで手を振るセリアに引きずられるようにして、ようやくギルドハウスの中へと逃げ込んだ。
◇◇◇
居間に落ち着き、ニーナたちから世界樹の果実を手に入れるまでの死闘と、ハクビのブチギレ大暴走、そしてスオウの男気あふれる救出劇を聞かされた俺は、改めて仲間たちの絆に深く感謝した。
「みんな、本当にありがとう。これさえあれば、黒龍であるゼノスの力を完全に取り戻せるはずだ」
テーブルの上には、ニーナたちが持ち帰った『世界樹の果実』と、俺たちが手に入れた『星の雫』。
世界樹の果実は、切った瞬間から周囲の空気を浄化するような、目が覚めるほど強烈な酸味の香りを放っている。そして星の雫は、まるで銀河を閉じ込めたような輝きを放つ結晶だ。
「さて、料理といこうか。
今日作るのは、俺の故郷の味をアレンジした『世界樹の果実と星の雫の特製酢豚』だ」
世界樹の果実を、パイナップルの代わりに贅沢に使用する。この強すぎる酸味を、砕いて熱を通した『星の雫』で包み込むのだ。
星の雫は加熱すると、宝石のような透明感を保ったまま、とろりと肉に絡みつく究極の餡へと変化する。味をまろやかに整え、食材の旨味と魔力を何倍にも引き上げる魔法の調味料だ。
ジュワッ、と心地よい音が響き、食欲をそそる香りがギルドハウスの食堂を満たしていく。
「星の雫も果実も貴重だからな。これはゼノス専用だ。外で待ってるナイトメアたちには、後で別の特製飯を作ってやるからなー」
窓の外から二十頭のナイトメアたちが期待に満ちた嘶きを上げる中、完成した黄金色の酢豚を、黒龍ゼノスの前に差し出す。
「さあ、食ってくれゼノス。お前の完全復活のための飯だ」
ゼノスは厳かに頷くと、特製酢豚をパクリと口に運んだ。
瞬間、彼の漆黒の鱗が、内側から溢れ出すような圧倒的な銀色の光に包まれた。世界樹の生命力と星の魔力が、彼の中で枯渇していた本来の力を一気に呼び覚ましていく。
「オオォォォォォォッ……!!」
歓喜の咆哮と共に、ゼノスの体がみるみるうちに膨れ上がっていく。
周囲の魔力を巻き込みながら、愛玩動物のようなサイズだった彼の体は、本来の威厳に満ちた、見上げるほど巨大な黒龍の姿へと戻ってしまったのだ。
「ちょ、待てゼノス! でかくなるなら外に出——」
俺が慌てて制止しようとした、まさにその時だった。
「……キュウ?」
足元から、間の抜けた鳴き声が聞こえた。
見れば、巨大化したゼノスが残した酢豚の最後の肉の一切れを、いつの間にか足元に潜り込んでいたファルが、こっそりつまみ食いしていたのだ。
「あっ、お前ファル! それはゼノスの——」
カッ!! と、今度はファルの小さな体が、眩いほどの純白の光に包まれた。
「バカッ! あっ……」
俺の悲痛な叫びなど間に合うはずもなかった。
ゼノスに続き、ファルまでが本来の巨大なサイズに戻っていく……。
メキメキ、バリバリィィィッ!!!
二頭の巨大なドラゴンの大きさに耐えきれるはずもなく、堅牢なギルドハウスの食堂は、内側からあっけなく粉砕された。
天井の巨大な梁や瓦礫が、俺、セリア、ニーナ、そして腰を抜かしたスオウの頭上に降り注ぐ。
「きゃあああっ!?」
万事休す。誰もがそう思った瞬間……
「——コンッ!!」
泥だらけで、魔力を使い果たしてヨロヨロだったはずのハクビが、俺たちの前に飛び出した。
彼女は九本の尻尾を扇状に大きく広げ、その瞳を真っ赤に発光させる。
「キューーン!!」
鋭い鳴き声と共に、ハクビを中心に強力な念動力の障壁が展開された。
ドォォォォンッ!!
俺たちの頭上に落ちてきた巨大な屋根の塊や梁が、見えない力によって、ハクビの展開した障壁の上でピタリと止まったのだ。
「……ッ、ハクビ!?」
「キューン……!」
ハクビは歯を食いしばり、必死に念動力を維持している。怪我をした前足にさらに負担がかかり、震えているのが分かった。
彼女のおかげで、俺たちは瓦礫の下敷きになるのを辛うじて免れた。
だが、ギルドハウスは二頭のドラゴンの成長を抑えることはできず、そのまま食堂部分は完全に瓦礫の山へと化した。
◇◇◇
土煙が晴れ、瓦礫の山から俺たちが這い出した時、街は水を打ったように静まり返っていた。
夕日に照らされた、漆黒の巨体と、美しい長い毛並みをたなびかせる純白の巨体。圧倒的な威圧感を放つ二頭の巨大ドラゴンの姿。
「…………」
二頭の巨大な足元で、俺は呆然と立ち尽くした。
その隣で、泥と埃にまみれたハクビが、ボロボロの体で、見上げるほど巨大になったゼノスとファルを、それはもう恐ろしい形相で睨みつけていた。
『……ハァ? ガチでありえないんだけど! この、空気読めないクソデカ爬虫類共ォォォ!!』
「えッ、あ、ハクビ?」
『ウチがどんだけ苦労して、こっちのマスターとヘタレを守ったと思ってんの!?
まーた更に毛並みがボロボロなったし! マヂでエグい! ウチのサラツヤ毛並み返してよ!!』
ハクビは、巨大なゼノスとファルを交互に睨みつけながら、尻尾をバシバシと地面に叩きつける。
言葉は通じなくとも、その怒りのオーラは、スオウにもビンビンに伝わっていた。
『完全復活はめでたいけど、デカくなるなら外でやれって、マスターも言ってたよね!? 考えなさすぎ!!
特にそっちのロン毛の白トカゲ! つまみ食いとかマヂでセコい真似するから、こういうオチになるわけ!
ウチの労力返せっての! あーもう、マジでダルすぎ……!!』
「ガゥ……」
完全復活して威厳を放っていたはずのゼノスが、ハクビの剣幕に押され、バツが悪そうに少し視線を逸らした。
純白のロン毛を風に揺らすファルは、よく分かっていない様子で首を傾げている。
これは事故みたいなもんだから、ファルとゼノスの事だけを責めるのは、違う気もする。
だが、俺たちを必死に守ろうとするハクビの姿に、少しぐっときた。
調子にのるから本人には言わないけど……。
それと、ハクビは怒らせると怖い。
「……ごめんね、ハクビ。本当に、ありがとう」
『ふん、感謝するなら、今夜はウチの毛並みのために、最高級のトリートメント絶対用意してよね!
あーもう、マヂでサイアク!』
ハクビはそう愚痴りつつも、俺の隣で腰を抜かしているスオウに寄り添い、優しく「くぅん」と鳴いた。言葉は通じなくとも、その温もりは、スオウを安心させるには十分だった。
とまあ、これだけで話が終わるわけはなくて……
「ドラゴン、二頭……?」
「は、白竜の翼のギルドハウスから、とんでもなく巨大なドラゴンが二頭も出てきたぞォォォ!!」
街中に響き渡る、今日一番の絶叫。
辺境で、ひっそりとスローライフを送るつもりだった俺の人生設計が、ギルドハウスの屋根と共に崩れたのだった。




