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無能と追放されたはぐれテイマー、実は【古のテイム】の継承者でした ~ブラックギルドを捨てて美味しい手料理を振る舞ったら、伝説の神獣たちが懐きすぎて世界最強のギルドができました~  作者: たくみ
第四章 レア食材探求〜腹が減っては厄災は防げない〜

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第75話:世界樹の果実

 世界樹の根元に開いた大穴に足を踏み入れると、そこは重力の概念が狂ったような異空間だった。


 迷宮の内部は、巨大な筒状の空洞になっている。壁面を覆い尽くすように極太の根が螺旋状に絡み合い、遥か上方の「頂上」へと伸びていた。発光する奇妙な苔が、淀んだ紫色の瘴気をぼんやりと照らし出している。


『主、しっかり掴まってるニャ!』

『うんっ!

 ……ノワール、はやい、すごいっ!』


 ノワールは、垂直に近い壁面を、まるで平地であるかのように凄まじいスピードで駆け上がっていた。背中にニーナを乗せているにも関わらず、その足取りは羽のように軽い。


 一方、その遥か後方では——。


「ゼェ……ッ、ハァ……ッ、もう、肺が……潰れ、そう……っ」

『あーもう、マヂでめんどくさいし!

 なんでウチがこんな荷物運ばなきゃいけないわけ!?』


 瘴気と疲労で顔を土気色にしたスオウが、宙に浮いていた。

 いや、正確には「ハクビの念動力で首根っこを掴まれ、風船のように引きずり上げられている」状態だった。


「ありがとう、ハクビ……でも、これ、首が……っ」


『うるさいし!

歩けないヘタレが悪い!  舌噛まないように口閉じてるっしょ!』


 九尾の狐であるハクビは、悪態をつきながらも器用に念動力を操り、スオウを落下させないように上へと運んでいる。   

 普段はぐうたらな彼女だが、いざという時の面倒見の良さとポテンシャルは本物だった。


 その時。

 上方の暗がりから、無数の影が降ってきた。


「ウッキィィィッ!!」


 樹皮のようにひび割れた皮膚と、瘴気で赤く濁った目を持つ四ツ腕の巨大猿——狂猿マッドコングの群れだ。奴らは絡み合う根をブランコのように飛び移り、四方八方から一行を取り囲んだ。


『ニーナ、来るニャ!』

『右斜め上から、三匹!』


 ニーナの念話による的確な指示を受け、ノワールが壁を蹴る。空中で身を翻しながら放たれた鋭い爪の斬撃が、飛びかかってきた猿たちをまとめて切り裂き、瘴気の霧へと変えた。


『チッ……ウチの主を狙うなし!』

 下層では、ハクビがスオウを宙に浮かせたまま、尻尾を振るった。


 発動したのは念動力による見えない棘。猿たちが足場に着地しようとした瞬間、その足裏にピンポイントで念動力をぶつけ、次々と奈落の底へ撃ち落としていく。あくびが出そうなほど単調な作業だった。


 ——だが、迷宮の主は、そんな彼らの余裕を許さなかった。


 ズゥゥゥンッ……!!


 迷宮全体が震えるような地響きと共に、壁面の巨大な根を突き破り、一際巨大な影が飛び出してきた。

 全身を鋼鉄のような黒い樹皮で覆われた、見上げるほど巨大なボスザルだ。


「ウガォォォォォォッ!!」


 咆哮と共に放たれたのは、瘴気を圧縮した空気の砲弾。

 ボスザルの狙いは、前衛のノワールでも、念動力を操るハクビでもなく——一番弱々しく宙ぶらりんになっているスオウだった。


「えっ!?」

『危ないっ!!』

 ハクビはとっさにスオウをかばうように念動力を展開した。


 ドゴォォォンッ!! という轟音と共に、空気の砲弾が念動力の壁に激突する。防御は間に合った。だが、余波で吹き飛ばされた鋭い木片が、ハクビの美しい白い前足に「スッ」と赤い線を引いた。


『……あ?』

 ハクビの動きが、ピタリと止まった。


「ハ、ハクビ!? 怪我を……僕のせいで!」

 スオウが青ざめる。

 だが、ハクビから発せられたのは、悲鳴でも痛みの声でもなかった。


『……っざけんなし』

 ハクビの全身の毛が、バチバチと音を立てて逆立ち始める。九本の尻尾が大きく広がり、周囲の空間がギシギシと悲鳴を上げ始めた。


『ウチの……ウチの自慢のサラツヤ毛並みに、傷をつけたっしょ……? この、薄汚いクソ猿がァァァァッ!!』


 ハクビの瞳が真っ赤に発光し、規格外の念動力が暴走する。


「ギ、ギャ?」

 ボスザルが戸惑う間もなく、周囲の「極太の根」がメリメリと音を立てて引きちぎられ、ハクビの念動力によって空中に浮かび上がった。その数、数十本。まるで巨大な槍だ。


『全っっっ力で後悔しろっしょォォォ!!』

 ハクビの号令と共に、巨大な根の槍が、雨あられのようにボスザルへと降り注ぐ。


 ズガガガガガガガッ!!!


 哀れなボスザルは反撃する隙すら与えられず、壁面に縫い付けられ、あっという間に沈黙した。

 しかし、怒り狂ったハクビの暴走は止まらない。


 周囲の壁面を無差別に破壊し始めたせいで、足場となる根が次々と崩落を始めてしまった。


『マズいニャ! このままじゃ巻き込まれるニャ!』

『ハクビ、ストップ! ストップだよ!!』

 ノワールとニーナが必死に叫ぶが、ハクビの耳には届いていない。


『ああもう、邪魔っ! ニーナたちは先に行って!!』

 ハクビは振り返るなり、ノワールとニーナごと、巨大な念動力で包み込んだ。


『え?』

『ニャ!?』

『飛べっしょォォォォ!!』

 ドォォォォンッ!!


 ハクビのヤケクソ気味な念動力によって、ノワールとニーナは、まるで大砲から撃ち出された弾丸のように、迷宮の空洞を一直線に真上へと打ち上げられたのである。


「きゃあああああっ!?」

『にゃあああああっ!?』


 二人の姿が上部の光の中へ消えていくのを見届けた瞬間。

 限界を超えた念動力の反動と、周囲の崩落により、ハクビが立っていた巨大な根が「バキィッ!」と嫌な音を立てて折れた。


『……あ、ヤバっ』

 魔力を使い果たし、前足に怪我を負ったハクビの体が、重力に従って傾く。

 眼下には、底の見えない瘴気の奈落。

 ハクビが覚悟を決めて目を閉じた、その時だった。


「——ハクビッ!!」

 ガシッ、と。

 力強い腕が、落下しかけたハクビの体をしっかりと抱き留めた。


「キュッ!?」


 驚いて目を見開くハクビ。その視線の先には、顔を泥と汗で汚し、必死の形相で自分を抱え上げたスオウの姿があった。


「はぁっ、はぁっ……いつも助けてもらってばかりで、ごめん。でも、君が落ちていくのを、黙って見ていられるほど薄情じゃないつもりだよ」


「……」(ヘタレ……)

 スオウの言葉が、ハクビに正確に伝わっているかは分からない。念話の繋がっていない彼らの間には、明確な言葉の壁がある。


 それでも、スオウは崩れゆく足場の中、ギリギリで残っていた太い根へと飛び移り、震える手でハクビをそっと自分の背中に乗せた。


「ニーナたちは、きっと果実を手に入れてくれる。僕たちはこれ以上足手まといにならないように、下へ降りよう。……今度は僕が、絶対に君を下まで送り届けるから」


 ハクビは、力強く自分を背負うスオウの横顔をじっと見つめた。

 言葉は通じなくとも、その瞳に宿る今まで見たことがないほどの強い覚悟と、自分を守ろうとする必死な温もりは、痛いほどに伝わってきた。


(……フン。貧弱な主の背中なんて、乗り心地サイアクっしょ)


 憎まれ口を叩きながらも、ハクビは「くぅん……」と短く、どこか甘えるような声で鳴いた。

 そして、その美しい九本の尻尾でスオウの首元から胴体をしっかりと包み込み、そっと目を閉じた。


 一方、猛烈なGに耐えながら上へ上へと吹き飛ばされた二人は、やがて視界を覆っていた濃密な瘴気を突き抜け——ポンッ! と、柔らかい光に満ちた空間へと放り出された。


「……いたた」

『……目が回るニャ……』


 見事な放物線を描いて着地した二人が顔を上げると、そこは別世界だった。


 澱んだ空気は一切なく、澄み切った清涼な魔力が満ちている。天井からは星空のような光が降り注ぎ、中央にあるクリスタルのような台座には、水滴のような形をした銀色の果実が、脈打つように静かに光を放っていた。


『……主、あれが』

「うん……世界樹の果実……かな?」

 ニーナはゆっくりと歩み寄り、両手でそっとその果実を包み込んだ。


「手に入れたよ、みんな……!」

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