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無能と追放されたはぐれテイマー、実は【古のテイム】の継承者でした ~ブラックギルドを捨てて美味しい手料理を振る舞ったら、伝説の神獣たちが懐きすぎて世界最強のギルドができました~  作者: たくみ
第四章 レア食材探求〜腹が減っては厄災は防げない〜

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第74話:気高き(?)ボスの受難

 先ほどまで俺たちを囲み、嘲笑の声を上げていた百頭近いナイトメアたちは、今や一様に前足を折り、深い闇に溶け込むようにして頭を垂れていた。


 その視線の先にいるのは、青い炎を静かに揺らめかせる一頭の黒馬――シリウスだ。


『……えっと。なに、これ?』


 当のシリウス本人は、周囲の異様な恭順ぶりに完全に戸惑っていた。

 その時、地面に倒れ伏し、口から白い泡を吹いていた巨大なボス・ナイトメアが、「ハッ!?」と身をよじって目を覚ました。

 ボスは焦点の合わない目で周囲を見回し、やがて目の前に立つシリウスの姿を捉えた瞬間、全身の毛を逆立ててビクゥゥゥッ!! と硬直した。


『ヒ、ヒィッ……!』

 もはや立ち上がる力すら残っていないのか、ボスは生まれたての小鹿のように四肢を震わせている。

 シリウスが、パカッ、パカッ、と蹄の音を鳴らしてボスへと歩み寄った。


 すると、その進路上にいたナイトメアたちは、まるでモーセの海割りのように、慌てて左右へと道を空けたのである。


『ねえ。他の子たち、ずっと頭下げてるんだけど。君がやめさせてよ』

 シリウスがボスを見下ろして言う。その口調は至って普通のお願いだったが、ボスにとっては死刑宣告のように聞こえたのだろうか。

 ボスはガチガチと歯の根を鳴らしながら、周囲に控える群れに向けて声を張り上げた。


『き、貴様らッ……! 何をしている、下がれッ!!』

 しかし――誰一人として、ボスの言葉に従う者はいなかった。

 ナイトメアたちは微動だにせず、ただひたすらにシリウスへと頭を下げ続けている。


『な、なぜだ……っ! なぜ私の命令を聞かんのだ!』

 困惑と絶望に顔を歪めるボス。


「……なるほど。どうやら、ボスの『交代』があったみたいだな」

 俺が口を開くと、シリウスが不思議そうに振り返った。


『ボスの交代?』


「ああ。魔物の世界では、自分より強い者に従う種族が多い。ナイトメアもその類いなんだろう。

 今、群れの絶対的なリーダーだったボスが、お前に完全に打ち倒された。

 群れの意志は、勝者であるお前を『新しいボス』として認識したんだよ」


『ええ!? で、でも、僕はただエルヴァンたちとの幸せな夢を見せただけで……、力勝負をしたら僕が勝てるかどうかなんて分からないよ?』

 シリウスは困ったようにたてがみを揺らす。


「いいや、お前の勝ちだ。ナイトメアの精神攻撃《悪夢》は、自分よりも精神力が強い者、あるいは明確に格上の相手には効きにくいって聞いたことがある。

 お前がボスに、あのショック死寸前の『悪夢(幸福な夢)』を見せられたということは、お前の精神と強さが、すでにボスを凌駕しているという決定的な証拠なんだよ」


『……僕の、強さが』


 シリウスが、再びボスへ視線を落とした。

 ボスはびくんっ! と大仰に体を震わせ、シリウスと目が合うのを恐れるように、ぎゅっと目を伏せた。


 シリウスはそのまま、周囲に控えるナイトメアたちをぐるりと見渡した。

 目が合いそうになるだけで、ナイトメアたちは「ヒィッ」と小さな悲鳴を上げてさらに深く頭を下げる。


『……えっと、みんな。少し下がっててくれないかな?』

 お願いとも、命令ともつかないような、柔らかい口調。

 だが、その言葉は絶対だった。ナイトメアたちは頭を下げたまま、這うようにして後ずさりし、瞬く間に宵闇の森の暗がりへと消えていった。


 ポツンと取り残されたボスも、ズリズリと這いずりながら後退しようとしているが、恐怖で足が完全にすくんでおり、数センチしか進めていない。


『あ、君はそのままでね』

 シリウスが告げると、ボスは「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、再び地面に顔を擦り付けた。その背中は、まるでこの世の終わりを迎えたかのように小さく、哀愁が漂っていた。


『勘違いしないで。僕は、この群れの新しいボスになるつもりなんてないんだ』

 シリウスの言葉に、ボスの耳がピクリと動いた。


『僕は、エルヴァンの側に居たい。このままエルヴァンやみんなと一緒に、外の世界をもっとたくさん見て回りたいんだ。だから、ここには残らないよ』


 その言葉を聞いた瞬間、ボスは『何を馬鹿なことを! 群れの頂点に立つより、人間のペットでいる方がいいと言うのか!』と叫んだ。


 ――しかし。

 それは口を出ることはなかった。

 眼前に立つ青い炎を纏うシリウスが恐ろしすぎて、声帯を満足に動かすことも、念話を飛ばすことすら出来なかった。


『……』

『……』


 ボスが沈黙したままなので、変な間が空いてしまった。

 無視されていると思ったのか、シリウスが少しイライラしたように前足で地面を掻いた。


『ちょっと、聞いてるの? 何か喋ってよ!』


『ヒギィィィッ!?』

 ほんの少し声が大きくなっただけだというのに、ボスは情けない悲鳴を上げ、大粒の涙をボロボロと流し始めた。

 さらに悪いことに、ジョワァァァ……と、ボスの股ぐらから温かい液体が流れ出し、土を濡らしていく。完全に失禁していた。


(……さすがに、ちょっと可哀想だな)


 誇り高き群れのボスが、かつて追い出した弱者にここまでの恐怖を抱き、漏らして泣いているのだ。俺はどうにもいたたまれない気持ちになった。


「まあ、そう怯えるな。シリウスが言った通り、俺たちはすぐにここから立ち去るから」

 俺は敵意がないことを示すため、ゆっくりと近づき、ボスの首元を撫でて落ち着かせようと手を伸ばした。


 ――だが、それが悪手だった。


『人間ふぜいが、気安く触るなァァァッ!!』

 極限状態にあったボスの理性が、完全に焼き切れた。

 シリウスへの恐怖の裏返しとして、一番弱そうに見えた俺へ向けて、最後の力を振り絞った後ろ足での強烈な蹴りを放ってきたのだ。

 俺の顔面に、巨大な蹄が迫る。

「危な――ッ!」


『やめろッ!!』


 俺が回避行動をとるよりも早く。

 シリウスの瞳に、再び爆発的な青い炎が宿った。

 黒い閃光が走る。シリウスはボスの蹴りの軌道へ自ら飛び込み、俺に届く寸前のボスの足を、強烈な体当たりと蹴りでカチ上げた。


 ドゴォォォンッ!!


 強烈なカウンターを受けたボスは、宙を舞い、地面を派手に数回転がって木に激突した。

 だが、それだけでは終わらない。


「ガァァァァァッ!!」

 怒髪天を衝く勢いで飛び出してきたのは、ファルだった。


「一日に二度も! エルヴァンに手を出そうとしたな! 絶対に許さない!!」

 ファルは転がったボスの首元に飛び乗り、竜の爪で押さえつけ、首を噛み千切ろうとした。


「わーっ! ストップ、ストップだお前たち!!」

 俺は慌てて二頭の間に割って入り、ボスの首に噛みつくファルを引き剥がし、青い炎をたぎらせるシリウスの首に腕を回した。


「怒るな。今のは完全に俺が悪かったんだ」


『でも! あいつ、エルヴァンを蹴ろうと!』


「いいか? 動物っていうのは、極限まで怯えている時に迂闊に触ろうとすると、意図せずパニックになって襲いかかってくることがあるんだ。

 テイマーとして、俺の配慮と観察が足りなかった。だから、お前たちもいったん落ち着け。な?」


 俺が二頭を優しく撫でながら諭すと、シリウスの青い炎はスッと収まり、ファルも「むー」と不満げに鼻を鳴らしながら俺の後ろに下がっていく。

 二人とも、本当に俺のことを大切に思ってくれているのが伝わってきて、少しだけ胸が温かくなった。


「……はぁ。なんて、素敵なのでしょう」

 ふと視線を感じて振り返ると、セリアが胸の前で両手を組み、うっとりとした表情でこちらを見つめていた。

 艶々な肌をさらに紅潮させ、その瞳はきらきらと星のように輝いている。


「あんなに恐ろしい魔物たちを、一瞬で制止して優しく諭すなんて……やっぱりエルヴァンさんは、世界一のテイマーですっ!」


「あ、いや……今のは俺のミスが原因だから、そんな褒められるようなことじゃ……」


「いいえ! その慈愛に満ちたお姿、この目にしっかりと焼き付けました!」


 セリアのテンションがおかしい、俺の一挙手一投足がすべてフィルターを通して見えているようだ。

 俺が居心地の悪さに頬を掻いているその後ろで、


『……ガクッ』

 蹴り飛ばされ、竜に噛みつかれ、そして目の前で人間のイチャイチャを見せつけられたボス・ナイトメアが、ついにキャパシティを限界突破し、白目を剥いて再び気絶した。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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