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無能と追放されたはぐれテイマー、実は【古のテイム】の継承者でした ~ブラックギルドを捨てて美味しい手料理を振る舞ったら、伝説の神獣たちが懐きすぎて世界最強のギルドができました~  作者: たくみ
第四章 レア食材探求〜腹が減っては厄災は防げない〜

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第71話:宵闇の森

 眩い朝の陽光が差し込む平原を、俺たちは『宵闇の森』を目指して西へと進んでいた。

 その一行の様子は、端から見ればこの世の春を謳歌しているかのように、あるいは何か決定的な『儀式』を終えた直後のように、異様であった。


「あははっ! プルちゃん、見て見て! あの雲、巨大なオムレツみたい!」

『プルル~ッ♪』


 セリアは、朝から終始ご機嫌だった。その顔たるや、内側から発光しているのではないかと思えるほど艶やかで、白磁のような肌は瑞々しい輝きを放っている。まるで、長年の望みが叶い、心身ともに満たされたかのような、生命力に満ち溢れた艶肌だ。


 彼女の足取りは驚くほど軽く、鼻歌を歌いながらスキップさえ混じる始末。背負った荷物の重さなど微塵も感じさせない、圧倒的な『幸福』のオーラを撒き散らしていた。


「……うう、体いたー。

 セリアは、朝からなんでそんなに元気なんだ……」

 一方、その隣を歩く俺――エルヴァンは、完全なる満身創痍であった。

 顔面は土気色を通り越して幽霊のようだが、何故か肌表面だけは異常なほどテカテカと光を反射している。衰弱しきっているというのに、肌だけは不自然に瑞々しいという、奇妙な矛盾。


 そして、足取りは完全に終わっていた。生まれたての小鹿どころか、全ての力を吸い尽くされた抜け殻のように足元がおぼつかない。一歩踏み出すたびに膝が折れそうになり、よろよろと千鳥足でかろうじて前進している。俺の背負う荷物は、セリアのそれよりはるかに軽いはずなのに、今の俺には世界そのものの重みに感じられた。

 

 この極端なコントラストを描く俺たちの様子を、後ろから歩いていたシリウスが、青い炎のたてがみを揺らしながらじっと見つめていた。

 そして、何事かを深く納得したように黄金の瞳をぱぁっと輝かせると、純真な少年の弾むような声で、俺の頭の中に念話を飛ばしてきた。


『……わあ! おめでとう、エルヴァン! ついにやったんだね!』


「……んあ? なんの話だ?」


『隠さなくてもいいよ! エルヴァン、昨日の夜、ついにセリアと交尾したんでしょ!?』


「――ごふっ!?」

俺は盛大に咽せ返り、その衝撃で膝の力が完全に抜け、地面に手をついた。


 セリアが「エルヴァンさん?!  大丈夫ですか?」と心配そうに駆け寄ってくるが、俺は片手を上げてそれを制し、顔を伏せたままシリウスに怒りの念話を返す。


『ば、馬鹿野郎! なんでまた唐突に、そんな結論になるんだ!?』


『だって、ハクビが教えてくれたんだもん!


 「人間って生き物はね、つがいになって交尾をすると、オスは精気を全て吸い取られてよろよろの抜け殻みたいになり、メスはその精気を全身に浴びて顔がピッカピカに光り輝くのよ」


 って。今のエルヴァンのよろよろと、セリアのすっごい輝き……ハクビの言ってた通りじゃないか!』


 シリウスは、新しい知識を自慢する子供のように、無垢なドヤ顔(馬だが)をしている。


(……あのクソ狐ッ! なんてことを純真なシリウスに教えてやがるんだ……! 帰ったら絶対に、お仕置きが必要だな!)


 俺は心の中でハクビへの制裁を誓いつつ、震える脚でなんとか立ち上がった。セリアの手を借りそうになったが、男の意地で踏ん張った。


「……シリウス、大きな勘違いだ。俺の顔がテカテカなのも、足がよろよろなのも、交尾が理由じゃねえ」


『えっ? 違うの?』


「ああ。顔が艶々なのは、昨日の夕食だ。お前、覚えてるだろ? 俺がマジックバッグの奥から引っ張り出してきた、あの超巨大な『幻の黄金スッポン』。

 あれを丸ごと鍋にして食ったせいだ」


 目前に迫る宵闇よいやみの森への英気を養う為、滋養強壮と美容の最高峰である『黄金スッポン』を調理したのだ。


「特にセリアが気に入ってな。甲羅の周りのエンペラっていう、プルプルしたお肉を『美味しい! お肌に良さそう!』って、俺の倍は食ってた。……その結果が、あの生命力溢れる艶肌だ」


『……じゃあ、エルヴァンのその、今にも倒れそうな足取りは? 精気を吸い取られたんじゃないの?』


「それは……昨日、調子に乗ってセリアと飲み過ぎたせいだ」

 黄金スッポンの旨味に溺れた後、俺は気まずさを紛らわせるために、これまたマジックバッグにあったドワーフ特製の度数の高い果実酒を開けた。


「飲んで、気が大きくなって……。そこでふと、お前やファルに叱られたことを思い出したんだ。『動物の気持ちは分かるのに、セリアの気持ちに気付いてないのは罪だ』ってな」


酒の勢いと、従魔たちの説教。それが俺の背中を押した。


「だから……思い切って告げたんだ。セリアに、俺の思いの丈を」


『えっ? 告げたって……エルヴァン、ついに「つがいになって」って求愛したの!?』

シリウスの純粋な念話が、驚きと期待で再び跳ね上がる。


「……い、いや、まだ早い!

 俺はセリアのことが、その……好きだ!って。

 そうしたらセリアが、顔を真っ赤にして泣き出して……『私もです』って」

 俺は従魔相手に何を言っているんだ……。


「だから、セリアがああして終始機嫌がいいのは……その、俺の気持ちが伝わって、彼女の気持ちも受け止められたからだ」

俺の声は、自然と小さくなっていた。


「そして俺がよろよろなのは……その告白の成功に安堵して、さらに酒が進んでしまって、盛大な二日酔いになったからだ。セリアはスッポンの滋養で酒など微塵も残ってないらしいがな……。ははは」


 俺は滋養成分と照れ臭さでテカテカになった顔で自虐的な笑いを浮かべ、地面に視線を落とした。


 シリウスは、ぽかんとした顔をした後、「はぁ〜〜〜」と、呆れたような溜め息をついた。


『……お酒の力に頼るなんて、駄目な大人だね』


「……うぐっ」


 純真無垢な子供のような瞳をもつ、シリウスにダメ出しされると、心へのダメージがでかい。


『でも……ハクビの言う「交尾」はまだしてないけど、スタート地点には立てたってことだね! よかったね、エルヴァン!』


「……ああ。そうだな。スタート地点には、立った。……これから、ゆっくり、とな」


 心から嬉しそうに尻尾を振るシリウスを見て、俺は照れ臭さを隠すように、無理やり足を前に進めた。二日酔いの頭痛さえ、心地よく感じられた。


「エルヴァンさーん! シリウスちゃんとお話ですかー? 早く来てください、もうすぐそこですよー!」


 前方を歩くセリアが、満面の笑みで俺たちを振り返り、大きく手を振った。その笑顔は、この平原のどんな花よりも美しく輝いていた。


――しかし。

 俺たちがたどり着いたその森は、これまで歩いてきたのどかな平原とは明らかに異質な、どす黒い瘴気に包まれた領域が広がっていた。


――『宵闇の森』。

 頭上を覆い尽くす巨大な、そして不気味に捻じ曲がった古代樹の枝。葉は一枚もなく、代わりに黒紫色の苔のようなものがびっしりと張り付いている。

 

 そこから漂う空気は、息をするだけで肺が凍りつくかのように冷たく、淀んでいた。太陽の光は森の入り口で完全に遮断され、その奥には底知れない暗闇が、俺たちを飲み込もうと口を開けて待っている。


 つい数秒前まで交尾だの告白だの、のんきな会話をしていた俺たちの前には、不気味で危険な、死の香りが漂う深淵が広がっている。


 そのシュールすぎる光景に、俺は二日酔いの頭痛が完全に吹き飛ぶのを感じた。いや、正確には頭痛が限界突破して、逆に冷静になった。


「……うう、やっぱり頭が割れそうだ」

俺はマジックバッグから、不気味な紫色をした、酔い覚ましの薬草を取り出した。

 そして、セリアに見つからないように、それを口に放り込み、苦悶の表情で噛み砕いた。


『……ッ!! にげェェェェ!!』

 想像を絶する苦味が口いっぱいに広がり、脳天を直撃する。だが、その効果は劇的だった。霧がかかっていた視界が一気に晴れ、顔の不自然なテカりが少し引き、土気色だった肌に血色が戻る。ガクガクしていた脚に力が戻り、俺は剣の柄を力強く握りしめた。


「……帰ってきた」

 シリウスのたてがみの青い炎が、緊張で激しく燃え上がった。


「うわぁ……すごく、薄暗くて怖いところですね……。でも、エルヴァンさんと一緒なら、大丈夫です!」

 セリアは、このおぞましい森を前にしても、満面の笑みを絶やさない。


「……さあ。行くぞ。」

 俺はセリアの手をしっかりと握った。


『エルーー!お腹すいたーー!!』

 龍玉の中の腹ペコ白竜と、すやすや眠る黒龍。


 なんとも頼りないパーティーは、ついに不気味な宵闇の森へと足を踏み入れるたのだった。


◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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