第69話:従魔に恋愛を教わる男
「――というわけなんです。南の『ロアの大穴』に、世界樹の根らしきものが現れたって噂、本当ですか?」
冒険者ギルドの受付カウンター。ニーナの真っ直ぐな問いかけに、ギルドマスターのガストンは深い溜め息をつきながら、渋い顔で頷いた。
「……裏社会の連中め、耳が早ぇな。あそこはまだ軍とギルドの特級調査班しか情報を持っていねぇはずなんだが……ああ、事実だ」
「やっぱり!」
「ロアの大穴の底から、規格外の魔力を放つ『巨大な木の根』がせり出してきやがった。周囲の魔物は凶暴化し、おまけに内部は複雑な迷宮に変化しつつある。軍部も警戒して、今は立ち入り制限をかけている状況だ」
ガストンの言葉に、ニーナの隣に立つスオウが「ふはは!」と扇子を広げた。
「立ち入り制限など、我ら『白竜の翼』には無意味! 我らが盟主の頼み、伝説の果実を手に入れるためならば、軍の包囲網など容易く突破してみせようぞ!」
「あーもう、スオウさん声がデカい!
ガストンさん、私たちはその『根の迷宮』の調査に向かいます。テイマーとしての腕試しも兼ねて、ですね!」
ニーナがスオウの背中をバシッと叩きながら宣言すると、ガストンは呆れたように頭を掻いた。
「お前ら……エルヴァンがいないところで無茶しやがって。だが、伝説の霊獣と漆黒の暗殺者を引き連れたお前らを止める手段が、今の王都のどこにあるってんだ。
……いいか、絶対に死ぬなよ。ヤバいと思ったらすぐに逃げろ。
お前らに怪我をさせたら、エルヴァンに怒られるのは俺なんだからなっ!」
「はいっ! ありがとうございます、ガストンさん!」
ニーナは元気よく返事をすると、カフェから合流したハクビとノワールを引き連れ、王都の南門へと意気揚々と歩き出した。
世界樹の根が眠る迷宮へ。若きテイマーと愉快な仲間たちの、本格的な探索行が幕を開けた。
◇◇◇
一方、その頃。
王都のギルド『白竜の翼』の玄関には、『ギルドクエストのため、しばらく休業します』という手書きの札が下げられていた。
全員が出払う以上、当然の処置なのだが――迷宮都市の西門へと向かう俺たちのパーティーには、なぜか予定外のメンバーが二人(?)追加されていた。
「エルヴァンさん! 私も行きます!
あなたの秘書として、そしてサポート魔法の使い手として、絶対にお役に立ちますから!」
『プルルッ!(ボクもいくー!)』
荷物を背負い、気合十分な顔で立ちはだかるセリアと、彼女の足元で勇ましく跳ねるスライムのプルちゃんである。
「いや、でもセリア。今回は『宵闇の森』っていう、ナイトメアの群れがいる危険な場所だぞ? お前を危険な目に遭わせるわけには……」
「エルヴァンさんが危険な場所に行くのに、私だけ王都で安全に待っているなんてできません!
それに、野営の時の調理補助や、ファルちゃんの面倒は誰が見るんですか?」
ぐっ……痛いところを突かれた。
確かに、今回はスオウもニーナもいない。俺一人で料理と周囲の警戒、そしてファルの子守を同時にこなすのは至難の業だ。
「……はぁ。分かったよ。ただし、絶対に俺の側から離れないこと。約束できるか?」
「はいっ! ありがとうございます、エル!」
パァァッと花が咲いたような笑顔を見せるセリア。
こうしてなし崩し的に、俺、セリア、ファル、シリウス、そしてプルちゃんという大所帯で『星の雫』を求める旅に出発することになったのだった。
迷宮都市から西へ進んだ俺たちは、街道を外れた平原で、本格的な野営の準備をしていた。
「エルヴァンさん、お水汲んできますね。プルちゃん、一緒に行こう」
『プルル〜』
セリアが近くの小川へと向かい、俺は火を起こして夕食のスープの下ごしらえを始めていた。
ファルとシリウスは、俺の近くで丸くなって休んでいる。
のどかな野営風景だ……
『ねえ、エルヴァン。セリアとはいつ交尾するの?』
「――ぶふぉっ!?」
頭の中に直接響いたシリウスの念話に、俺は思わず水筒の水を盛大に吹き出した。
激しくむせ返る俺を、青い炎を揺らすシリウスが不思議そうに見つめている。
「げほっ、ごほっ……! お、お前、急になんてこと言うんだ!?」
『え? だって、人間だって生き物でしょ? 好き合ったつがいが交尾して群れを作るのは、自然なことじゃないか』
魔物としての純粋すぎる生態系のロジック。
だが、対象が俺とセリアとなると話は別だ。俺は慌てて小川の方をチラリと見て、セリアがまだ戻ってきていないことを確認してから、声を潜めて言葉を返した。
『ば、馬鹿野郎! 俺とセリアは、まだそんな関係じゃねえよ!』
『そうなの?
ファル、あれでそういう関係じゃないの?』
シリウスが隣で欠伸をしているファルに話を振る。ファルは『んー?』と首を傾げた後、ジト目で俺を見た。
『エルー、なんで? セリア、エルといっしょにつがいになりたいってお顔してるよ?』
『だから、それはお前たちから見てそう見えるだけで……!
確かに、俺はセリアのことが好きだけどさ。セリアが俺のことをどう思ってるかなんて、分からないだろ!?』
言い訳めいた俺の話を聞いて、シリウスは「はぁ〜」と、まるで出来の悪い弟を見るような、深くて重い溜め息をついた。
『……エルヴァンはさ、動物や魔物の気持ちは痛いほどよく分かるのに、人間相手になるとほんと駄目だね』
「っ……!?」
『そうだよ、エル、サイテー!』
シリウスの辛辣なダメ出しに心臓を抉られたところに、今度はファルが短い腕で俺をビシッと指差して追撃してきた。
『セリア、エルのことだーいすきなのに! 毎日ギルドのお仕事して、エルにおいしいお茶淹れてくれて、あんなにいーっぱいお世話してくれてるのに! それに気付いてないなんて、重罪だし、セリアにマヂでしつれいだよ! ばか!』
中身が幼児のくせに、どこでそんな言葉を覚えてきたのか。ハクビか? ハクビの悪影響か!?
しかし、ファルの言うことは一切の反論ができないほどの正論だった。俺は顔から火が出るほど恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。
『ほらエルヴァン。群れのボスとして、しっかりオスを見せなきゃダメだよ』
『うんうん! ほら、今すぐセリアと交尾してきなよ! してきなよ!』
『お前ら、頼むからもう黙ってくれ……ッ!』
「エルヴァンさん? どうしたんですか、顔が真っ赤ですよ? お熱でも……?」
そこへ、小川から水を汲んできたセリアが、心配そうな顔で俺の顔を覗き込んできた。その無防備で優しい瞳に、さっきの『交尾』という単語がフラッシュバックして、俺の心拍数は一気に跳ね上がる。
「い、いや! 何でもない! ちょっと火の側で暑かっただけだ! ははは!」
「そうですか? 無理しないでくださいね」
セリアが微笑むその後ろで、ファルとシリウスが「やれやれ、これだから人間のオスは」とでも言いたげに首を横に振っているのが見えた。
……黒龍の復活と、忍び寄る世界の厄災。
そんな途方もない使命よりも、今の俺にとっては、この辛辣な従魔たちの「恋愛指導」をどう乗り切るかの方が、よっぽど命に関わる大問題なのだった。
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