第63話:あの日の誓い
宴が一段落し、夜の帳が迷宮の森を包み込む。
シリウスが維持してくれている青い炎の焚き火が、静かにパチパチとはぜていた。
ニーナはノワールのふかふかなお腹を枕にして、幸せそうに寝息を立てている。その横では、ハクビが九つの尾を扇のように広げ、スオウの寝床を囲うようにして丸まっていた。
「……ハクビの毛並みは、やはり世界一だ」
スオウが、ハクビの背中に寄りかかりながらポツリと呟いた。
俺は温かいお茶一口飲み、隣に座るスオウに視線を向けた。
「なあスオウ。お前、なんでテイマーギルドに属してないんだ? 自由なソロ活動って言ってたが、何か理由があるんだろ」
スオウは少し沈黙した後、手元で扇子を弄びながら静かに語り始めた。
「……俺はかつて、ギルドの期待の新人だった。ハクビは俺がテイマーになる前からの、大事な相棒だ」
スオウの瞳に、焚き火の青い炎が反射する。
「だが、こいつは昔からこんな調子で、とにかく自由奔放な性格でな。ギルドの上層部はそれが気に入らず、『伝説の霊獣がその態度は我がギルドの格がおちる。魔導のムチを使ってでも、性格を大人しく矯正しろ』と俺に命じてきたんだ」
「なるほどな……」
「ギルドに所属している以上、無下にはできず、俺も最初は言葉を厳しくして躾けようとした……だが、そのストレスのせいで、ハクビの……ハクビの美しい白銀の毛並みに!
あろうことか、十円玉サイズの『円形脱毛症』ができたんだッ!!」
「……お、おう(十円ハゲで抜けたのか……)」
「俺は許せなかった! 至高のモフモフを損なうなど、世界に対する重罪だ! だから俺はムチを押し付けてきたギルドの幹部どもを全員ムチ打ちにして、組織を抜けた。二度と彼女の毛並みを損なわせないため、栄養を完璧に計算した最高級の食事を与え、毎日三時間のブラッシングを己に課したのだ!」
なるほど、味気ないカリカリに固執していたのも、彼なりの「二度とハゲさせない」という強すぎる愛情と贖罪だったわけか。不器用な男だ。
その時、寝たふりをしていたハクビが、片目だけを開けてニヤリと笑った、ように見えた。
「コォン」
『マヂあの時のハゲ、チョー病んだし。でもスオウがギルドのオッサン達ボコってスッキリ辞めたのは、ちょっとだけウケたし、見直したって感じ?』
「……『あの時のハゲはマジで病んだけど、スオウがギルドのオッサン達をボコって辞めたのは少し見直した』だとさ」
俺が通訳すると、スオウは「ハクビィィッ!」と涙ぐんでそのモフモフに顔を埋めた。
「なあ、スオウ。お前さえ良ければ、俺たちのギルドに入らないか?」
「なっ……!?」
「俺たちのギルド『白竜の翼』には、ムチも規則もない。ただ美味い飯を食って、みんなで楽しく暮らすのが目的だ。それに、俺の飯なら毛艶を極限まで良くしつつ、味の満足度でストレスもゼロを目指せるぞ?」
俺が笑ってそう言うと、スオウは言葉を失ったように固まった。
ハクビが九つの尾を揺らし、スオウの背中をポンッと押す。
「コォン!」
『マヂ? チョーいいじゃん! ウチ、エルのヤバいご飯毎日食べたいし! スオウ、許可してあげてもよくね?』
「……ハクビがそう言うのなら、考えないわけにはいかないな。……前向きに検討させてもらおう、エルヴァン」
スオウは照れ隠しに扇子で顔を隠したが、その耳は少し赤くなっていた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
俺たちは朝露に濡れる迷宮をさらに奥へと進んでいた。
「見てくださいエルヴァンさん! このキノコ、透き通ってて綺麗です!」
「お、それは『水晶舞茸』だな。天ぷらにすると絶品だぞ。……こっちの『迷宮三つ葉』も香りが良い、採取しておこう」
俺とニーナが山菜採りに精を出していると、前方の茂みが激しく揺れた。
現れたのは、全身が硬質なエメラルドの鱗で覆われた巨大なトカゲ――『翡翠大蜥蜴』だ。
体を覆うエメラルドを打ち鳴らし威嚇してくる。
「敵襲よ! ノワール、ハクビ、やっておしまい!」
「ニャァ!」
「コォン!」
ニーナの号令と共に、二匹の巨大な獣が動いた。
ノワールが影の中に溶け込み、瞬時に大蜥蜴の背後へと回り込む。
『挟み撃ちニャ! ハクビ、そっちから焼くニャ!』
『オッケー、マヂ了解! ウチの狐火でガチ焦げにしてあげるし!』
ノワールが影の爪で大蜥蜴の足を封じ、身動きを止めた瞬間、ハクビが九つの尾を一点に集中させた。
「コォォォォォンッ!!」
極大の蒼炎が放たれ、大蜥蜴の急所を的確に焼き抜く。
息の合った、完璧な連携だ。
「見事だな……。まさかあの二匹が、これほど短期間で呼吸を合わせるとは」
スオウが感嘆の声を漏らす。
大蜥蜴が崩れ落ちると、ハクビは「てへぺろ」と言わんばかりに舌を出し、ノワールと前足でハイタッチ《肉球合わせ》を決めていた。
「よし、いい素材も手に入った。……さあ、いよいよ最深部だぞ」
森の霧が晴れた先。
そこには、これまでとは明らかに雰囲気が違う、巨大な黒曜石で作られた神殿のような入り口がそびえ立っていた。
「……ここが、黒龍の眠る心臓部か」
俺たちは気を引き締め、未知なる最深部へと足を踏み入れた。
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