第60話:霜降り茸のステーキ
「さあ、焼けたぞ。熱いから気をつけて食べろよ」
ジュゥゥゥッ! という食欲をそそる音と、焦げた醤油とバターの香ばしい匂いが森に広がる。
分厚くスライスしたマーブル・マッシュの表面には綺麗な焼き色がつき、内側からは上質な和牛のように溢れ出した旨味の脂がテラテラと輝いていた。
「はふっ、ほふっ……んん〜っ! お肉みたいにジューシーで、すっごく美味しいです!」
「ニャァン!」
『噛むほど旨味が溢れるニャ! 最高ニャ!』
「ブルルッ!」
『森の恵みと濃厚な脂のハーモニー……たまらん!!』
ニーナ、ノワール、シリウスが満面の笑みで茸ステーキを頬張る。
そして、俺の足元では九尾の狐が、尻尾をバインバインと振り回しながら歓喜の声を上げていた。
「コォン!」
『マヂうま! 脂エグい! キノコなのにちょー肉じゃん! スオウのご飯とかもう一生無理なんだけど!』
「……お前、そろそろスオウが不憫になってきたぞ。ほらスオウ、お前も食べてみろ」
俺が串に刺した茸ステーキを差し出すと、スオウはワナワナと震えながらそれを受け取り、恐る恐る口に運んだ。
「ッ!? な、なんだこの芳醇な味わいは!?
しかも、本来微弱な毒があるはずの迷宮香蕈が完全に無毒化されているどころか、魔物の身体機能を高めるアミノ酸の塊に変化しているだと……!?
やはりお前の料理の腕、王都の宮廷料理人すら凌駕しているぞ!」
「だから、ここでは環境と素材が良いだけだって」
『エルー! おかわりー!』
龍玉から身を乗り出したファルにも二枚目を渡してやり、俺たちはあっという間に極上の茸ステーキを平らげた。
◇ ◇ ◇
腹ごしらえを終えた俺たちは、迷宮のさらに奥へと足を踏み入れた。
翠緑の箱庭は第一階層から非常に広く、鬱蒼とした森の中には貴重な薬草や香辛料となる植物がそこかしこに自生している。
俺が歩きながら目ぼしいものを採取していると、不意に地面がズシン、ズシンと重く揺れた。
「……来たぞ。前衛、構えろ!」
俺の合図で、ノワールとシリウスがスッと臨戦態勢に入る。
前方の茂みをなぎ倒して現れたのは、体長3メートルを超える巨大な猪だった。だが、ただの猪ではない。その体表は分厚い「半透明の結晶」で覆われている。
「あれは……『岩塩猪』か! 突進力もさることながら、あの結晶装甲は魔法すら弾く厄介な魔物だぞ!」
スオウが扇子を構え、鋭い声を上げる。
そして彼は、先ほどの汚名を返上するかのように、ビシッと岩塩猪を指差した。
「ここは俺たちに任せろ! 見せてやろう! 決して食欲などではない、霊獣とテイマーの真の絆というものを! ――行け、ハクビ! 『蒼炎の狐火』だ!」
スオウの熱い命令が森に響き渡る。
だが。
「……くぅぁ」
『お腹いっぱいだし、マヂだるいし〜。ウチ、今お昼寝タイムだからパスで』
ハクビは俺の足元でゴロンと横たわり、前足で大あくびをした。見事なまでの命令無視である。
「ハ、ハクビィィィ!? なぜだ、昨日のブラッシングではあんなに気持ちよさそうに喉を鳴らしていたじゃないか!」
スオウが悲痛な叫びを上げる中、岩塩猪が前足を掻き毟り、こちらへ向けて突進の構えを見せた。
「あー、ハクビ。寝てるところ悪いんだが」
俺はため息をつきながら、マジックバッグから特大のフライパンを取り出した。
「あの猪、装甲が天然の極上岩塩でできてるんだよ。
だから、肉にはすでに最高の塩味が染み込んでる。倒せば今日の晩飯は、分厚い豚肉の炭火焼きだぞ」
その瞬間。
ハクビの九つの尻尾が、ピーン! とアンテナのように直立した。
「コォォォォォォンッ!!」
『マヂ!? ちょーヤバいお肉じゃん! ウチ、絶対食べるし!!』
先ほどの気怠さはどこへやら。白い閃光と化したハクビは、スオウの横を猛スピードで通り抜けると、空中で九つの尾から強烈な青白い狐火を放った。
ただし、肉を焦がさないよう、装甲の隙間から脳だけを正確に焼き切るという、神業のような魔力操作で。
ドズゥゥゥンッ!!
岩塩猪は悲鳴を上げる間もなく、見事に「極上の塩漬け肉」の状態で地に伏した。
「コォン!」
『お肉ゲット! マヂアガる! 専属料理人、はよ焼いて!』
「……すごいなハクビ、肉を全く傷つけてない。これは最高の塩豚になりそうだぞ」
俺が感心しながら岩塩猪の解体に取り掛かろうとすると、背後でスオウが膝から崩れ落ちる音がした。
「……俺の、誇り高き霊獣との絆が……。豚肉の……塩焼きに、負けた……ッ」
「元気出してください、スオウさん。エルヴァンさんのご飯は、本当に特別ですから……」
完全に心が折れたスオウの背中を、ニーナが優しくぽんぽんと撫でている。
なんだか申し訳ない気もするが、手に入った食材は極上だ。俺たちは手早く岩塩猪をマジックバッグに収納し、さらなる美味を求めて迷宮の奥へと足を進めるのだった。
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