第58話:え?!ギャル?!
「ハ、ハクビィィィ!?
お前、俺が毎日丹精込めて手入れしてやっているのに、出会って数分のそいつが作ったおやつに寝返るのかァァァ!?」
翠緑の箱庭の入り口付近。
俺の作ったパンの耳のカリカリ揚げに完全にお手上げ状態となっている九尾の狐 ハクビを前に、クールな美青年テイマーのスオウは膝から崩れ落ちていた。
「くぅ~ん♪」
『コレ、ちょー甘くてマヂ神なんですけど! もっとちょーだい!』
九つの尾をぶんぶんと振り回し、前足を顔の横に添えて小首を傾げる、あざといポーズ……いわゆる『てへぺろ』の仕草をとるハクビ。
その念話からは、歓喜と食欲がビンビンに伝わってくる。
「おい、お前の主人が泣いてるぞ。……ほらスオウ、しっかりしろ」
「……っ! し、失態だ。まさか我が友が、あのようなジャンクフードの匂いに一時的にとはいえ惑わされるとは……」
俺が声をかけると、スオウは弾かれたように立ち上がり、コホンと咳払いをして乱れた装束を整えた。そして、必死に平静を装いながら俺に向き直る。
「だが、エルヴァン。お前のテイマーとしての実力は認めざるを得ない。この完璧に手入れされた悪魔馬と漆黒の山猫……。
二匹もの高位魔物を、一切の暴力なしで同時に従え、ここまで見事に仕上げるとはな」
スオウが感心したように頷きながら、勝手な解釈で熱弁を振るう。
だが、その時だ。俺の隣からニーナが一歩前に進み出て、スオウに向かってビシッと胸を張って言った。
「あの! シリウスちゃんはエルヴァンさんの従魔ですけど……ノワールちゃんは『私』の従魔です!」
「……は?」
スオウが間の抜けた声を漏らし、ポカンと口を開ける。
すかさず、ノワールがニーナの足元にすり寄り、誇らしげに鳴いた。
「ニャァン!」
『ニーナはわたしの大事なご主人様ニャ。エルヴァンはただの専属料理人ニャ』
「お前、俺の扱い酷くないか?」
俺が思わずツッコミを入れると、スオウが怪訝そうな顔をした。
「どうしたエルヴァン? 山猫がひと鳴きしただけだぞ」
「ああ、悪い。言ってなかったが、俺のテイマースキルは魔物の言葉がわかるんだ。念話で普通に会話ができるんだよ。
ちなみに今ノワールは、『ニーナが大事なご主人様で、エルヴァンはただの専属料理人だ』って言ったんだよ」
「なっ!? 魔物と直接言葉を交わしているだと……!? そ、そんな伝説級のテイマースキルを……!」
スオウが驚愕に目を見開いた直後。今度は俺の足元で、ハクビが爪の手入れでもするように自分の前足の爪を見つめながら、だるそうに鳴いた。
「コォン!」
『ウチもこの専属料理人がいいしー! スオウのご飯、パサパサすぎてガチで無理!』
「あー……ちなみに今、お前のところのハクビは『私もこの専属料理人がいい。スオウのご飯はパサパサすぎてガチで無理』だそうだ」
「ハ、ハクビィ!? お前まで俺を差し置いてそいつを料理人扱いするな!
第一、あのカリカリは栄養素を極限まで計算した最高級の――」
俺の無慈悲の同時通訳に反論しようとするスオウだったが、ハクビは「ぷいっ」とそっぽを向くと、前足でスオウを『シッシッ』とあしらうような仕草をしてから、俺の太ももに顔をスリスリと押し付けてくる。
「なんなんだお前たちは……! こんな小さな少女が、あの漆黒の山猫と絆を結んでいるというのか!?
その上、言葉を解するお前を、魔物たちが主ではなく『料理人』として認識しているだと……!?」
スオウは頭を抱え、ブツブツと呟き始めた。彼の『テイマーとしての常識』が、音を立てて崩れ去っていく音が聞こえるようだ。
そんなスオウをよそに、俺の腰の龍玉から幼児口調の古竜がひょっこりと顔を出す。
『エルー。おはなし、まだおわんないのー? ファル、はやくおにわの奥にいって、おいちーご飯たべたいー』
「わかってるよ。もう少し待って――」
「……っ!? な、なんだその玉から出てきた生き物は!?」
スオウが、俺の腰でパタパタと短い腕を振るファルを指差して目を見開いた。
「いや、ただの――」
「誤魔化せると思うな! その白銀の毛並みと見事なたてがみ、そしてこんなに小さいのに内側から溢れ出る規格外の神聖な魔力……! ま、まさか、伝説に名を刻む古竜……『白竜』なのか!?」
さすがはモフモフ至上主義の高位テイマーだ。ファルを「毛並みの良い長毛種」として認識しつつも、その奥にある圧倒的な魔力から正体に気づいたらしい。
俺は慌ててスオウに歩み寄り、バシッとその口を両手で塞いだ。
「ばっ、声がでかい! いろいろあって一緒にいるが、目立つと面倒だから絶対に他言無用だぞ。いいな?」
「もがっ!? むーっ!(面倒!? 古竜を腰の玉に入れて持ち歩いておいて、何を今更!)」
スオウが抗議するように目を白黒させているが、俺は強引に頷いたと解釈して手を離した。
「よし、ニーナ、ノワール、シリウス。そろそろ出発しよう。ここからが本格的な迷宮探索だ」
俺が声をかけると、頼もしい家族たちは一斉に返事をした。
「はいっ!」
「ニャァ!」
「ブルルルッ!」
俺たちが足並みを揃えて森の奥へと歩き出すと、当然のようにハクビも俺の隣にピタリとくっついて歩き始めた。
「あっ、こら待てハクビ! どこへ行く気だ!?」
慌てて追いかけてきたスオウが、ハクビの首根っこを掴もうとするが、ハクビはひらりと躱して俺の背後に隠れてしまう。そして、背後からひょっこり顔を出すと、右目をパチリとウインクさせてみせた。
「くぅん!」
『スオウもついてくればよくね? この専属料理人、絶対ヤバいお肉焼いてくれる感じするし!』
「……『スオウもついてくればよくね? この料理人は絶対ヤバい肉を焼く感じがする』だとさ」
俺が淡々と通訳すると、スオウはワナワナと震え、半ばヤケクソ気味に俺を指差した。
「お、お前という奴は……!
ええい、こうなったら意地だ! エルヴァン! 俺も同行させてもらうぞ!」
「別に構わないけど……」
「 ムチを使わずに高位魔物を従える少女と、白竜を隠し持ち、ただの『食事』で我がハクビの心を奪ったお前のテイム術……その秘密を、俺の目で完璧に解き明かしてやる!」
「秘密って……普通に美味い飯を作ってるだけだぞ。もちろん、ただ美味くするだけじゃないがな」
俺は歩きながら、さも当然のことのように答えた。
「従魔の種族や体質に合わせて、塩分やスパイスの量は細かく調整してる。
それに、毛艶を良くする栄養価の高いハーブや、骨を丈夫にする魔物の煮込み汁を使ったりして、味の良さと健康面のバランスをしっかり考慮して調理してるんだ。
毎日同じカリカリの餌じゃ、いくら栄養があっても心が痩せ細っちまうだろ?」
「な、なんだと……!?」
俺の言葉に、スオウは持っていた扇子を取り落としそうになりながら目を剥いた。
「極上の味覚による精神的な幸福感と、魔物の肉体を完璧に高める栄養管理を、同時にこなしているというのか……!? そ、そんな神業、王都の宮廷テイマーですら不可能だぞ!?」
「そうか? 美味くて体に良いものを家族に食わせたいと思うのは、普通のことだと思うけどな」
俺の返答に、スオウは完全に言葉を失い、フラフラとした足取りで後ろからついてくる。
こうして俺たちのパーティーに、神々しい見た目とギャルな中身を持つ九尾の狐と、テイマーとしての価値観を完全に粉砕されたモフモフ至上主義の青年が加わった……のか?
未知の迷宮『翠緑の箱庭』の探索は、予想以上に騒がしく、そして美味しいものになりそうだ。
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