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第57話:完璧主義のテイマー

 翌朝。


 俺たちは朝食に特製のホットサンドを平らげると、いよいよ『翠緑の箱庭』の門をくぐった。

 分厚い石の扉の先は、想像とは全く違う光景だった。


 薄暗い洞窟を予想していたが、そこには柔らかな光が降り注ぐ森が広がっていたのだ。天井には太陽の代わりとなる巨大な黒い宝玉が輝き、見たこともない奇妙な植物や色鮮やかな花々が咲き乱れている。


「わぁ……地下なのに、本当の森みたいです!」

 ニーナが感嘆の声を上げた、その直後だった。


 ガサガサッ! と前方の巨大なシダ植物が揺れ、中から三匹の『装甲蟷螂アーマーマンティス』が飛び出してきた。鋼鉄すら切り裂く鎌を持つ、厄介な迷宮の固有種だ。


「ニーナ、下が――」

 俺が指示を出そうとした瞬間、俺たちの横を一条の「白い閃光」が駆け抜けた。


『コォォォォンッ!』

 甲高く、透き通るような鳴き声。

 ふわりと宙を舞ったのは、巨大で美しい獣だった。


 体躯はシリウスと同じかそれ以上。

 雪のように真っ白な毛並みは絹のように滑らかで、先端が淡く金色に染まった『九つの長い尾』が、背後で後光のように揺らめいている。


 伝説級の魔物――『九尾の狐』だ。


 九尾の狐は空中で身を翻すと、九つの尾から青白い狐火を無数に放ち、装甲蟷螂たちを瞬く間に包み込んだ。

 熱も音もなく、ただ魔力だけを焼き尽くす神秘の炎。蟷螂たちは悲鳴を上げる間もなく炭化し、パラパラと崩れ落ちる。


「見事だ、ハクビ。今日も君の毛並みと狐火は、芸術的なまでに美しい」

 そこへ、奥の茂みから一人の男が姿を現した。


 東洋の意匠を取り入れた身軽な装束を纏う、切れ長の目をしたクールな美青年だ。彼の手には魔物を支配するためのムチはなく、代わりに手にした扇子を優雅に閉じている。

 ムチも使わず、言葉すら発せずに、あれほどの魔物と完璧な連携を取っていたのか。


「……すまない、獲物を横取りしてしまったな。我が友が少し張り切りすぎたようだ」

 青年――スオウと名乗った男は、俺たちに軽く頭を下げた。


 そして、自分の足元に戻ってきた九尾の狐『ハクビ』の頭を優しく撫でると、懐から小さな袋を取り出した。


「さあ、報酬だ。君の毛並みを極限まで美しく保つ、最高級の『魔獣専用・栄養食カリカリ』だぞ」

 スオウが茶色い粒状の餌を手のひらに乗せて差し出す。


 ハクビはそれを見ると、どこか遠い目をして「またこれか……」と言わんばかりにため息をつき、渋々といった様子でカリッ、カリッと咀嚼し始めた。


「ん……?」

 ふと、スオウの視線が俺の隣に止まった。

 彼の目が、ノワールとシリウスの姿を捉えて驚愕に見開かれる。


「……信じられん。その山猫と悪魔馬、お前の従魔か? ムチで打たれた傷跡が一つもない。何より、その圧倒的な毛並みのツヤと、主へ向ける澄んだ瞳……!」

 スオウは目を血走らせ、凄い勢いで俺に詰め寄ってきた。

 クールな美青年の面影はどこへやら、完全にオタク特有の早口になっている。


「お前も、あの野蛮なテイマーギルドのやり方に染まっていない『本物』のテイマーと見える! 俺はスオウだ。ああ、素晴らしい! お前なら、魔物を慈しむことの尊さがわか――いや待て」

 スオウはハッと息を呑み、ノワールの顔を至近距離でマジマジと見つめた。


「どうしてだ……。俺はハクビに、栄養素を完璧に計算された最高級の魔獣食だけを与え、毎日三時間のブラッシングを欠かしていない。なのに、なぜお前の従魔の方が、これほどまでに生命力に溢れ、幸せそうな顔をしているんだ……!?」


「いや、幸せそうって言われても……普通に美味い飯を腹いっぱい食わせてるからかな?」


「味など関係ない! 魔物にとって必要なのは効率的な栄養摂取だ! 人間と同じような食事を与えるなど、テイマーの風上にも置けん!」

 スオウが非難の声を上げた、その時だった。

 俺の腰の龍玉から、ファルがひょっこりと顔を出した。


『エルー。ファル、さっきのホットサンドのミミ、まだたべたいー!』


「はいはい。

 ノワールも食べるか? パンの耳のカリカリ揚げ、砂糖まぶしだ」

 俺はマジックバッグから、朝食の余りで作ったおやつを取り出した。


 甘く香ばしい油と砂糖の匂いが漂った途端――スオウの足元で退屈そうにしていた九尾の狐、ハクビの九つの尻尾が、ピーン! と真っ直ぐに立ち上がった。


『コォォォォォン!?』


 先ほどの神々しい姿はどこへやら。ハクビはスオウをあっさりと置き去りにし、俺の足元に猛ダッシュでやってくると、その美しい白金色の体を擦り付けて猛烈な「おねだりアピール」を始めた。


「なっ……!? ハ、ハクビ!? お前、そんな得体の知れない油と糖分を……!!」


「ほら、食べてみるか?」

 俺がパンの耳のカリカリ揚げを差し出すと、ハクビはサクッ! といい音を立ててそれを頬張り、感動のあまりボロボロと大粒の涙を流し始めた。よほど毎日味気ないドライフードばかり食べさせられていたのだろう。


「ハ、ハクビィィィ!? お前、俺が毎日丹精込めて手入れしてやっているのに、出会って一分のそいつが作ったおやつに寝返るのかァァァ!?」


『くぅ~ん♪』

 カリカリ揚げのおかわりを要求して俺にスリスリと甘える九尾の狐と、頭を抱えて崩れ落ちる完璧主義のテイマー。


 どうやら、この迷宮探索は思いのほか賑やかなものになりそうだ。




◆◆◆

 作中の砂糖とかなんやらは、動物や魔物が食べられる砂糖だそうです。

 勝手に人のペットにおやつを与えるのはやめましょう。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 読んでいただきありがとうございます。


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