第55話:迷宮への道のり
街を出発して二日。
俺たちは北西の山脈を目指し、整備された街道をのんびりと進んでいた。
「いやあ、本当に快適だな、このマジックバッグは」
俺は腰に下げた『四次元の革袋』をポンポンと叩いた。
中には数週間分の食料、大型のテント、予備の武器から愛用の調理器具一式までがギッシリ詰まっているのだが、重量は空き袋のように軽い。これなら長旅でも全く疲労を感じない。
「はい! 身軽に動けるって素晴らしいですね!」
真新しい軽鎧を着たニーナも、足取り軽く俺の隣を歩いている。
その前方を、漆黒の山猫ノワールがしなやかな足取りで先導し、俺たちの背後ではナイトメアのシリウスが荷車も引かずに悠々と歩を進めている。
『えーるー! おやつのじかんだよー! おやつたべたいのー!』
そして俺の胸元からは、新しく作った専用の革製ホルダーに収まった『龍玉』から、ちょこんと顔を出したファルが短い前足をパタパタと振っていた。
「お前、さっき串焼きを食べたばかりだろうが。ほら、これで我慢しろ」
『わぁい! くるみクッキーおいちー!』
マジックバッグから取り出したクッキーを一枚渡すと、ファルは小さな両手で抱え込み、幸せそうにサクサクと齧り始めた。
龍玉を食材入れにするのをやめたおかげで、ファルも心なしか以前より快適そうだ。
まるでピクニックのような気楽さで街道を進んでいると――先頭を歩いていたノワールが、ピタリと足を止めて耳をそばだてた。
『ニャァ』
「どうしたの? ノワールちゃん ……あっ、エルヴァンさん! 前方に馬車が止まっています!」
ニーナの指差す先、街道の少し開けた場所に、一台の商人用の馬車が立ち往生していた。
車輪が街道の深い轍にハマって傾いており、御者台にいる初老の商人が青ざめた顔で周囲を見回している。
無理もない。馬車の周囲を、五頭ほどの『牙狼』の群れがぐるぐると取り囲み、涎を垂らしながら今にも飛びかかろうとしているのだ。
「ニーナ。実戦訓練だ、指示を出せるか?」
「はいっ! ……シリウスちゃん、突進して群れを分断してください!
ノワールちゃんは商人さんの護衛をお願いします!」
「ブルルルッ!」
「ニャッ!」
ニーナの凛とした声に応え、二匹が矢のように飛び出した。
シリウスが青い炎を纏って狼たちの中心に割り込み、凄まじい覇気で威嚇する。それだけで牙狼たちは悲鳴を上げて腰を抜かした。その隙に、ノワールが音もなく商人の馬車の上に飛び乗り、鋭い眼光で残りの狼たちを睨みつける。
ものの数秒で、牙狼の群れは尻尾を巻いて森の奥へと逃げ去ってしまった。
「あ、ああ……助かった。ありがとう、冒険者の方々!」
へたり込んでいた商人が、涙ぐみながら俺たちに駆け寄ってくる。
「怪我がなくて何よりです。車輪がハマってしまったんですね」
「ええ。王都へ香辛料を運ぶ途中だったんですが、荷が重すぎたようで……」
商人がため息をつく。見れば、車輪はかなり深く泥に埋まっており、馬の力だけで引き上げるのは難しそうだ。
「少し離れていてください。……シリウス、頼めるか?」
『まかせて!』
俺が声をかけると、シリウスは馬車の後部に回った。そして、その強靭な首と肩を馬車の底板に当てると、ふんっ! と軽く鼻を鳴らした。
ミシミシッと音を立てて、荷物を満載した重い馬車が、いとも容易く浮き上がる。
そのままシリウスが数歩前進して馬車を下ろすと、車輪は完全に轍から抜け出していた。
「なっ……なななっ!? 馬が、馬車を持ち上げた!?」
目玉が飛び出そうなほど驚く商人をよそに、俺は手早く車輪の軸を点検し、破損がないことを確認した。
「よし、これなら問題なく走れますよ。」
俺が立ち上がった瞬間、商人の腹から『ぐきゅるるるるっ』という、ひどく間の抜けた音が鳴り響いた。
「お、お恥ずかしい……。狼に囲まれてから生きた心地がせず、そういえば朝から何も食べておらず……」
「ははっ、奇遇ですね。俺たちも、ちょうどお昼休憩にしようと思っていたところなんです。少し休んでいきませんか?」
俺は商人に笑いかけ、腰の四次元の革袋から手際よくキャンプ用の魔導コンロと、大きめの鍋を取り出した。
今日の昼飯は、昨夜セリアが持たせてくれた『特製スパイス』の出番だ。
鍋に油を引き、厚切りのベーコンとざく切りにした野菜を炒める。そこに香辛料の効いた特製スパイスとブイヨンを投入し、一気に煮立たせる。
食欲を激しく刺激する、カレーに似たスパイシーで複雑な香りが街道に広がった。
『わぁー! カレーのにおい! エル、ファルもたべるー!』
龍玉から身を乗り出して騒ぐファルを宥めつつ、俺はこんがりと焼いたバゲットを添えて、熱々のスパイススープを商人に差し出した。
「さあ、どうぞ。長旅の疲れには、こういう刺激のある温かいものが一番効きますよ」
「こ、これは……なんという素晴らしい香り……! いただきます!」
商人はスプーンでスープをすくい、一口飲んだ瞬間、雷に打たれたように目を見開いた。
「う、美味いっ!
スパイスの刺激が野菜の甘みを引き立てて、疲れた体に染み渡るようだ……!
私も香辛料を扱う商人ですが、こんなに見事な調合と料理は、王都の高級店でも味わえませんぞ!」
「お口に合って良かったです」
俺たちもバゲットをスープに浸しながら、青空の下で最高の昼食を楽しんだ。
お腹も心も満たされた商人は、何度も頭を下げながら王都へと向かって出発していった。
「さて、俺たちもそろそろ行くか」
「はいっ! 次はどんな出会いがあるか、楽しみですね!」
ニーナの明るい声と、従魔たちの頼もしい足音。
北西の山脈は、まだ遠い。だが、こののんびりとした道中すらも、俺たちにとっては最高の冒険の一部だった。ふ
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