第45話:少女の憧れと幻獣たちの現実
王都の特使ユリウスが帰り、俺たちのギルドハウスには再び平和な日常が戻ってきていた。
街の子供たちはもちろん、一部の動物好きな大人たちからもシリウスはすっかり人気者になっていた。
つい先ほどなどは、わざわざ街の裁縫ギルドのギルドマスターが訪ねてきて、「ぜひシリウス君のぬいぐるみを販売したい」と打診してきたほどだ。
『エルー! ぼくも! ぼくもぬいぐるみつくってほしいー!!』
来客が帰り、俺とニーナだけになった執務室で、机の上に置かれていた水晶のように透明な玉――『龍玉』に入ったファルが、ポムポムと跳ねながら幼児のような舌足らずな声で抗議してきた。
龍玉は床に落ちても割れない程堅いのに、ポムポムと飛び跳ねるとは一体……
「わかったわかった。でもお前の本来の姿は街の人には秘密だから、こっそり特注で作ってもらうしかなさそうだな」
『やったー! えへへー!』
無邪気に喜ぶファルを撫でていると、ニーナが羨ましそうに溜息をついた。
「いいなぁ。私もマスターみたいに、シリウスちゃんに乗って風を切って走ってみたいです……。プルちゃんだけじゃ、テイマーとして大きいお仕事もできないですし……」
『プルル……』
プルちゃんが申し訳なさそうに縮む。ニーナは慌てて「プルちゃんは私の初めての友達だから!特別なの!!可愛いし」と抱きしめた。
確かに、ニーナもAランクギルドの専属テイマーである以上、そろそろ戦力となる相棒が欲しいところだろう。
「シリウス、お前みたいに強くて賢いナイトメアをニーナの相棒にするのは難しいか?」
『うーん……僕たちナイトメアは警戒心が強いから、新しく仲間にするのはすごく難しいと思うよ。ごめんね、ニーナ』
俺が通訳となり、ニーナに説明する。
「そ、そうですか……。じゃあ、ユニコーンはどうですか!?」
ニーナがパァッと顔を輝かせた。
「ユニコーンは全少女の憧れです! 私も昔、ユニコーンのぬいぐるみを毎日抱いて寝てました! 白くておでこに角があって、優しくて……!」
『ユニコーンなら、僕が本気で走れば数刻で住処に行けるよ!』
「よし、じゃあ善は急げだ。行ってみるか!」
◇ ◇ ◇
数刻後。
俺たちは深い森の奥にある、美しい泉のほとり――ユニコーンの住処へとやって来ていた。
『ヒヒィィィンッ!!(悪魔が来たぞ!! 群れを守れ!!)』
『ブルルッ!?(ひゃあっ!?)』
到着するなり、鋭い角を突き立てて威嚇してくる十数頭のユニコーンたち。
俺は慌てて前に出て、「安心してくれ! 危害を加えるつもりはない!」と必死に説得し、なんとか会話のテーブルにつくことができた。
「……というわけで、このニーナの相棒になってくれる子はいないだろうか?」
『ふむ。その娘はまだ生娘のようだな。我らユニコーンは純潔の乙女しか背に乗せん』
群れのボスらしき筋骨隆々のユニコーンが、鼻息を荒くしてニーナを見定めた。俺は「生娘」というセンシティブな単語に、思わず咳払いをする。
『よかろう、契約してやってもいい。……だが、その娘が純潔でなくなった瞬間、我は角でその娘をなぶり殺しにする』
「……はい?」
『さらに、その娘に仲の良い人間のオスができたら、そのオスが事を為す前に我の蹄で頭をカチ割って殺す。
……あと、娘が抱えているそのスライム。あれも邪魔だから一飲みにしてやろう。我の乗り手は、我だけを愛せばいいのだ』
――獰猛。そしてあまりにも異常なほどの独占欲。
ゆめかわなイメージとは裏腹に、こいつらめちゃくちゃ物騒で好戦的じゃないか!!
「……あー、ニーナ。ユニコーンはちょっと、テイマー向きの動物じゃないみたいだわ」
「えっ!? なんでですか? 今すごくかっこよく鳴いてましたよ!」
「訳すと教育に悪いから聞かなくていい。帰ろう」
俺は首を傾げるニーナの手を引き、恐ろしいユニコーンたちの森を足早に後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
翌日。
「それなら、ペガサスはどうですか!? おとぎ話で読んで、一度見てみたかった憧れの生き物なんです!」
『ペガサスの所にも、僕が走れば数刻で行けるよ!』
懲りないニーナの提案で、俺たちは高い岩山にあるペガサスの住処へとやって来た。
青空を背に、純白の翼を広げるペガサスを見た瞬間、ニーナの顔はパァッと綻び、完全に夢見る少女の顔になっていた。
俺は早速、近くにいた一頭のペガサスに話しかけ、事情を説明する。
しかし、そのペガサスは鼻で笑うように翼を揺らした。
『断る。そのようなアマチュアテイマーの下につくなど、我のプライドが許さん』
……ものすごく気位が高く、人を完全に見下している口調だ。
「いや、従魔としてじゃなく、対等な相棒として――」
『対等だと? 笑わせる。私クラスの力量に、その小娘が見合っているとでも?
……もしどうしても我を相棒にしたいと抜かすのなら、その娘が我をリヤカーにでも乗せて引っ張るのだな』
「こりゃダメだ。帰るぞニーナ」
ゆめかわ幻獣の現実に打ちのめされ、肩を落として去ろうとした俺たちに、不意に別の声がかけられた。
『……待ちなさい。あなたたち、私たち魔物と「同じ目線」で付き合ってくれる人間なのね』
振り返ると、一回り小さな、しかし非常に優しい目をしたペガサスが立っていた。
『私の知っている人間は、常に上から目線で道具のように私たちを扱ったわ。ムチを振るおうとしたから、顎を蹴り上げてやったけれど。
……ねえ、人間の男。あなたなら、私が相棒になってあげてもいいわよ?』
ペガサスが俺に顔をすり寄せてくる。
だが次の瞬間、背後から『ゴォォォォッ!!』という凄まじい熱気と、ジトーーーッというシリウスの嫉妬の視線が突き刺さってきた。
『……やっぱり遠慮するわ。あなたの後ろのナイトメアが、嫉妬の炎で私を焼き殺しそうだから』
「ははは……悪いな。それより、あのニーナの相棒にはなってくれないか?」
俺が頼むと、ペガサスは静かに首を横に振った。
先ほどの高慢な態度とは違う、理知的で真摯な瞳だった。
『……ダメよ。あの娘は、気構えがなっていない。テイマーとしての誇りもない、ただの「動物好きの女の子」だわ』
「それは……」
『考えてもみなさい。戦いになれば、私たちも血を流し、傷つく。その時、あの娘は私たちを助けてくれるの? 血を見てパニックになり、ただ泣き叫ぶだけじゃない?』
ペガサスの厳しい言葉を、俺はそのままニーナに翻訳して伝えた。
ニーナはハッとして、強く唇を噛み締める。
『仮に泣きながら駆け寄ってきてくれたとしても、それはただの「無駄死に」よ。
……彼女には、まだ早いわ』
「ニーナ……」
「マスター、私……っ」
ニーナは反論できなかった。彼女自身、動物が好きだという気持ちだけで、血みどろの戦場に立つ覚悟がまだ足りていないことを痛感したのだろう。
『……でも、見込みがないわけじゃないわ。娘、あなたがもっと成長して、本当のテイマーの顔になったら。……その時は、また私の元に来なさい』
ペガサスは美しく翼を広げ、大空へと飛び立とうとした。
そして去り際、俺たちを振り返ってこう言い残した。
『あそこに見える森の中に、「クァール」という山猫がいるわ。……その子は、優しすぎるが故に群れを追放された哀れな子。もしあなたたちに慈悲があるなら、話を聞いてあげて』
ペガサスはそう言い残し、空の彼方へと消えていった。
俺とシリウス、そして自分の未熟さを噛み締めるニーナは、ペガサスが指し示した深い森を見つめた。
「……行ってみるか、ニーナ」
「はい……!」
俺たちは新たな出会いを求め、次なる森へと足を踏み出すのだった。
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