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第43話:悪魔馬の涙(前編)

 ある晴れた日の午後。


 俺とシリウスは、買い出しを兼ねてニーナと一緒に街の大通りを歩いていた。

 ニーナの足元では、スライムの『プルちゃん』がぽよんぽよんと跳ねており、それが街の子供たちの目を引いていた。


「わあ、スライムだ!」「さわっていい!?」と集まってきた子供たちに、ニーナは「いいよー! 優しく撫でてあげてね!」と笑顔で応じ、すっかり人気者になっている。


 そんな微笑ましい光景を、俺とシリウスは少し離れた場所から見守っていた。

 だが、その時だった。子供たちの中にいた少しやんちゃな男の子が、悪ふざけで大きな音を立てて木箱から飛び出してきたのだ。


「わっ!!」


『ひゃんっ!?』

 突然の出来事に、ただでさえ少し神経質になっていたシリウスが大きく身を竦ませた。

 そして驚いた拍子に、無意識に抑え込んでいた魔力が暴走し――シリウスのたてがみと四肢の蹄から、ボワッ!と勢いよく「青い炎」が噴き出してしまった。


「ひぃっ!?」

「な、なんだあの馬は!? 炎をまとっているぞ!」

「あ、悪魔馬ナイトメアだ!  悪夢を見せられて魂を喰われるぞぉぉっ!!」

 突如現れた異形の炎に、大通りはパニックに陥った。


 大人たちは恐れ慄き、子供を庇うようにして後ずさる。投げつけられた恐怖と嫌悪の視線に、シリウスはハッとして自分の姿を見下ろした。

『あっ……!』

 しまった、というように慌てて炎を引っ込めようとするが、動揺した精神状態ではうまく魔力をコントロールできない。


「危険はありません! みんな落ち着いてくれ!」と俺が声を張り上げ、ニーナとプルちゃんが陽気に振る舞ってくれたおかげで、パニック自体はなんとか収まった。

 しかし、遠巻きにこちらを見る人々の目は、依然として怯えきっている。


 シリウスはピンと張っていた耳をペタンと伏せ、立派な尻尾も力なく垂れ下がっていた。その美しい瞳は、心なしか涙ぐんでいるように見える。


「……気にするな、シリウス。わざとじゃないんだから」と俺は首筋を撫でて慰めたが、彼の心は晴れないようだった。

 そんな重苦しい空気の中、一人の小さな男の子が、俺たちの前へとトテトテと歩み寄ってきた。


「ねえ、おにいちゃん。……そのお馬さん、あくまのお馬なの?」

 純粋ゆえに残酷なその問いかけに、シリウスの巨体がビクリと動揺する。

 俺はゆっくりとしゃがみ込み、その男の子と目線を合わせて、優しく語りかけた。


「……この子はシリウスっていう『ナイトメア』だよ。大人たちからは悪魔馬って呼ばれて怖がられているけれど……

 本当は、とっても優しくて賢いお馬さんなんだよ」

「やさしいの?」


「ああ。普通のナイトメアの炎は赤いんだけど、見てごらん。このシリウスの炎は『青色』だろう? この子はナイトメアっていう種類かもしれないけど、決して悪魔なんかじゃない。特別な子なんだ」

 俺は立ち上がり、俯いて震えている相棒へと向き直った。


「シリウス。……もう抑えなくていい。お前のそのままの炎を見せてくれ」


『だ、ダメだよエル! これ以上みんなを怖がらせたくないっ!』

 首を横に振り、躊躇するシリウス。


 まだ若いナイトメアである彼にとって、明確な拒絶はあまりにも痛い。

 俺は彼の一番近くに歩み寄り、その鼻面を両手でしっかりと包み込んだ。


「大丈夫だから。……普段、お前が俺のことを命懸けで守ってくれるように。今度は俺が、お前のことを全力で守るから」


『……エル……』

 俺の目を見つめ返したシリウスは、やがて小さく一度だけ瞬きをし――静かに頷いた。


 次の瞬間、ゴォォォォッ!という音と共に、シリウスの全身から青い炎が解放された。

 たてがみの炎は美しく長くたなびき、蹄の炎は力強く大地を照らす。それは禍々しさなど微塵もない、神々しいほどの蒼炎だった。


「ひぃぃぃっ!!」

「逃げろ! 燃やされるぞ!!」

 再び悲鳴を上げる大人たち。

 俺は彼らに向かって、大通り中に響き渡るような大声を上げた。


「みなさん、よく見てください!! この炎は、悪意を持って接する者には熱く燃え盛りますが……

 普通の人には、優しい温もりを与えてくれるんです!!」

 言い放つと同時に、俺は素手で、勢いよく燃え盛るシリウスのたてがみに優しく触れた。

 周囲から「ああっ!?」と悲鳴が上がるが、俺の腕は火傷一つ負わず、ただ優しくシリウスの首筋を撫でている。


「怯えないでください! シリウスは、とても優しい奴なんです。

 どうか、この子の目を見てあげてください! 

 ……皆さんの悲鳴に、一番怯えているのはこの子なんです!」

 俺は声高に語りかけ、周囲の人々に訴えた。


「……どうか、シリウスに触れてみてください!」

 しかし――大通りは静まり返るだけで、誰も一歩を踏み出そうとはしなかった。


 どれだけ言葉を尽くしても、長年染み付いた「悪魔」という恐怖の刷り込みは、そう簡単に拭えるものではない。


『……やっぱり、ダメだエル。僕なんか……忌み嫌われて当然なんだ……』


「シリウス……」

 決定的な拒絶に、シリウスは再び首を垂れ、その大きくて美しい瞳から、ポロリと、数滴の涙が石畳へと零れ落ちた。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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