第42話:悪魔と呼ばれる馬の憂鬱
話は少し遡る。
この広大な中庭付きのギルドハウスが完成し、俺たちが引っ越してきてすぐの頃のことだ。
俺はギルドの専属テイマーとして雇い入れた少女、ニーナを中庭に呼び出していた。
目的は一つ。俺たちの最大の秘密を、彼女に共有するためだ。
「マスター、お庭で何か手伝いですか?」
「いや、ニーナにはちゃんと紹介しておかないといけない奴がいてな。……おいファル、もういいぞ」
俺が声をかけると、シリウスの頭に乗っていた光の球――『龍玉』がふわりと宙に浮き上がり、眩い光を放った。
『ふぁ〜あ。やっと広いところで手足が伸ばせるぞ!』
光が収まると同時に、中庭の芝生の上には、全長三十メートルを超える純白の毛並みを持った超巨大な竜が現れた。神獣、『幸運の白竜』ファルである。
「えっ……? ええええええっ!?」
「驚くのも無理はないが、こいつはファル。俺のもう一匹の相棒だ。普段はあんなふうに小さい玉に入ってるんだが、ここなら人目につかないからな」
「りゅ、竜!? 竜ですよね!? しかもすっごくモフモフの……!!」
恐怖よりも好奇心と「モフモフへの愛」が勝ったのか、ニーナは目をキラキラさせてファルの巨大な前足に抱きついた。さすがは生粋の魔物好きである。
『む? なんだこの小さな娘は。エル、食前のデザートか?』
「違う違う! うちのギルドの大事な従業員だ。絶対に食うなよ」
『冗談だ。我は美味い肉しか食わん』
俺とファルがそんな軽口を叩き合っていると、ニーナがハッとして俺の顔を見上げた。
「マスター……今、ファルちゃんとお話ししてませんでした?」
「ん? ああ、そういえばニーナには言ってなかったな。俺のテイマースキル、どうも魔物と『会話』ができるみたいなんだ。
シリウスの言ってることも、ファルの言ってることも全部わかるぞ」
「ええっ!? ズルい!!」
ニーナは頬を膨らませて地団駄を踏んだ。
動物や魔物が好きな人間なら、誰もが一度は夢見るはずだ。「この子たちと直接言葉を交わしてみたい」と……その気持ちは痛いほどよくわかる。
「マスター、私にもそのやり方教えてください! 私もプルちゃんとお話ししたいです!」
「うーん、それがな……どうして俺だけ会話ができるのか、自分でもさっぱりわからないんだ。スキルの一種らしいから、教えようがなくてな」
「そんなぁ……」
あからさまに肩を落とすニーナ。
その足元で、彼女の従魔であるスライムの『プルちゃん』が、慰めるようにぽよんぽよんと跳ねている。
「言葉は直接わからなくても、愛情を注いでいれば、相手の『意思』が通じる瞬間ってあるだろ?
ニーナは魔物への愛が強いんだから、まずはそれを極めていけばいいんじゃないか?」
「意思……! はいっ、私、プルちゃんのことならなんだってわかります!」
俺のアドバイスに、ニーナは元気を取り戻してプルちゃんを抱き上げた。
「よし、じゃあ今プルちゃんがなんて言ってるか、マスター通訳してください! 答え合わせです!」
「お、おう。いいぞ」
ニーナはプルちゃんをじっと見つめ、自信満々に言い放った。
「『ニーナ大好き! ずっと一緒にいたい!』……って言ってますよね!」
『腹減った。甘い水くれ』
「いや……
腹減った、甘い水くれ……って言ってるぞ」
「ええっ!?」
ニーナは少しショックを受けたようだが、気を取り直して二問目に挑戦する。
「じゃあ……『早く立派なスライムになれるように、特訓したい!』ですか!?」
『ここの芝生、ちょっとチクチクする。もっと柔らかいクッション敷いてほしい』
「芝生がチクチクするから柔らかいクッション要求……だそうだ」
「プルちゃぁぁんっ!? 全然わかってなかったぁぁーっ!!」
頭を抱えてしゃがみ込むニーナと、マイペースに震えるスライム。
そのあまりにも明後日の方向に向かっているやり取りに、俺は思わず吹き出してしまった。
言葉が通じないからこその、すれ違いの面白さと温かさ。ギルドの中庭には、平和でコミカルな笑い声が響いていた。
――しかし。
そんな楽しげな光景を、少し離れた木陰からじっと見つめている影があった。……シリウスだ。
いつもなら、真っ先に俺やニーナの傍に寄ってきて鼻面を擦り付けてくるはずのシリウス。だが今の彼は、どこか遠慮がちに、一歩引いた場所から俺たちを眺めていた。
『…………』
シリウスは自身の足元で揺らめく「青い炎」を見つめ、小さく、悲しげな鼻鳴らしの音を漏らす。
彼は知っていた。
人間たちが自分を見て怯える理由を。自分が『ナイトメア』と呼ばれる悪魔種であり、人々から災厄の象徴として忌み嫌われている存在だということを。
エルヴァンは「最高の相棒だ」と笑ってくれる。ニーナも怖がらずに接してくれる。
だけど、この平和で温かい輪の中に、自分のような『悪魔』が本当に混ざっていいのだろうか。僕の青い炎は、いつか彼らを傷つけてしまうのではないか――。
エルヴァンとニーナの笑い声が響く中、シリウスだけは、その楽しげな光景を素直に楽しむことができずに、ただ静かに目を伏せていたのだった。
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