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第41話:特使の意外な本性

 ユリウスから提示されたのは、近隣の森に出没した『オーガの群れ』の討伐依頼だった。


 オーガは巨体と腕力を持つ厄介な魔物だが、Aランクである俺たち(というかシリウス)にとっては、造作もない相手だ。問題は、その討伐の様子を、王都の特務調査官であるユリウスと、その護衛騎士たちに「真後ろから監視されながら」行わなければならないことである。


「……いいか、シリウス。今日は絶対に、青い炎を最大出力にするなよ? あくまで、よく訓練された従魔程度の動きに抑えるんだ」


『ブルルッ!(任せといてよ! 適度に手加減するよっ!)』

 俺は出発前、念入りにシリウスに言い含めておいた。

 ファルはギルドハウスでニーナたちとお留守番だ。


 もしここでシリウスが大火力をぶっ放してしまえば、ユリウスの「軍事戦力として国に持ち帰る」という目的のスイッチを押してしまうかもしれない。


 森に到着すると、すぐに十数頭のオーガの群れと遭遇した。

 俺は意図的に、冒険者らしい大げさな身振りと声で指示を出す。


「いけっ、シリウス! 牽制の炎だ!」

 俺の合図とともに、シリウスが駆け出す。


 蹄から上がる青い炎の軌跡を最低限に抑えつつ、鋭い蹴りと体当たりでオーガたちを次々と昏倒させていく。魔法による広範囲の殲滅ではなく、あくまで物理的な制圧だ。


「よし、よくやった! 戻れ!」

 数分後、すべてのオーガが地に伏したのを確認し、俺はシリウスを呼び戻した。


 シリウスは誇らしげにいななき、俺の元へと戻ってくる。俺は大きく息を吐き出し、後ろで一部始終を監視していたユリウスへと振り返った。


「……いかがでしょうか、特使殿。俺の従魔は、指示通りに動くだけの、ただの馬です。特筆すべき軍事力など――」


「ええ、よく分かりました」

 ユリウスは無表情のまま頷き、手元の羊皮紙に何事かペンで書き込んだ。

 その顔からは、感情が一切読み取れない。俺の実力を「大したことがない」と見限ったのか、それとも「まだ隠している」と疑っているのか。


「……本日の視察は、これで終了とします。エルヴァン殿、後ほど詳細な報告書をまとめさせていただきます」

 ユリウスはそう言い残し、騎士たちを引き連れて踵を返した。


 あっけない幕引きに、俺は拍子抜けしながらも、ようやく胃の痛みから解放された安堵の息を漏らしたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夜。

 俺はなぜか、ゴルドランでも一、二を争う高級レストランの個室にいた。

 目の前には、優雅にワイングラスを傾けるユリウス・フォン・ローゼンベルク子爵の姿。


「……あの、特使殿。視察は終わったはずでは?」

「ええ、終わりましたよ。ですからこれは、公務ではなく『私的な会食』です。

 優秀なテイマーであるあなたと、少し腹を割って話がしたくてですね」

 ユリウスは俺にワインを勧めながら、昼間とは全く違う、どこか毒気の抜けたような、柔らかな微笑みを浮かべた。

 そして、彼は唐突に口を開いた。


「エルヴァン殿。あなたは……一般的なテイマーとは、ずいぶんと違いますね」


「……どういう意味ですか?」


「今のテイマーたちは、魔物を『力』と『恐怖』で使役しています。たいした実力のない者でも、高価な『使役魔導具』さえ使えば、それなりの魔物を簡単に従わせることができる。

 ……私は、あのようなやり方が心底嫌いでしてね」

 ユリウスの言葉に、俺は思わず目を見張った。

 冷徹なエリート貴族である彼から、そんな言葉が出てくるとは予想もしていなかった。


「……魔物たちが、可哀想だと思いませんか」


「ユリウス、さん……?」


「無理矢理に意志を捻じ曲げられ、道具として扱われる彼らを見るのは、どうにも胸糞が悪くてですね。


 ……実は私、王都の自宅で『猫』を飼っていましてね」

 ユリウスはワイングラスを置き、ふふっ、と、これまでにないほど人間らしい、蕩けるような笑みを溢した。


「真っ黒で、とても気位の高い猫でして。いくら高級な餌を用意しても、自分の気が向いた時にしかすり寄ってこない。

 だが、そこが良い。あの自由気ままな姿こそが、猫の最大の魅力なのです、いや、すべての動物がそうあるべきなのです。

 ……従属魔法で無理矢理に飼いならされた獣など、見ていて何の面白みもありません」

 それから数十分間、ひたすら『我が家の猫の可愛さと、肉球の素晴らしさ』についての一方的な演説を聞かされることになった。


 この男……ただの重度の『動物好き(モフモフ過激派)』じゃないか!


「……コホン。少々、私情が過ぎましたね」

 ひとしきり猫語りを終え、満足そうに咳払いをしたユリウスは、再び真剣な表情へと戻った。


「エルヴァン殿。私は王から、『戦いの役に立ちそうなテイマーがいれば、王都へ連れてこい』という密命を帯びてこの街へ来ました。

 ……しかし、報告書にはこう書くつもりです。『彼はただの動物好きで、実力も凡庸。軍事の役には立たない』とね」

 それはつまり、俺たちを王都の軍事利用から『見逃す』という宣言だった。


「……いいんですか? そんな虚偽の報告をして」


「虚偽ではありません。あなたのあのナイトメアに対する接し方……あれは『使役』ではなく、深い信頼関係によるものだ。

 あのような温かい関係を軍隊に組み込んでしまえば、いずれ必ず破綻しますからね」

 ユリウスは立ち上がり、帰り支度を始めた。


 そして、門を出た帰り際、彼はふと立ち止まり、俺の背後で大人しく控えていたシリウスへと視線を向けた。


「……最後に一つだけ、お願いしてもよろしいですか?」


「え?」


「その……そのナイトメアの首筋を、少しだけ……撫でさせてもらえませんか?」

 頬を微かに赤らめ、騎士団の特使らしからぬ、どこかソワソワした様子で尋ねてくるユリウス。


 俺は呆気に取られながらも、「……シリウスが嫌がらなければ、どうぞ」と頷いた。


「おお……素晴らしい毛並みだ。青い炎も、全く熱くない……美しい」

 シリウスの首筋を撫でながら、ユリウスは完全にただの『動物好きの青年』の顔になっていた。


 ……俺は、ユリウスの事が途端に好きになった、俺ってちょろいな。


「……エルヴァン殿」

 名残惜しそうにシリウスから手を離したユリウスは、最後に、声のトーンを極限まで落とし、誰にも聞こえないような囁き声で告げた。


「もし……もしもあなたが、本当に『竜』を隠しているのだとしたら。……絶対に、誰にも知られてはいけませんよ」


「っ……!」


「王都の上層部は、強大な力に飢えています。ドラゴンの存在が公になれば、間違いなく国に目を付けられ、あなたは……いえ、あなたの愛する魔物たちは、必ず軍の道具として利用されることになる」

 それは、王都の人間としての警告ではなく――一人の『動物を愛する人間』としての、真摯な忠告だった。


「……では、失礼します。あなたのギルドの平穏を、陰ながら祈っておりますよ」

 ユリウスは静かに一礼し、夜の闇へと消えていった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 読んでいただきありがとうございます。

 ユリウスとシリウス、名前が似てて失敗例したなと思ったのですが、既に投稿済みで……。


 少しでも面白かったと思っていただけたら、ブックマークや評価を頂けると幸いです。

 皆様の応援が、モチベーションアップの原動力となります。


 毎日、午前7時頃に更新予定です。よろしくお願いします!!

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