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第40話:やな奴

「あっ、ちょ、ちょっと待って!!」

 俺は情けない悲鳴のような声を上げ、ユリウス・フォン・ローゼンベルク子爵と、背後の大きな窓の間に立ち塞がるように――全力で執務デスクの上へとダイブした。


 ドサァァァンッ!!


 山積みになっていた羊皮紙の書類が盛大に宙を舞い、飲みかけのハーブティーのカップが床に落ちてガシャンと割れる。


「……っ!? な、何を血迷った行動を……」

 氷のように冷徹だったユリウスが、思わず目を丸くして数歩後ずさった。

 後ろに控えていた重武装の騎士たちも、「曲者か!?」「いや、ギルドマスター自らが机に飛び込んだぞ!?」と一斉に武器の柄に手をかけて混乱している。


 そりゃそうだ。初対面の男が、突然奇声を発して自分のデスクの上に腹這いで飛び乗ったのだ。奇行以外の何物でもない。

 だが、俺にはこの数秒の『隙』が必要だった。


 三十メートルの超巨大なモフモフの白竜を、俺のこの細身の体一つで隠しきれるはずがないことくらい、痛いほど分かっている。


(頼む、ファル……! 予定通りに動いてくれ……!)


 俺はデスクの上に這いつくばったまま、背後の窓ガラス越しに念を送る。


 王都からの特使が来るという知らせを受けた日から、俺たちは最悪の事態――つまり、このギルドハウスに抜き打ちで乗り込まれた時のための『緊急避難マニュアル』を、相棒たちと綿密に打ち合わせていたのだ。


 それは、「俺が大きな声を出したか、見知らぬ人間が敷地内に入ってきたら、すぐに魔力を抑えて龍玉に戻れ」という、至極単純だが絶対のルールである。


「……エルヴァン殿。その奇行には、何か正当な理由があるのでしょうね?」

 ユリウスが我に返り、再び冷ややかな――いや、先ほどよりも数段警戒を含んだ――眼差しで俺を見下ろした。

 彼の視線が、俺の体越しに、ゆっくりと背後の大きな窓へと向けられる。


「あー……その、ですね。実はこのデスクの木目が、非常に珍しい南洋の魔樹のものでして! 特使殿のような高貴な方に見ていただくには、少々……ええと、ワックスの塗りが甘いといいますか!」


「……狂人の戯れ言を聞くために、わざわざ王都から足を運んだわけではありません」

 ユリウスは完全に俺を不審者と断定し、呆れたように溜息をついた。

 そして、俺の不自然なほどの『窓への執着』に気付いたのだろう。彼は冷たい笑みを深め、スタスタと窓辺へと歩み寄ってきた。


「なるほど。あなたが見られたくないものは、その背後の『窓の外』にあるのですね。……どいていただきましょうか」


「ちょっ、ユリウスさん!? 外はただの庭ですよ!? ほら、雑草を刈り取ったばかりで土埃が酷くてですね――」


「退けと言っている」

 ユリウスは有無を言わさぬ威圧感で俺を払いのけ、窓ガラスにピタリと張り付いて、眼下の中庭のモンスター・ランを見下ろした。


 ――た、たのむ!!

 俺は絶望に目を閉じ、ついにこの平和な日常が崩壊する音を聞いた気がした。


 三十メートルの幸運の白竜が、王都の軍務局にバレてしまう。戦争の道具として駆り出され、ローンは差し押さえられ、俺たちは国家の管理下に置かれるのだ。ああ、さようなら、美味しいご飯とモフモフの日々……。


「……ほう」

 だが、ユリウスの口から漏れたのは、怒声でも驚愕の叫びでもなく、微かな感嘆の息だった。


「これは、予想外ですね」

「えっ……?」

 俺は恐る恐る目を開け、ユリウスの肩越しに窓の外を覗き込んだ。


 そこには――。


『ブルルッ!』

 美しい青い炎をたてがみと蹄に纏ったシリウスが、芝生の上で不安げにこちらを見上げていた。

 そして、そのシリウスの頭の上には、先ほどまで三十メートルの巨体を誇っていた神獣ではなく――小さなソフトボール大の光の球、『龍玉』へと姿を変えたファルが、ちょこんと乗っかっていたのだ。


 間に合ったのだ。俺がデスクにダイブして稼いだあの数秒の間に、ファルは事前の打ち合わせ通り、神速で龍玉へと変化してくれていたのである。


(よ、よっしゃぁぁぁーーっ!! ナイスだファル、シリウス!! 今日の夕飯は最高級の霜降り肉だぞ!!)


 俺は心の中で、ガッツポーズと共に歓喜の涙を流した。


「……なるほど。これが噂の『蒼炎のテイマー』が誇る、従魔たちの飼育場というわけですか」

 ユリウスは窓から中庭を見渡し、微かに目を細めた。

 その視線の先には、立派な体躯を誇るシリウスと、プルちゃんがのんびりと日向ぼっこをしていた。


「青い炎を纏う特異な馬……。通常のナイトメアは赤い炎を纏っている……希少種ですかね?しかし、あれは悪魔種『ナイトメア』の特徴と一致しますね。それにしても、あの頭に乗っている光る球体は?」


「あ、あれはですね!」

 俺は慌ててデスクから降り、咳払いをして姿勢を正した。


「あれはただの……ええと、シリウスのお気に入りの『光るおもちゃの魔導具』です! 少し珍しい素材でできているだけで、特別な力はありません!」

「……ふむ」

 ユリウスは疑わしげに目を細めたが、それ以上は追及してこなかった。

 何はともあれ、最大の危機回避されたのだ。


「……分かりました。中庭には、私が期待したような『隠された強大な軍事戦力』はいないようですね。あのナイトメアも、確かに強力な魔物ではありますが、単体で戦局を覆すほどではありません」

 ユリウスは窓から離れ、冷ややかな瞳で再び俺を見据えた。

 そして、先ほどまでの丁寧な口調を少しだけ崩し、単刀直入に切り込んできた。


「単刀直入に伺いましょう、エルヴァン殿。……あなたはドラゴンを隠し持っていませんか?」


「っ……!?」

 ドクン、と心臓が激しく跳ね上がった。


 俺は必死に顔の筋肉を硬直させ、ポーカーフェイスを保とうと努める。


「ド、ドラゴンですか? そんなおとぎ話に出てくるような魔物、俺みたいな凡人が従えられるわけないじゃないですか。ハハハ……」


「……そうですか。王都では、あなたが迷宮で『強大な竜の力』を行使したという不確定な情報が一部で流れていましてね。まあ、今の庭の様子を見る限り、あの噂はただの誇張だったようですが」

 ユリウスは薄く笑い、俺への追及をあっさりと引き下げた。

 だが、その目は全く笑っていない。完全にこちらを試している。


「口頭での質疑はこの程度にしておきましょう。次は、あなたのその『テイムの腕前』……実際に魔物を従え、戦わせる様子を、この目で見せていただきましょうか」

 ユリウスは懐から、セリアが先ほど言っていた『指名依頼』の羊皮紙を取り出した。


「冒険者ギルドを通じて、あなた方に討伐依頼を出してあります。近隣の森に出没した、凶暴なオーガの群れの討伐です。……あなたのそのナイトメアが、どれほど正確に使役しているか。実戦にて見極めさせてもらいますよ」

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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