きびだんごはおかしい
みんなと別れたあとの帰り道、自宅から一番近い場所にある、初雪いわく「アニメコンビニ」のヘンダーソンに立ち寄る。
店長はいなくて、パートだかバイトだかで働いている山田さんという女性がレジを担当していた。おそらく二十代くらいのお姉さんだ。ウォンバットに似ている(たいへん失礼)。
現在は学園アイドルアニメの「ライブLOVE」のキャンペーンをやっていて、お菓子を買うとクリアファイルがもらえるらしかった。
なので買うつもりのなかった「じゃが棒」の安っぽいチーズ味としょっぱい涙味を、まずはカゴに入れる。そしてクリアファイルをひとつ選んで、それも入れる(お菓子を2つ買うと、1つもらえる)。
絵柄は、もちろん推しメンバーである「禅律千子ちゃん」のものにした。彼女は泌尿器科に勤める母親に似たかわいらしい女の子で歌もうまく━━。
「しまった━━エイチシステムってお菓子食べながらできないんだよなぁ。まあいいや、アニメ見ながら食べよーっと」
そう独り言を呟いて、お菓子選びを再開する。
「フリキュアチョコとフリキュアスナックは日本人にとっての白米と同じ意味だからね……それとぉ、おん? なにこれ、山形りんごグミ……はじめて見るやつだ……おいしそう」
融点の低いコラーゲンが使われているとかなんとか、そんな説明を読み、やはりカゴに放る。とりあえず買ってみるつもりだ。
「まあこんなもんか」とレジに向かいかけ、なにかを思い出して方向転換すると雑誌コーナーに行った。
「そだった、発売日だった。あったあった、ゲム通。今週はエイチシステム特集号だから、一応買って帰ろう。立ち読みでもいいんだけど、マサやん店長に協力しないとね」
言って、それもカゴに入れる。
「お兄ちゃんにお土産」と言って、レジ前にあった十円チョコも二個ほど買った。
店を出たタイミングで、スマホに着信があった。「お電話ですりーん」の声を数回楽しんでから、通話を押す。
相手はアニメ制作会社の女性で、名前は坪田瞳子さん。とんこつラーメンが好きなところから、浄玻璃所長に「とん子ちゃん」と言われていたので、初雪もそう呼んでいたし登録した名前も「とん子さん」だった。
『申します、申します』もしもしを昔の電話交換手みたいに言ったとん子さんは、やはり茶目っ気がある。
打ち合わせの時にカードゲームで遊んだ時から、相性の良さは感じていた。
『寿々木さん、今だいじょうぶですか?』
「だいじょぶだぁ、です!」
『打ち合わせ通り、前日にわたしがお迎えに行きますので、よろしくお願いしますね』
「はぁい。新幹線で行くんですよね?」
『そうですね、もうチケットは取ってありますから。スタジオが都内なので、どうしても移動の手間があるのは申し訳ないですけど━━それにしても、短いレッスン期間だけで、本当に大丈夫なんですか?』
「さあ……所長が大丈夫だって言うんなら、大丈夫なんじゃないですかね」
さすがに、そこまで自信があるわけではない。それでも、夏祭りで披露したような歌いかたは、ある意味「わざと」やっている部分もあるので、それを意識的に変えることで、普通の歌いかたができることは、もちろん自分自身でわかっている。けれどプロとして通用するのかと問われれば━━そんなことはわからない。プロとしてやったことがないのだから。
でも、カラオケではうまいうまいって、キーちゃん言ってくれてたし……。などと、その程度の安心材料しかないのだが。
やってみなくちゃ、わからない。
なんでもできる、なんだってやろうと思わなければ、先には進めない。
小説を書きはじめた梨理夢もいるし、みんな、新しいなにかを、必ずはじめる。
今は自分の番だ。
やるだけやってみよう━━そう思った。
*****
週刊ゲム通の誌面で、ついにその情報が公開された━━お気に入りのNPCをパーティーメンバーとして加えることのできるアイテム<きびだんご>の入手方法だ。
入手方法とはいっても、確実なものではなかった。そもそもランダム要素が強く、運に頼るところが大きいからだ。よって必然、入手できる「可能性」を紹介する記事となっている。
その方法と、その他の攻略情報を頭に叩き込んでから、いざエイチシステムの世界へとログインした。
見慣れた仮想世界の、自宅のベッドから再開する。
ゲーム内の時間は朝で、家畜の鳴き声が聞こえていた。
外へ出ると、すでにログインしていたハルカゼとKeyが会話をしていた。話題はもちろん、梨理夢の小説のことだった。彼女たちはゲム通を読まないので、おそらく最新情報は入っていないはず。
そう思ったハツユキはもったいぶるでもなく、仕入れたばかりの情報を教えてあげた。
「へぇ、アイテムの名前は<きびだんご>だったのですか。言わずもがな、桃太郎のお供ゲットアイテムですね。これ、日本人しかわからないネタですよね?」
「わりと海外のプレイヤーもわかっているかもしれないぞ。日本発のゲームで遊ぶくらいだから、少しは日本に対する興味も知識もあるだろうから、有名な昔話なら知っていても不思議ではないだろうな」
ユニークさとダサさが入りまじった、微妙なラインのアイテムには思えるけれど、日本人なのでセンスが悪いとも言い難いものがある。
製作者のユーモアだと思って、受け入れるしかない。
「で、それはどこに行けば手に入るんだ?」
すでに<吹き矢マスター>という謎の称号を手に入れているハルカゼが訊く。
「それが、はっきりした場所はないみたいなんだよね━━とあるモンスターが出現する可能性のある地域やダンジョンなんかがあって、ごく稀に出現するそれを倒すと、さらにごく稀にドロップすることがあるとかないとかっていう」
確率は相当に低いものだと、ゲム通の中では語られていた。
「なるほど、ちょっとした宝くじ的な確率なわけか。ハツユキなら、引き当てれそうだが」
「わたしが引き当てられるかどうかは置いといて、NPCって同じ人が一人としていないわけじゃん、このゲームって。だから、人気のありそうなキャラは早い者勝ちになるだろうから、仲間にしたいNPCがいるなら、早いとこ『きびだんご』ゲットを目指してみよう! ってゲム通の編集者が言ってた」
この辺には、そのモンスターが出てくるかもしれない場所って、ないと思う。と、雑誌の記事を思い出しながら言う。さすがのゲーム雑誌編集部も、やたらと広いソルアースの全土は把握しきれておらず、ごく一部地域の情報のみに限られた。その中には、ハツユキの知っている地名というものはほとんどなかった。
フラストリアという工業都市は有名だったので名前は記憶にあったのだが、実際どこにあるかというと、まったくわからない。
ハツユキ村の周辺と、魔王の虚城近辺など、それぞれ離れた場所のごくわずかなフィールドしか踏破していなかった。
村のある場所は<イグナフィア地方>と呼ばれる地域のようで、正直、近辺に都市部のないド田舎地方だった。
この世界にも列車などの乗り物があると知って、驚いたものである。どうもゲム通の編集者たちは、大方の人が都市部からスタートしているらしく、ハツユキは違うゲームなんじゃないかと、一瞬思ったほどの違いがあった。
観光写真さながらのゲーム画面がいくつも紹介されていて、まるで外国の風景を見ているようだった。ゲームと言われなければ、現実の風景だとしか思わないだろう。それと、スキンヘッドの男性編集者が、巨乳美人のアバターを使っていることを取り上げて「このアバターに要注意! 中身は三十代の未婚男性です!」と書かれていたのがおもしろかった。
「きびだんご欲しいけど、狙って取れるもんじゃないから、あんまし固執してもしょーがないかなぁ」
「そうだな。わたしらはわたしらで、マイペースに冒険するのが楽しいしな」
あまり遠出はしないのだが、それでもそれなりに移動できるポイントは増えていて、魔王の虚城がある遠くの地方は除外して、イグナフィア地方だけでもファストトラベルの移動先にできるポイントが、二桁はあった。
そのように、より遠くのロケーションへ移動して、そこからさらに行動範囲を広げるようなやり方が冒険の基本ではあるのだが━━なぜか村の周囲にしか出現しない<野生のまんじゅう>が気に入って、何度でも倒したいハツユキたちはあえて村の周囲で狩りをする。完全なるお遊び経験値稼ぎだった。今さら野生のまんじゅうを倒したところでレベルなど滅多に上がらないのだが、素材アイテムである<まんじゅうのカス>を百個集めると回復アイテム<まんじゅう>が生成できることがわかっていたので、まるっきりの無駄でもない。
なので、今日も今日とて、まんじゅう狩りへと繰り出すのだ。
「それで結局、きびだんごをドロップする可能性のあるモンスターって、どんなやつなんだ?」
村を出てすぐに、ハルカゼが訊いた。まだ説明されていなかったので、気になっていたのだ。
「そうだ、それがだねぇ、ええと、確かねぇ、メタルボールとかいう名前の、ぶっちゃけメタリックな野生のまんじゅうみたいなやつだったはず」
「え、それならこの辺って、可能性あるんじゃないのか?」
「あ、そうか。そうだね、可能性あるかも。野生のまんじゅうに似ていて、そうそう、あんな感じのツルツルしたやつで、ピッカピカの鉄球みたいな━━」
そこまで言って、自分がなにを目にしているのかようやく把握したハツユキ。
ハルカゼとKeyも遅れて気がつく。
いつも見る野生のまんじゅうとは違う、黒光りする鉄球状のエネミーが、目の前に出現していた。名前が表示されている━━<メタルボール>。間違いない、今、話していたばかりのレアエネミーだ。
「ででで、出たぁ!」
慌てて剣を構えるハツユキ。
全員が臨戦態勢をとる。
「これは逃がせんな! いけ、初雪!」
自分では行かず、ハツユキに命令するハルカゼ。それもそのはず、相変わらず初期装備のまま<吹き矢>しか攻撃手段のないハルカゼは、やはりいつもの1ダメージ要員である。<吹き矢マスター>の称号を手にいれて、いくらかクリティカルの確率は上がったものの、それでもやはり千回に一回くらいの割合だったし、さらにただでさえ確率が減らされるボス戦で狙おうとすれば、難易度はさらに上がる。かつて<深淵の魔像>を一撃で沈めたことは、やはり何度思い返してみても奇跡中の奇跡なのである。あのクラスのボスともなると、通常のクリティカルすら普通は出ない。一撃必殺のものともなれば、それこそ宝くじに当たるような確率でなければ、発生しないのだ。
以上の理由から、安定の1ダメージが続いていた。
「ファイアサークル!」
逃げられないようにか、Keyがマジックスキルを発動する。炎の壁が敵を囲んで、熱によるダメージも与える。
はずなのだが、メタルボールはノーダメージだった。どうやら、火炎属性に耐性があるようだ。
「ダメですね━━それなら、これはどうでしょう。アイスブロック!」
今度は大きな氷塊が現れて、敵の頭上から落下する。直撃し、砕けてもなお、ダメージは皆無だった。これではハルカゼの1ダメージ以下である。
「えー、そんな」
肩を落としたKeyは、そこで諦めたようだ。マジックスキルはその2つしかなかったので、もう手はなかった。
「はっちゃん、頼みます」
「頼まれた! くらえっ、ラブラブ回転切り刻み殺戮ダンス!」
そんな技はないかと思われがちだが、実際に「ラブラブ回転切り刻み殺戮ダンス」というスキルを習得していたハツユキは、それを繰り出した。現在、彼女以外に習得しているプレイヤーが確認されていない、おそらくレアな攻撃スキルだ。
ハートが乱れ飛び、同時に血飛沫のようなエフェクトもかかるという、なんとも恐ろしい技である。
が、その恐ろしい連続攻撃ですらも、数ダメージを繰り返すばかりで、結局まともなダメージは与えられていない。ハツユキのスキルゲージがなくなっただけに終わった。
「なんと! 野生のまんじゅうだったら何千匹集まってきたって一瞬で片付けられるやつなのに……メタルボール、マジんこ硬いじゃんか」
エネミーの周囲だけが焼け野原の様相なのに、肝心の敵本体はほとんど無傷のまま、逃げるでもなく静止している。
「これはもう、春ちゃんに頼るしか━━」
「また……わかっているとは思うが、クリティカルなんてそうそう都合よく出ないからな」
とは言うものの、とりあえず「ぷっ」と一発吹き矢を発射するハルカゼ。
矢はメタルボールの中心に突き刺さり、それと同時に閃光のようなエフェクトと派手な効果音が鳴って━━久々に見る「Critical damage‼」の文字。
「や、やりやがった、わたし」自分で自分に驚くハルカゼ。
しかも、噂に名高い<きびだんご>までドロップしている。
突然の出来事だったが、これ以上ない結末を迎えた。誰もが欲しがるスーパーレアなアイテムを、話していたそばから簡単に手にいれてしまった。もはや運がいいのを通り越して、ちょっと怖くなるハルカゼ。一方のハツユキは「これさえあれば、ステファニーちゃんが仲間に……ぐへへ」と無邪気な邪気を放ちながら喜んでいた。
そう言えば変態留置場にいた男はどうなったのだろう?
そんなことをふと思い出すが、どうでもいいのですぐに忘れる。ステファニーちゃんを仲間にするかどうかはさておき、価値のあるアイテムをゲットしたことは、喜ばしいことだ。
売れば金にもなるだろう。
リアルマネーを儲けることができるかもしれない。わりと守銭奴なハルカゼは、少しだけそう思った。




