コンクールでおかしい
県の中学生絵画コンクールでグランプリに輝いた、妖精ヶ丘アンヨ作『わらっているはつゆきちゃん』が美術館に展示されているということで、仲間たちが見物にきていた。
以前に金賞を受賞したものとは別の、さらに大々的なコンクールでのグランプリ受賞により、美術館への展示だけにとどまらず、その手の雑誌にも掲載されるというような、ちょっとした騒ぎになっていたのだ。特に騒いでいたのは、言わずもがなの初雪だったが。
今回、展示されているもののほとんどが中学生による作品であり、その中でもグランプリを受賞したアンヨの絵は一番奥の一番目立つところに展示されている。
「マジかよ、アンヨちゃん……なんかもう、芸術家みたいじゃないか」
美術館というものに、はじめてきた夏樹は思う。このような施設に展示されているだけでもすごいのに、アンヨちゃんの絵がメインの展示物だというのだから、信じられない。
「みたいじゃなくて、芸術家でしょ、もう」
「確かに。こういう分野は特に、年齢なんて関係ないだろうからな。妖精ヶ丘ちゃんの絵なら、大人も納得するだろう」
初雪と春風、そのうしろに夏樹と季瀬姫が並んで歩いていた。今日の予定が空いていたのが、このメンバーだけだった。
休日ということもあって、美術館ってこんなに人くるんだと思わせられるほどには、来客の数は多かった。特に奥のメインスペース付近に、人が集中している。
アンヨちゃんの絵が展示してある場所だ。
美術部顧問の座間先生とアンヨちゃんが一緒にいて、絵の説明をしたり、質問に答えたりしていた。時々サインを求められたりもしているようで、すでに有名人のような仕事をしている。
挨拶より先に「アンヨたん、わたしにもサインおくれ」と言った初雪が、サインを書いてもらう。
一瞬目を疑うような字体で「あんよ」とだけ書いてあった。かろうじて読める。絵もそうだけど、綺麗に書くことだけがすべてではない、ということなのか。こと芸術の分野においては、そうなのかもしれない。
『わらっているはつゆきちゃん』も、初雪と言われればそんな気もするという程度に似ているだけで、けして似顔絵ではなかった。あくまでもひとつの芸術的な絵画として見ることが正しく、だからこそのグランプリ作品なのだ。
芸術とは、得てして凡人には理解し難いものがある━━凡人中の凡人、ミスター平凡と呼ばれている夏樹はその絵を見ても、なにが決め手になってグランプリに選ばれたのかは理解できなかった。
ただし、なにか他の絵にはない、得もいわれぬ凄みのある魅力のようなものは、うっすらとだが感じていた。
「お兄ちゃんはセンスがPM2.5くらいしかないから、見るだけ無駄っぽい?」
「ふざけんな、オレだって……いやでも、無駄ってことはないはずだ。っていうか、一ミリより小さいみたいな表現するなよ、傷つくよ」
「傷だらけのガラスのハートが? いまさら変わらんだろ。なんなら割れてしまったほうがいいんじゃないか?」春風にも酷いことを言われた。
「わたくしの教え子ザマスのよ! ええ、そうなんです、彼女は歴史に名を残せる逸材です。間違いありません!」
雑誌記者の質問に対して、座間先生は興奮して答えた。
アンヨちゃんはそんな先生の隣でにこにこしているだけで、あまり余計なことはしゃべらない。たまに訊かれたことに対して簡単に返事をするくらいで、あとはサインや握手の対応に忙しそうだった。
「でもさ、わたしを題材に描いてくれた絵が飾られてるなんて、感動だよね」
「はっちゃんの魅力がそうさせたのだと思いますよ、題材にしようと思ってくれて、しかもその絵がグランプリに選ばれる。これがお兄さんの絵だったら、ここには展示されなかったでしょうね」
なんだろう、最近では季瀬姫にまでいじられるようになってきたのか?
誰か味方はいないのか━━梨理夢は……味方といえば味方かもしれないが、いまいち信用できないからなぁ。
好意を寄せながらもいじってくるので、わりとありがた迷惑な感がある。
そんな梨理夢はきていなかったが、彼女の絵も隅っこのほうに、なぜか展示されていた。
『臓物くんと自分の足を食べるくん』というタイトルの、くそヤバい絵だった。
精神的にどうかしている人間が描いたとしか思えず、はっきり言ってしまえばサイコパスじゃないと描かないような絵画である。
気持ち悪い内臓でできた人の形をしたなにかと、同じように内臓と血管でできているような生き物が自分の足を食べている姿が描かれていた。
「いや、ダメだろ、これ飾っちゃ」
「りりちんの絵も、別の意味ですげーね」
「わたしは好きだな、これ」と、春風。
審査員は買収でもされたのだろうか?
賞こそ与えられてはいないのだが、展示するのはどうなのかと思うほど、グロテスクな表現以外のなにものでもない。そして、梨理夢の頭の中にはこれがいるのかと思うと、これからの付き合いかたを考えざるを得なかった。もしかして、最悪殺されたりしないよなオレ? なんて極端な考えすら浮かんでしまうほどに、強烈な印象を与える作品だった。
さすがは魔界のプリンセスといったところか。でも本人は天使に転生するなんて言っているわけだが(ほんとかどうかは疑わしいが)、頭の中がこんな感じなのに、そんなヤツが天使になんてなれるのだろうか?
疑問しか浮かばない。
「わたしたちの絵はなんでダメだったかな? ねえ、春ちゃん?」
「いや、普通にヘタだからじゃないのか」
なんにでも自信のある初雪は疑問なのだろうが、さすがに絵画までは才能も及ばなかったようだ。
春風に関しては、絵がヘタなのは夏樹もよくしっていたので、納得できる。ちなみに初雪はマンガイラストなんかは、うまく描けるのだ。なので、やはりイラストとは違うものが求められるということなのだろう。
「わたしは手で仕上げるよりはと思ってCGを提出したら怒られましたしね」
季瀬姫は……CGクリエイターの養成学校じゃないんだから、勝手にCGはダメだろう。このあたりが、季瀬姫の頭がいいのか悪いのかわからなくなるところである。
「しかもアンヨたんの絵がポストカードになって売ってるし━━お兄ちゃん、みんなの分買ってきて」
と、金も渡さず初雪が言う。
ちくしょうとは思ったが、所詮はポストカードなので高価なものでもない。仕方なく、人数分を購入してそれぞれに配る。
季瀬姫以外からは礼すらなかった━━ちくしょうめ!
その後『わらっているはつゆきちゃん』の『はつゆきちゃん』だと紹介された初雪が、なぜかアンヨちゃんと一緒になって取材されたりしていたが、おおむね、有意義な一日となった。
その夜、梨理夢の作品が悪夢となって現れたことは、みんなに内緒にしている夏樹であった。




