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ママの応援がおかしい

 ゲーム内での全滅と報酬ゲットを区切りにして、その日のゲームは終了した。兄と妹、そして仲間たちが一斉にログアウトする。

 現実へ帰還した夏樹は、フルフェイスのヘルメットみたいなゲーム機本体を脱ぐ。

 そのタイミングで、インターホンが鳴った。

 時刻はすでに日付が変わろうかというところだ。絶対に、来客があってはいけない時間帯である。

「お兄ちゃん、出てー」

 だが、それを疑問にも思わないのだろう妹に、部屋越しに言われるが、出たくないし出るべきではない気がする。

 幽霊かお化けか化け物か妖怪か殺人鬼か変質者かピエロのいずれかが、立っているかもしれない。

 でもひとつだけ救いがあるとすれば、インターホンのカメラが復旧していたことだ。これで、玄関を開ける前に来客の姿を確認できる。

 もしかしたら梨理夢とかかもしれない━━そう思い確認すると、いたのは見知った肉親だった。

 母親の、真夏である。

『はやく入れてー』スピーカーからの声が言う。相変わらず、自分の家なのに開けてもらうまで入れないのは、母が鍵を持っていないからだ。「どうせ失くすから」という理由で、持ち歩かない。


「なんでこんな時間に、急に」

 大荷物を抱えた母が、玄関に倒れ込むように座る。おそらくお土産であろうが、パンパンに膨らんだ袋を4つも持っていて、さらに背中にでっかいリュックを背負っている。

「あー、重たい! 缶詰め買いすぎたわ」

「またかよ……」以前の朝食を思いだし、げんなりする。どうせまた調べもしないで猫とか犬の餌でも買ってきたのではないか。 そう思うと、まったく期待はできない。食べられるからいいという話でもない。


 階段を降りてきた初雪は母の姿を発見すると一気に加速して、暴走した機関車のようにブレーキを忘れて突っ込んだ。

「ごふうっ!」

 座っていた母の腹部に頭からダイブして、めり込む。

「にょももももももももぎゅふふふんすっ!」

 とか言って、めちゃくちゃに顔面をこすりつける。猫のマーキングよりも激しく執拗に自分の匂いを刷り込もうとでもしているようだった。


「ママ! やっと帰ってきおったな!」

 しかし当の母はぐったりしていて声も出ない様子だった。ちょっと白目になっている。

「あ、ママが沈黙した……」

 復活までには、5分かかった。


「というわけで、雪んこの運動会を見るために帰ってきました。けっこう休みもらってきたから、ついでに実家にも帰ろうと思う。最近顔出せてないからね━━最近……三年ぶりか?」

「おじいちゃん、電話よこすよ。いつ来るんだいつ来るんだって。お正月にも来い来い電話きたけど、誰もいないって言ったら諦めて自分から来たしね。ばあちゃんと、バスで」

 その際にはお年玉という大金もいただいたので、夏樹にとってはいい思い出だ。

「それよりママ、なんで運動会わかった?」

「わかったもなにも、子供の予定くらい全部把握してるぜわたしは?」

「ママッ! アイラヴューオーケー?」

「おーけー、おーけー」

 また甘えだした初雪は、どうやら運動会があるようだった。

 え?

 運動会あるの?

 まったく聞いていなかった夏樹だけが、驚いてしまった。そして、訊く。

「お前、運動会っていつなんだよ?」

 すると、

「明日」

 という答えが返ってきた。

 いや、嘘だろ……。

「休みだから、こんな時間までゲームやってたんじゃないのかよ……オレはてっきり、そうだと思ってたんだけど」

「誰もそんなこと言ってないし、わたしたち若いから大丈夫だし」

 それにしたって、春風も季瀬姫もそんな話題はしゃべらなかった。あいつらも、翌日に運動会があるのなら、何か言っててもよさそうなものだが。強制されたわけでもなく、こんな時間まで付き合ったというのか。

 誰もまったく、次の日のことなんて考えていないのだろう。とにかく、普通じゃない。夏樹だったらもう、三時間くらい前にはとっくに寝ているだろうなと思った。


 *****


 翌日、めずらしく料理らしい料理を作った母親に朝食を提供される。

 丸パンのサンドイッチだったので、やや寝ぼけながら食べると、中から変なものが出てきた。サクッとした食感とは反対に、トロっとした中身の━━これは……。

「これ、なに?」

「揚げたイモムシ」

「ほぉん……もごっむごっん……」あやうく吐き出しそうになりながらも、なんとか飲み込む夏樹。意外と味はよかったので、訊くべきではなかったかもしれない。知ってしまった今となっては、後の祭りだが。

「夏樹も行くでしょ、運動会? お弁当つくったから、持ってよね。あと、アレも」

 まだ行くともなんとも言っていないが行くことになり、しかもアレと示された荷物は中身が入ったままのでっかいリュックで、なんなのかわからないがとても重そうだった。

 そして実際に、重かった。


 *****


 結局、妹の運動会を見に、母校の中学へとやってきた夏樹。まさか妹の運動会を見に来る兄なんて、そうそういるものではないだろう。なんだか恥ずかしくて、知り合い━━特に同級生がいませんようにと、願ってしまう。

 そんな目立ちたくない思いとは裏腹に、入場行進の最中に夏樹の姿を発見した梨理夢が「お兄さーん! ちゅっ、ちゅっ❤」と投げキッスを飛ばすので、否が応にも目立ってしまう。

「あんた、モテるじゃないの」と母親にからかわれて、俯いた。


 最初の競技である徒競走で、ついに初雪の出番が回ってきた。

 母がリュックからなにかを取りだし━━打楽器のような……多分、打楽器だ。

「なに、それ?」

「パンロゴドラム」

 打楽器だった。

 ただ、その打楽器からは大きな釘みたいなものが飛び出していて、さらにどう見てもオッパイとしか思えない飾りがついているので、見た目がけっこうヤバい。

 ふざけたものを作ったのかと思い訊くと、どうやらそういうものが、本当にあるようだった。それはいいとして、なぜ持ってきたのか。それがわからない。

 5人1グループで走る徒競走で初雪は他の4人をぶっちぎり、ほぼ独走状態での1着だった。

 運動能力がすごすぎる。普段アニメばっかり見てゲームばかりしているのに、なんでそんなに速いんだ。運動部ですらないのに!

「マリダーディ! マニャンガ! マニャンガ!」

 ボンボコうるさい打楽器を叩きながら、わけのわからない言葉を叫ぶうるさい母。なに語だかわからないが、日本人の父兄にはおよそ伝わらない応援の仕方である。奇異な目で見られるかとも思ったが、みんな許容していた! なんなんだ、この町の住人は!


 その後は各部活対抗リレーみたいなものもあって、それには剣道の防具をすべて着用した季瀬姫たち剣道部も出場していたが、もちろん彼女たちは最下位に沈んだ。袴姿にしてはがんばって走っていたが、出来レースもいいところだった。


 玉入れ、騎馬戦とお約束のプログラムを消化していき、さらにお昼休憩を挟んで(母親の弁当は、予想外にまともなツナやタマゴのサンドイッチなどでおいしかったのだが、それなら家でもイモムシなんて入れるなよとは思った)━━最後には運動会の花形、リレー競争が控えている。

 各学年ごとに、クラス対抗で行うそのレースでも、初雪は当然のようにアンカーという大役を任されていた。

 なぜか出場させられていた梨理夢がとてつもない鈍足だったのだが、その後の、夏樹は名前のしらない女の子たちが遅れを取り戻し、しかし先頭とは半周近くも遅れてアンカーの初雪にバトンが渡った。

「ブースト発動!」

 叫んだ初雪が加速する。

 アンカーのみ、トラックを丸々一周走らなければならず、先行する女生徒ももちろん足に自信のある人間か、陸上部とかなのだろうけど、それでも最後までトップスピードを維持することは難しい。はずなのに、初雪だけが一定の速度を維持したままで、ぶっちゃけ、速すぎた。

 逃げ切るかと思われた先頭の少女を、ゴールライン間際で追い抜いた初雪が、1着でフィニッシュする。

「きゃーっ! 初雪ぃっ! マリダーディ! 超マリダーディ!」

 マリダーディがなにかわからないが、興奮して叫ぶ母。周りの父兄たちからも、祝福されている。

 それにしても、妹の運動能力がヤバすぎる。アイドルなんかより、陸上選手になったほうがいいんじゃないだろうか?

 先生たちはなにも言わないのだろうか……。無駄な才能なのか、才能が無駄になろうとしているのか、そのどちらであるのかは、きっと、今はわからない。

 そんなことを考えていた夏樹に向かって走る少女の姿があった━━鈍足の、梨理夢である。

 夏樹はくるりと反対を向いて、逃げ出した。

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