敵のレベルがおかしい
水中パラダイス号の船体ごと移動するのかと思ったら、そうではなかった。
船の中にいたプレイヤーだけが転送されるかたちで、ゲートの先へと進めるようになっていたのだった。
暗い洞穴の中の行き止まり━━そんなような場所に、攻略ギルドのメンバーとハツユキたちは転送されていた。
「ここが、ラストダンジョン?」すでに武器を構えていたマメツブが見回す。
「洞窟の中みたいだけど━━とりあえず、一本道だから出口に向かうしかないね」
言うまでもなく、進むしかなかった。
両手にダガーを持ったマメツブが先頭になって、おそらく出口があるのだろう、前方へと進む。退路はなかったが、この場所はファストトラベルのポイントとして機能するようだった。これで、わざわざ深海を訪れる必要もなくなったし、いつでも来ることができる。
少なからず安心を得た一行は、未知の領域を突き進む。
「ここは━━『魔界の洞窟』ってなってるけど、魔界……? そういやさっきゴンタちゃん(サポートAI)も言ってたけど」
「あ、じゃあ多分、わたしの魔界です」と、リリム。
「そなの? なして(どうして)?」
「前に一度、人間のかたが取材に来たことがあるから━━ゲームに出すからって言って」
なんじゃそりゃ━━と、ナツキは驚く。自分も行っておいてなんだけれど、普通に取材に行けるような場所ではないはずだ。いや、それよりもまず、なんで知っているのかというのが大いに疑問である。
「いや、待てよ……そういえば所長がなんかそんな話をしたことがあったような……なんちゃらみたいなゲームを作るほにゃららって会社のほにゃ子さんを連れて云々とか……よくわかんないこと言ってたのは、これのことだったのか!」
そのセリフがよくわからなかったが、ハツユキは一人だけで合点がいったようだった。そして、またしてもあの探偵事務所の所長だ━━あの人、魔界にも行けるのか。
キララちゃんとヤバ子ちゃんみたいに、気の力で時空を歪ませるみたいなことができるのだろう━━なんでできるんだよ……。
身近に人間離れした女性が多すぎて、少し常識から離れつつあるような気がしてならない。ナツキはそんな危機感を抱きつつ、できるだけなにも考えないようにした。
リリムの魔界なのかどうか、それは洞窟を抜ければはっきりする。
先頭を行くマメツブが振り向いて、声を上げた。
「出口だ! これは━━」
洞窟の外には、世界が広がっていた。
ダンジョンどころではない。これは、元々のフィールドとは別の、もうひとつの世界と言える。
「これは、RPGによくある、地下世界とか、もうひとつの世界とか、その手のフィールドに違いない」
元々の世界を表とするなら、裏。
表の世界すら踏破できないような広さを持っているのに、さらに裏の世界まであるなんて。
どうやったらこんな容量の世界をつくれるのかわからないし、一生かかっても遊びきれないのではないだろうか。
ゲームの奥行きと、次から次に発見され、あるいは更新されていくイベントや、あまりにも賢いAIなどは、海外のゲームクリエイターですら「人間には作ることが不可能」と言い切ったほどのものだ。現実さながらのVR空間だけでも、現在の技術力をもってさえ及ばないものがあった。
これは、いよいよもって底が見えなくなってきた。
さすがの攻略ギルドのリーダーも、呆然と立ち尽くしている。
「似ているというか、ほとんどそのままですけど……どうやら佐藤くんは呼べないようなので、作り物の世界で間違いなさそうです」
リリムは魔界コウモリを呼ぼうとしたようだが、もちろんゲーム内なので現れない。
それほど真に迫った世界だと、リリムも感じていた。
「ってことは……なんとなく嫌な予感が」ナツキはかつて食べさせられたあるものを思い浮かべて、身震いする。まさかとは思うが、アレも再現されていなければいいと、切に願う。
さらに、そこから連想できる、ひとつの可能性があった。
「もしかしてラスボスって……」
「はい、父上かもしれないです~。取材を受けていたようですし━━」
いやいや、いやいやいやいや!
魔王に取材したのか、できたのか!
とんでもない事実が明るみにでて、ナツキは戦慄する。ハツユキは「それ、おもしろーい」などと言っていたが、全然おもしろい話ではない。普通にこわい。よく食べられなかったものだと、感心する━━リリムの父親を実際に見たことはないが、見たら最後という気もするので見たくなかった。
「マメツブたちには黙っていよう」ハツユキがそう言ったので、身内だけの秘密となる。
Lisaはしっかり聞いていたけれど、よく理解できずに困っていた。
「とりあえず先に進もう。この森を抜けるんだ!」
ここでもマメツブを先頭にして進む。ギルドのメンバーが先行して、ハツユキたちはそのうしろについて行った。
薄暗い森の中、ナツキはなにかを思い出そうとしていたが、それがなんだったのかはっきりしない。
なにかが引っ掛かっているのだが、なんだったか━━。
雰囲気と、過去の体験がなにかをうったえている。
その予感は、ナツキが思い出すよりも早く、現実となって現れた。
次々と倒されていくギルドのメンバーたち。
上半身裸の<ブラックソイソース>が乳頭から毒液を吹き出しながら倒れる。ライフがゼロになり、強制帰還させられる。このゲームにゲームオーバーはないが、倒された時のペナルティはあって、やられかたによって「完治」するまでの時間が課せられるのだ。なんにしてもライフゼロ=死んでしまったのだから同じような気はしなくもないが、たとえば野生のまんじゅうにやられたのと、溶岩の海に落下して溶けたのとでは完全回復までの時間は異なった。当然、溶岩落下のほうが長い時間を要する。
そんなわけで、攻略ギルドとしてはなるべくやられたくはないはずだった。
しかし、それなりの経験を積んだはずのメンバーがあっけなく、次々と倒れていく。
最後尾まで後退したマメツブがハツユキたちに告げた。
「ヤバイ敵が出た! もしかすると、魔像よりヤバイ!」
両手にダガーを持ち、高速で跳びはねる様は、まさにギルドの名である「ランニングラビット」を体現しているようだった。しかしその動きすら上回る高速のなにかが、マメツブの首筋を切り裂き、消える。
血が吹き出るようなグロいエフェクトはないが、それでも無惨な傷痕を首に作ったマメツブは、一気にライフを削られて消滅した。
「そんなっ! ギルドのリーダーがあっさり……」驚いて立ち尽くすLisaもまた、何者かに切り刻まれて倒された。
動く余裕すらない、一瞬の出来事だった。
「いやだー、死にたくないぞー!」
泣きそうなハルカゼの目に、最後の光景が映る。
赤いなにかが、横切った。
「春ちゃんオダブツ!」
わりと酷い言葉で、ハツユキが叫ぶ。
そんなハツユキと、Key、リリムにナツキの残されたわずか四人の周囲を、無数の小人が取り囲んでいた。
「こいつは━━」
「レッドキャップさんですね~」リリムがのんびりした調子で言う。
赤いとんがり帽子を被った、狂気の小人。とてつもない速さで動き回るため、常人の動体視力では、その動きが捉えられない。
「キララちゃんかヤバ子ちゃんじゃないと、どうにもならないやつだぞ、こいつら」
かつての経験から、それがわかっているナツキが呟いた。
「なんでキララちゃんたちは、このゲームやらないんだよ?」
「ララちゃんはテレビゲームやんないよ。ヤバ子ちゃんについても、同じ」
彼女たちがいれば━━いや、ゲームの中だから、さすがに勝手は違うかも。現実とは違って、逆に役に立たないという可能性もあり得ないことではない。
いや、それよりも今は━━。
余計なことを考えている間に、ナツキの画面は暗転していた━━いつの間にか、やられていたのだ。
「お兄ちゃんもくたばった━━」
そんなハツユキの声を最後に、ナツキの姿が消える。
ハツユキ、Key、リリムも間を置かずにあとを追った━━。
*****
「あれは無理だ、倒せない!」
無惨な死にかたでペナルティを与えられたマメツブのステータスは、元の3分の1以下になっていた。元に戻るまでには、かなりの時間を必要とする。
「マメツブさん、一撃だったからねー。まあ、わたしもおんなじだけど」
同じ敵にやられたわりに、腹部を刺されて終わったハツユキのほうはステータスが半分になった程度だった。死にかたひとつで、だいぶ違う。
よってたかってめった刺しにされたリリムはすべての数値が1になるという、かわいそうなことになっていた。「なにか恨みでもあったのかも~」と、魔界の姫君は笑っていたが。
あっけなく全滅したわけだが、魔界の洞窟を拠点にしてなんとか攻略の糸口を探りたいとマメツブは話し、そのために、まずはレベルを上げることが必要だとも語っていた。
結果としてやはり魔像の攻略が先であるという結論が出され、そちらへシフトしたようだった。
ラスボスの攻略とまではいかなかったが、ハツユキは報酬をもらった。どうやってもらったかというと、ハツユキ村の"アトリエ"で絵を描かせていたアンヨ(ゲームにはログインしていたが、ずっと家の中にいた)から完成した作品を渡されて、それを百万ネンの値段に設定した上で買ってもらったのである。
つまり、リアルマネーで十万円を手にしたことになるのだ!
魔王の鍵があったとはいえ、結果的には一緒にやられただけなのに!
それになにより、ゲーム内のお金だけを元手に現実のお金を稼がれては、経営など成り立たないのではないかと、運営会社の心配をしてしまう。どういった仕組みになっているのか、とても不思議だったが、これについては「コストも時間もかかるし、買ってもらうのが難しい」のと「社長が経済をコントロールしているから大丈夫」らしいという眉唾ものの説明をされたので、余計にわからなくなってしまった。




