深海探査船がおかしい
どれだけ没入しようと、ゲームのプレイ時間は限られている。
夜の空き時間をすべて費やすにしろ、翌日に影響が出ない時間帯で切り上げなくてはいけない。なので、ナツキとリリムのレベルをある程度上げて、いよいよ攻略ギルドと合流するというところまで、一週間かかった。
合流地点は「魔王の虚城」から南下した場所にある港町ラクフォティ。
しかしハツユキたちは行ったことのない場所なので、まずはLisaに先行してもらい、彼女のところにファストトラベルするという方法で移動した。
攻略ギルド・ランニングラビットが魔王の虚城攻略(いまだにそれは果たせていない)のための拠点としていた港町で、その中央にある酒場が彼らの持ち物となっていた。その場所に、主要なメンバーがすべて揃い、ハツユキパーティーを出迎えたのだった。
「はじめまして、ぼくがランニングラビットのリーダー<マメツブ>です」
先頭に立って挨拶をした男性アバターのプレイヤーは、すごく小さかった。目測で130センチあるかないかの身長に見える。
「ちっちぇ」ハツユキが直球を放った。
「ありがとう! リアルの身長が2メートル以上あるから、そう言われるのは、うれしいなぁ」
「でっけー!」その情報に驚くハツユキ。人は誰しも自分にはないものを求めるが、それにしても極端な差があった。気持ちはわからなくもないが、現実とゲームであまりにも目線の高さが違うと、やりにくくはないのだろうか、と思う。
「協力はまあしますけど、ラスボスは無理なんじゃないですかぁ?」
ハツユキの否定的な意見にも、マメツブは笑顔で首を振った。
「それはやってみなくちゃわからないよ。それに、あの魔像を攻略したキミたちがいるわけだから、けして無理な話ではないと思う」
そう語ったマメツブのレベルは58で、ハツユキより低いものの、さすがの高レベルだった。まだサービス開始から間もない時期にそこまで達しているのだから、さすがといったところか。もし彼が魔像を倒せていれば、あの膨大な量の経験値でさらに強くなっていたであろう。
まずは魔像を倒してからという気はしなくもないが、彼は、それよりも先へ進みたいという欲求のほうが強いのだった。倒せない敵を後回しにしてでも、さらなる強敵に挑もうとするのは、果たしてどうなのだろう。
ちなみに一部のエネミーは、一度倒してしまうと同一プレイヤーは戦えなくなるといった仕様があり、魔像に関しても、たとえばハルカゼを連れて行って、倒してもらうという作戦が通用しなかった。パーティーに誰か1人でも倒した経験のあるプレイヤーがいると、出現しないのである。
だからこそ、あの極端なまでの経験値が与えられるというわけなのだ。
「さて、それじゃあ、メンバーを紹介しないとね」
かなりの数がいるギルドのメンバーそれぞれを丁寧に紹介するマメツブ。そのことからも、彼の性格が窺える。
ただし、全員を一度に覚えることは無理そうだったので、ハツユキは主要な人物の名前だけを頭にとどめた。
ユニークスキルで乳頭から毒液を飛ばせるのだという上半身裸の男性プレイヤー<ブラックソイソース>だけは、末席だったが確実に覚えた。
「以上がランニングラビット本隊のメンバーだ。各地に支部もあって、他にもメンバーはいるんだけど、今回ラストダンジョンに挑むのはこのメンバーですべてだよ。あとは、キミたち6人だね」
ハツユキも、こちら側のリーダーとしてハルカゼ、Key、Lisa、リリム、ナツキと順番に紹介していく。
ナツキの紹介が「最近スマホで外国のお姉さんのおっぱいばかり見ている男子高校生」とモロにリアルの情報を含んだ最悪の説明だったが、本人は黙っていた。
「お兄さん、そんなに見たいのでしたらわたしがいくらでも見せますのに!」とリリムが発言して、場をざわつかせる。
「すべての準備は整っている━━リアルの予定も含めて、ね。今日はこのために集まったんだ、さっそく向かうとしよう!」
マメツブの号令一下、攻略ギルドが動き出した。ハツユキたちも、それにつづく。
*****
港に停泊していたのは、巨大な潜水艦のような船だった。
多少特殊な外見をしていて、実際の潜水艦とは違うものではある。これは、深海探査のためにギルドが総力を上げてクラフトした、オリジナルの船ということだった。
「海の中に入るだけなら、誰でもできる。潜水スーツや、あるいは水中で呼吸できるスキルやアイテムがあれば生身でも探索は可能だよ。でもね、それはある程度の水深までに限られていて、深海には行けないんだ。それは、呼吸の問題や、行動に制限がかけられているということじゃなくて、単純に一定以上の水深になると、水圧で潰されてしまうんだよ」そう、マメツブは語った。
そんなところまでリアルに作られているのか! と、ナツキは驚く。このゲームは、随分と奥が深い様子だ━━まだ表面を撫でた程度しか遊んではいないんだけれど。
「では、乗り込もう━━ようこそ『水中パラダイス号』へ!」
船の名前がくそダサかった。マメツブはセンスがないのか。ないのだろう。それは名前を見ればわかる。
「よし、ハツユキパラダイスチームもくそダサい名前号に乗り込もう!」
思いきり聞こえるようにそう言ったハツユキに従い、ナツキたちも乗船する。
少なからずショックを受けたマメツブは「そんなにダサい……?」と呟いていたが、誰にも聞こえていなかった。
船内は広く、大勢が乗り込んでもまだ余裕があるほどだ。
ただ、内装が凝っているとか、そういうことはなく、とにもかくにも深海へ行くためだけに製造したということが、見てとれる。
確固とした目的のためだけに造られたものだった。
「発見されたものは、深海の亀裂の中、岩に紛れて存在していた大きな扉だ。表示された名前は『デーモンズゲート』。ファストトラベルのポイントにはできないみたいだったけど、その代わり魔王の鍵で開けることができるという説明が、ご丁寧に書かれていた」
そこから、今回の話に繋がった、ということらしい。なぜその先がラストダンジョンだと思ったのかについては「え、だってそうとしか思えないし」と適当なことを言っていたが。
「じゃあラスボスいるかもわかんないんじゃない。いなくても、手伝ったぶんの報酬は寄越しなさいよ?」Lisaが強めに言った。
ナツキではとても無理な、お金の交渉をしてくれるLisaは頼りになる。でも、リアルな現金に関する交渉なので、往々にして発生するトラブルに発展しないか、少々不安でもあった。
が、マメツブの人間性がよかったために、その危険はなさそうである。笑顔で返した。
「もちろん、約束の報酬は支払うよ。ラスボスを倒せたら、特別ボーナスもね。ギルドの貯金があるから、安心してくれたまえ」
お金の心配がないとわかると、Lisaはそれ以上なにも言わなかった。現金な女性なのか、国民性か━━余計なことを考えていたナツキは見るともなくリリムの胸を見てしまい、それをハルカゼに指摘されたので、なんとか誤魔化す……誤魔化せなかった。
潜水開始から実に一時間以上、海の中を進み、より深みを目指した水中パラダイス号が、ようやく目的地付近に到達する。
このような特別仕様の潜水艦がないと、とてもたどり着ける場所ではない。他のプレイヤーは大変かもしれない━━それこそ、完全なソロプレイヤーなどは、とてつもなく苦労するのではないだろうか。まあ、ラスボスを倒そうとする人間に限られるが。
しかし最終的な目標がそれである限りは、多くのプレイヤーが目指すであろう、深海に隠された扉が目の前に現れた。
「うわぁ、でっかい扉ですねぇ。とはいえ、岩と同化してて、見つけにくくはありますね」
Keyが言ったように、大きさによらず、ともすれば見逃してしまいそうなその扉は、いかにもヤバそうな雰囲気を醸し出す、禍々しい彫刻がほどこされていた。
確かに<デーモンズゲート>の表記が出ている。
『これは魔界へつづく扉りん!』
突然、ハツユキの右手首から高い声が聞こえた。
プレイする中で、自分の好みにカスタマイズしたサポートAIの声だった。
サポートAIは通常、ごく初期の段階以外では、設定がそうでない限り、自発的にしゃべることは少ない。ハツユキがしゃべるよう設定していたか、あるいは重要な場面だからかわからないが、スマホの着信で聞き慣れたその声が、扉の説明をした。
「なんだって……ぼくのサポートAIも、他のメンバーのも、わからないって回答しかしなかったのに……なんでキミのサポートAIだけ……」
驚きに言葉を失いかけながら、マメツブが言う。
が、ハツユキ当人にも、そんなことはわからない。例によって「個人差」なのか、それとも特別仕様か。
「やっぱりハツユキは特別なんだよ、どこか他人とは違う。だからAIも特別製」
Lisaのその言葉もあながち間違いではなさそうで、ハツユキのサポートAIはご丁寧に持っている鍵で扉を開くかどうかまで、訊いてきた。
「準備はできている━━やってくれ」
マメツブのゴーサインが出たので、ハツユキは「魔王の鍵」を使用した。
大きな地鳴りの演出とともに、扉がゆっくりと開いていく。




