学校の風紀がおかしい
「ぎょっ!」
教室に入ってきた宮田眠深先生が、それを発見する。
そこには、いろいろやって最終的に男物のパンツを頭から被り、ふごふご言っている梨理夢の姿があった。すでに「栄養補給」は終えていたにも関わらず、気持ちが治まらなかった梨理夢が、とうとうそんな行動に出たのだった。
「ちょっと……あなた、誰?」
顔が見えないので、一瞬、誰だかわからなかった宮田先生だが、その席の生徒はもちろん覚えている。「愛野さん? なにしてるの?」と尋ねた。
「気にしないでください、宮田先生」と、いくらか不明瞭な声で、梨理夢。
しかし立場上、気にしないわけにも、指導しないわけにもいかず、常識的な行動ではなく、周りにも迷惑をかけるからやめなさい、というようなことを諭す。
梨理夢は「はぁい」と残念そうな声を上げるが、素直に従いパンツをしまう。ちなみに、他の誰でもない、初雪の兄のパンツであることは間違いなかった。見る者が見れば、定期的に目撃する、同じガラのものであるということに気がつくだろう。当然それは、初雪を通して流通(?)している物品だった。
「ねえねえ、みんみちゃん、こないだ発売したうまし棒プレミアム食べた? 世界三大珍味合体味ってやつ」
それは、上部と真ん中と下部にそれぞれ別の味がついているというもので、通常の「うまし棒」の三倍ほどの値段がする、高級品だった。とはいえ、百円以内の駄菓子なので、子供レベルでの高級品ではあるが。
「こら、先生を友達みたいに呼ぶなって言ってるでしょ━━まあ、うまし棒プレミアムはもちろん試してみたけどね。あれは、なんというか、発明っていうか、革命だと思うわ。いや、そんな話はどーだっていいから」
つい乗せられてしまう愛嬌はあるが、教師として、それ以前に一人の大人としての良識を大事にする宮田先生であるが、初雪は何度言っても聞かない生徒だった。そこからすると、手に負えない生徒であるように思われるが━━まあ、実際手に負えないのだけど━━悪い生徒かといえばそうではなく、むしろこれ以上ないほど模範的な一面も併せ持つので、扱いが非常に難しいのであった。いっそ、悪いなら悪いで、わかりやすい不良生徒であったほうが、扱いは簡単だった気がする。
うまし棒愛好家として周知されている宮田先生は、一瞬、その味を思い出してしまうが、それよりも今は授業を早くはじめなくてはいけないと、気持ちを切り換えた。かつて、この切り換えに失敗して、およそ三十分ほど初雪とお喋りしたという教師生活最大の汚点があったので、それを戒めとしていた。
寿々木初雪が広げたノートを掲げたので、なにかと見やれば、そこにはうまし棒のマスコットキャラクターである<美味しすぎて、ぼく、頭がおかしくなっちゃったよぉ君>が描かれていた。
これは、やはり、授業の進行を妨害している?
そう確信した宮田先生はそれを無視して、黒板に向かった。
なんで授業をはじめさせないようにしているかはわからないが、多分、意味のあることではないのだろう、と考える。
子供のお遊びに付き合っていたら、職を失ってしまう。宮田眠深はなるべく初雪のほうを見ないようにしながら、授業を開始した。
*****
放課後、帰りがけの梨理夢にこっそり近づいた男子生徒のリーダー格・瀬戸内幻馬が、彼とは思えないほどの消え入りそうな切ない声で、囁くように耳打ちした。
きょとんとした梨理夢は、それでもちゃんと話を聞くあたり、性格が良い。
「あの、オレ、もう我慢の限界だから、その、付き合ってほしい……っていうか、それがダメなら一回だけ……」
「んん~ん? んっんん~?」
後方から聞こえた寿々木初雪の声に、瀬戸内幻馬の動きが止まる。言葉も、途中で途切れてしまい、あとが続かなかった。
でも━━それでも彼の言わんとしたことをなんとなく理解した梨理夢ははっきりと告げる。
「ごめんなさい、どちらもダメなんですぅ。でも、瀬戸内くんがかわいそうだから、はい、これあげますね。すぐに問題解決だね」
と言って渡した名刺サイズのカードには「淫猥妖怪デリバリー☆濡れりひょん」とあった。
絶句する瀬戸内少年。
手を振って、初雪のもとへ向かう梨理夢。
この間、彼女はずっと男物のパンツを頭からすっぽり被っていたので、話しかけるほうも話しかけるほうだが、対応するほうもまったく脱ぐ気がないという、かなりシュールな光景だった。
「幻馬くん、ずっとりりちんしか見てないからね~」
「そうなんだよね、気づいてはいたんだけど、気持ちには応えられないから……代わりに母様のお店を紹介してあげたから、これでいいよね?」
「もちろん、グッジョブだよ。誰も傷つかないし、幻馬くんの欲望も吐き出せて、すべてが丸く収まるとはこのことよ!」
廊下の角を曲がったところで、階段の方向からやってきた生徒とぶつかりそうになる。
「わっ……きゃあ!」
一度で二度驚いたその生徒は、別のクラスの、こちらも人気の美少女である藤原毘沙門その人だった。
頭にパンツを被った女生徒が現れたのだから、無理もない。だがすぐに、隣に立つ初雪に気がついて、そこからパンツ仮面が誰かを導き出す。
「り、梨理夢ちゃん?」
「あったり~、です!」
「なんでそんなの被って……前、見えるの?」
最初に質問した答えは、喋っている途中ですぐに思い出したので、それよりも安全面の疑問を口にする。
穴も空いていないので、視界は塞がっているはずだが━━梨理夢は「透けて見えますよ」と、すぐに答えた。
「そ、そうなんだ」ややひきつった表情の毘沙門は、あたりを見回す。
「お兄ちゃんのパンツ安物だから、生地も薄いんだね」と、初雪。
「おかげでこうして歩けます。感謝感謝」
「ところでシャモちゃん、誰かお探し?」
彼女の頭が動くので、訊いてみる初雪。そもそも下校時刻に階段を上がってくるのであれば、なにか用事か忘れ物があるはずだった。
「そうです、あの、番長見ませんでしたか?」
「うんにゃ、見てないよー。うちらの教室には、今日は来てないね━━なんかあった?」
いつもであれば、ゆっくり校外を探しに出かける毘沙門が、今日に限って、戻ってきてまで探すとなると、これはなにかあるのではと思うのが当然だった。少なくとも同学年のすべての生徒の特徴と性格と基本的な行動パターンは完璧に把握していたので、初雪にとっては簡単に気づける程度の違和感だった。
「いえ、たいしたことではないんですが……」わずかに逡巡し、つづける。「番長がすごくちっちゃなUFOを破壊したという噂を聞きまして、その真相が知りたくて……」
「にょ?」
その、思いの外おもしろそうな展開に興味を示す初雪。
「ええ~、それって、ユキちゃんが言ってた偵察に来るっていう異星人のこと?」
すでにその話を聞かされていた梨理夢も、まず真っ先にそれを思い浮かべた。
「んん、いや、どうだろう? わたしが聞いてたやつとは、なんか違う気がする……別口かも?」
季瀬姫と、そして探偵・浄玻璃所長から聞かされていた特徴としては━━
1━━小型の偵察船でやって来る。
2━━擬態能力のある、人間に似たタイプの異星人である。
3━━そおらく、次の土曜日にやって来る。
というものだったので、まず日付が早いし、毘沙門の言っていた「すごくちっちゃな」というのが、引っ掛かった。初雪が聞いたところによると「小型の偵察船」のサイズは、それでも平屋の屋根くらいはあると(浄玻璃所長が)言っていたので、「すごく小さい」と言うには、デカイ気がする。
「それって、どんくらいのUFOだったか、わかる?」
「いえ……そこまでは、ちょっと」
その時、梨理夢のスカートがふわりと翻り、中から小さな女の子━━国府田キララが現れた。
「きゃあ! キララちゃん、いつの間に」梨理夢がスカートを戻すと、そのうしろを股間を押さえた瀬戸内幻馬が走り抜けたが、気づいたのは初雪だけだった。
「わたしの話で盛り上がっておったから、参上じゃ」
腰に手を当てたキララはすでに制服姿ではなく━━ということは、この短時間で帰宅して戻ってきたということなのか、と誰もが疑問に思ったが、それよりも今日日小学生でもなかなか着ないような子供用のオーバーオールを着ているので、ますます中学生には見えないのがかわいい。本人が気にしていないというのもあるだろうが、それにしてもわざとやっているのではと疑うくらい、子供っぽい服装ばかりを好むのだった。
「ララちゃん、UFO倒したって、マジんこ?」
「ああ、マジんこじゃよ━━なんか、目の前に来たからの、こう、虫でも潰すように━━」
蚊を潰すようなジェスチャーをする。どう考えても、相手は手のひらサイズだった。
「ってことは、野球ボールくらい?」
「まさに、それくらいのサイズじゃな。かたちは眼鏡ケースみたいじゃったが━━おもしろいことに、これがきれいに割れてのぉ」ニヤリと笑って「中からししゃもみたいなやつらが、3匹ほど出てきてな━━ししゃもみたいな、小人がな━━それで、おや、これは宇宙人かと思ったら、やつらもう、死んでおってな。ショック死かどうかは、わからんが」
にわかには信じられない話に、夢中で聞き入る少女たち。そんな彼女たちに向けて、最も衝撃的な言葉が告げられる。
「焼いて食ったら、うまかったぞ」
そう言って笑ったキララを見て、毘沙門だけが一歩後退したのだが、誰も見ていなかった。




