みんな学力がおかしい
その日、朝の全校集会で妖精ヶ丘アンヨがみんなの前に出されて、スピーチをした。
「アンヨが描いた絵が、賞をもらったです。猫さんがお昼寝している絵です」
少し前に開催された、中学生限定の絵画コンクールで金賞を受賞したらしいのだ。
美術部顧問である座間先生が主導して、こっそり提出された作品のようで、初雪でさえその事実を今しったばかりだった。
「マイエンジェル・アンヨたーん! アイラビュー! オーケー?」
初雪が大声で声援を送るが、教師でさえそれを注意する人間はいなかった。
学校の<影の支配者>として、なぜか下級生たちに崇拝されていたので、誰も彼女に逆らう者はいない。それどころか、一部の男子生徒と女子生徒の中には熱烈なファンが存在しており、歓声さえ上がることがあった。
ともあれ、この時の主役は壇上のアンヨであるので、そのかわいらしいルックスにほとんどの目が惹き付けられており、温かい拍手が送られていた。
一限目からの数学の授業にテンションが下がりぎみの顔ぶれが、初雪の机に集まる。習慣というわけでもなかったが、こうして誰からともなく彼女の周りに集まることは、よくあった。
「数学って難しい~。ユキちゃんどうだった、あの変な記号のやつ」すでにその名称すら忘却している梨理夢が尋ねる。
テンションが下がっているのは梨理夢と初雪だけなので、おのずと二人で傷を舐め合うような会話が増える。
「うん、なんか数字の上に屋根つけて、難しくしようという悪意がほの見えるよね」他の教科は問題ないのに、なぜか数学だけが極端に苦手な初雪が同調する。
「あんなもの、全然難しくないだろう。屋根なんて考えてるから、難しくなってるんじゃないのか? 計算の方法さえ覚えれば、誰でも解ける問題だぞ」
学年トップクラスの成績を誇る春風はそう言うが、勉強のできない人間とはそもそも見ている世界が違うのだと、初雪は反論する。
「なんなのさ、ルートって。あれ、どこで使うんだよ。値札に書いてるの、見たことないんだけど?」
やや不機嫌になって、無茶苦茶なことを言う。そういうことではないんだが、という言葉を飲み込んで、春風は黙る。大切な仲間が不愉快になるようなことを、あえて言うような人間ではなかった。しかし、大切な仲間以外には不愉快になるであろう暴言も平気で吐き散らすという欠点もあったが。
「つまり、日常生活にはなぁ~んにも役に立たないってことだよね~?」と、梨理夢。
「その通り。ルートでお金持ちになれたら、誰も苦労はしないんだよ!」
初雪たちのような人々が人生で一度は口にしそうな話を、わりと頻繁に喋るうちに休み時間などは終わってしまう。
「それでしたらテストの際、先生の額に答えを映し出すカンニング装置でも作りますか?」
季瀬姫が突然とんでもないことを言うので、春風は「さすがにそれは、犯罪だろう」と呆れたが、おバカ二人は反応した。
「それっ、天才的発想!」
「さすがは季瀬姫ちゃんですね、それなら、先生は気がつかない!」
初雪と梨理夢が目をキラキラさせて季瀬姫を見るが、当然、そのような不正が許される社会ではない。
「天才的というか、いわゆる悪魔的な発想だな━━いずれにしても、二人が本気にするから滅多なことは言わないほうがいいぞ、季瀬姫」
成績トップクラスチームの片方が、もう片方に助言する。
「冗談ですよ、さすがに悪事はもうしません」
暗黒の過去を持つ季瀬姫が、そう言って笑った。
滑川先生の英語の授業がはじまる。
滑川行夫は四十台半ばだが、どこかの生坂先生などとは違い、その頭髪はしっかりしている。むしろ、しっかりしすぎているくらいで、かなり硬質な剛毛であった。そのため、額が極端に狭く、濃い眉毛はほとんど繋がっていた。
「ハロー、キティちゃんたち」
男子生徒が目に入っていないエロオヤジなので、女子生徒のみに挨拶をする。
「せんせー、今日も変質者丸出しですねー!」生徒を代表して、初雪が発言した。
教卓に教科書を置いた滑川教諭は繋がった眉毛をひょこりと上げて「パードゥン?」とほざいた。
「アメリカでパードゥンなんて言ってる人、見たことないんだけど」
帰国子女の俵原えりかが、みんなに聞こえる声で言う。ここまでの一連の流れが、毎度おなじみになっていた。
両の手のひらを上へ向けるジェスチャーをしてから、授業をはじめる。
「では、ミス・アンヨ。ここのところの英文を、日本語に訳すと、どうなりますかぁ?」
憐れな獲物でも狙うような、ねっとりした視線をアンヨに向けて、滑川教諭が問う。
「はい」と、かわいい返事をして、アンヨが立ち上がり、英文を訳す。「きさまの、おくちからひりだす、はいせつぶつのまえとうしろに、愛してますをつけろ、です」
すらすらと、訳してしまう。それに、滑川教諭のオリジナルである、教育によくない例文を、間違えることなく答えていた。
「エクセレント! 素晴らしい、さすがはわたしのアンヨちゃん━━つまりこの例文の答えとして正しいのは『愛してます、先生、愛してます!』ということになる」
「━━ということは、『先生』が口からひり出したクソってことにならないか?」と、春風。
「にゃはは、なるなる」
初雪は面白くて笑った。先生に対する遠慮などはない。だが、先生をバカにしているわけでもなく、純粋に楽しかっただけだった。
なぜかあらゆる場面で自分の意思を通す力のある初雪は、その権限で隣の席に春風を配置していた。残念ながら梨理夢と季瀬姫は離れていたが、彼女にとって教室内であれば、話せない距離というものはなかった。たとえ授業中だろうと用事さえあれば、一番離れた席にすら、声をかける。それが彼女のやり方だった。
初雪は視界の端で、離れた席に座る梨理夢の不審な動きを捉えていた。
(ん~、あれはりりちん、我慢の限界?)
最近では、そのおかしな生態(?)が完全に周知の事実となってしまい<超残念美少女>として一気に噂が広まってしまった梨理夢は、かえってこそこそする必要がなくなり、以前よりもむしろ快適な学校生活を送っていた。梨理夢にとって外聞などは気にするべくもないことで、それよりも人目を気にする必要がなくなったということのほうが大きかった。
おもむろに取り出した男性の下着を机の上に広げ、よくよく確認してから、その中心部分に顔を押し付ける。
「んん~!」思い切りにおいを楽しんでから、ゆっくりと舌を這わせて、布地に残留した男性の成分を取り入れる。
彼女の味覚は悪魔独特のものであり、人間の女性ではけして味わうことのできない味覚を感じている。
「あっ、ああん!」
ひさしぶりの感覚に、身体がビクンと反応する。
授業中の教室に響いた、その淫らな声に、すべての男子生徒と滑川教諭が反応した。恥ずかしくて俯く者もいれば、目を見開いて梨理夢を凝視する者もいる。性格により様々な反応を示したが、興味という部分では全員が全員、授業どころではなく、梨理夢を気にしていた。
さらに言えば、女子生徒とて、興味がなかったわけではないが、それよりも無関心を装うという心理が勝っていた。
「せ、先生! オレ、ちょっとトイレ」
急に、瀬戸内幻馬という男子生徒が、手を上げて主張した。だが、滑川教諭は意図を汲んで、却下する。
「ダメだ! それなら、わたしが行く!」
いったいなにしに行くんだろうね? と初雪が春風に言うと、春風は「あいつら全員、2ミリくらいの陰茎になればいいのにな」と吐き捨てた。
「2ミリ! のっは! 2ミリって、春ちゃん、げっへっへ!」
ツボに入った初雪が、なぜか先生を指さして笑った。




