只野タケシがおかしい
妹に連れられて、再びこの場所を訪れることになるとは━━浄玻璃探偵事務所。の一階部分にある喫茶店、フィッシュオウルだ。
すでに営業はしている様子だったが、人の気配はない。
外から店内を見た限りでは、お客さんもいないようだった。
『今日、面接行くからね』
朝、急に妹から告げられた夏樹は、準備もなにもできていなかったのだが━━主に心の準備であるが、せめて前日に教えておくのが常識的な考えだと思うのだが、それを非常識な妹に伝えるには、夏樹の言葉では足りなくて、大人しく連れてこられた次第である。
「ちわー、新入り連れてきやしたー!」
威勢よく、お店の中に声を響かせた初雪。
カウンターの向こうにいた男性が、微妙な表情で迎える。
「ああ、はい、いらっしゃい」
よくよく見ても、やはり特徴に乏しいその男性は、声量も普通で、声にもこれといった特徴がなく、これ以上ないというほどの普通ぶりを発揮している。
ノーマルとか、スタンダードとか、そういう言葉がとても似合う。そんな人である。
「いつ見ても普通ですね!」
おそらく人をバカにした発言だと思うが、初雪が笑顔でそう言った。
「ははは、ありがとう。よく言われるよ」性格的にも激しくなく、かと言って大人しくもなく、やはり「普通」という他なさそうだ。
普通の中の普通。つまり、至高の人間なのでは?
なぜかそう思った夏樹は、お兄さんを見る目が変わった。わりと、こーゆー普通そうな人ほど、実は物凄い人だったりするのではないか。そんな可能性を考える。
「ええと……きみが働きたいっていう、夏樹くん?」
対面に立ったお兄さんが、夏樹に尋ねる。
「あ、はい。アルバイトを募集してるって聞いて……」
「そう、じゃあ、働いてもらおうかな。初雪さんの紹介だし、ぼくとしては断れないからね」
え、どういうこと?
初雪って、そんなに権力がある人なの?
と、実の兄さえわからない妹の秘密が知りたかった。
こんなにあっさりと、会話らしい会話もなく採用されるなんて、さすがに考えてなかった。これなら、心配する必要はなかった。最初から、採用が決まっていたようなものだから。
とはいえ、重要なのは採用された後だけど。ちゃんと働かないと、お店にも、そして紹介してくれた妹にも迷惑をかけることになる。
カウンターの後方、上部に額縁に入れられて並ぶ二つの女性のパンティに気がついた夏樹は、目を見開いて、辺りを見回した。
他にはどこも、おかしいところはない。額縁に入ったパンティだけが、意味のわからない、異質な飾りとして存在している。
なんなんだ、あれは?
「あの、ひとつだけ、訊いてもいいですか?」
恐々と、そう切り出してみる。
あるいは、訊いちゃいけないものであるかもしれない。でも、ここで働く限りは、どうしても気になる代物だ。
「あそこに飾ってある下着って、なんなんですか?」
「あれは……」
お兄さんの顔がちょっと歪む。やはり、訊いてはいけなかったのか。
渋々といった様子で、お兄さんが説明をはじめる。
「魔除けみたいな? いや、違うか。思い出の品物というか、なんというか……昔の仲間の物なんだけど━━ずっと隠していたんだけど、見つかっちゃって、それで、飾っておけって言われたから、仕方なく、ね」
は?
一応、説明はしてくれたのであろうが、夏樹はまったく理解できなかった。
話を聞き終えてなお「で、なんなの?」という感想を持っただけだ。
「別れたカノジョのやつとかじゃないの、ほら、あの写真に映ってる人のとか」と、初雪が耳元で囁いて、指をさす。「みんなのコスプレ写真。所長がカッコイイ」
店の壁に掛けられたその写真には、お兄さんも含めた五人の人物がいた。探偵事務所の所長さんと、銀髪の女性もいて、なぜか全員がファンタジーな服装をしている。そして、その中の二人の女性━━おそらく少女━━は見たことがなく、さらに言うと金髪の美女が物凄いハレンチな格好をしている。夏樹はもっと近くで見たかったが、とりあえず視線を外した。妹に感づかれたら、なにを言われるかもわからない。
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったよね」話を逸らすかのように、お兄さんが言う。「ぼくは只野タケシ、一応、ここの責任者をやってます」
「あ、はい。寿々木夏樹です、よろしくお願いします」
夏樹も、今さらながら挨拶をして、頭を下げる。
「じゃあ、さっそくだけど、今日から少しずつ、仕事を覚えてもらおうかな」
との言葉に、夏樹はまたも「聞いてないぞ」と内心文句を言う。話がすべて、急すぎる。
「じゃあわたしは上で所長たちと遊んでくるから、お仕事がんばってね~」
手を振った初雪が、なぜか店の奥━━カウンターの左手方向にある通路に消える。
「え、あいつどこに?」
思わず呟いた夏樹に、タケシさんが答える。
「実は店の中からも、上の事務所に行けるんだけど、もちろん普通のお客さんは通れないからね。初雪さんは、特別だよ」
やはりここでも、妹は特別扱いされるようだ━━我が家の中が、そうであるように。
「まずは━━出勤してきたら、はじめにあのパンツを拝んでもらって……」
最初のその一言で、夏樹はどうも、判断を誤ったのではないかと、強く思った。
冗談なら良かったのだが、タケシさんは訂正することもなく、どうやら本気の指示だった。
(ふふ、いよいよ人生の軌道が狂いはじめたぞ)
なんだか楽しくなってきた夏樹は、飾られたパンティに向かって両手を合わせた。




