涙?
凄く、有意義な時間を過ごせた気がする。
薄暗くも、居心地のいい部屋。
黒い長机に置かれた、多彩な料理。キャンドル。
僕の聞いたことに、冗談を交えながら答えて、明るく笑う彼女。
この時間が、いつまでも続いてほしい。
そう、考えていた。
__________________
「……ごちそうさまでした。」
「ごっそうさまで~した!!」
手を合わせながらそう言った。食事を終えた後は、こうするのが礼儀らしい。
黒い長机の上にびっしりと並べられ、尚且つとんでもない量の色鮮やかな料理を乗せたその器たちの上には。
料理は一切残っていなかった。
全ての器が、綺麗に底をのぞかせている。
僕が全部食べてしまった。
食事の途中でいーださんが「もう無理~~」と伸びてしまい、その後、残ってしまった料理達は捨てられるのだと彼女から聞いた僕は、彼女に聞くべきことなどそっちのけで食に徹した。
そして気づいたら全部食べ切ってしまっていた。
正直、自分自身もびっくりしている。
あれだけの量が口の中に入っていったのだと思うとさすが信じがたい。
しかし、なぜか胃と腹はまったく膨れていない。
ただ、苦しみすら覚える満腹感から、事実なんだと食器たちを見て再確認した。
「いや~やっぱクーはたくさん食べるね~♪素敵だよ~ホント」
「……料理が、おいしかったので。」
「ぁんもうっ!嬉しいこと言ってくれるなぁ!このこの~っ♡」
そう言って、片づけた皿などを片手に肘で小突いてくる。
「ふふっ、じゃあお皿とか片づけてくるから、ちょっと待っててね!」
「…僕も手伝っていいですか。」
「んにひひぃ~、ありがとっ!で~も、私一人で十分だよっ!」
「…でも、そういう訳には」
ちょうど近くに空き皿があった。
片づけようと思い、手を伸ばしたのだが。
その皿が、ひとりでに浮き出したのだ。
その唐突な違和感に驚き、手をひっこめる。
浮いた皿は、彼女の元へ行くまいと、ふわふわと行ってしまった。
よく見渡すと、今のように浮いた皿は一つではない。
彼女が持っている物以外の食器が、すべて浮いて、彼女の周りをうようよとしているのだ。
彼女はこちらを、明らかに自慢げな顔をしながら見据えて、親指を突き立て「ねっ!!」と言うと、浮遊した食器たちと共に部屋を出ていってしまった。
やるべきことが無くなってしまい、どうしようか迷った。
でも特にできることは思い浮かばず、いつの間にか机の上で円を描くように動き回っているふきん達を観察することしか出来なかった。
__________________
ボーっと、大きな窓から外を見つめている。
窓の向こう側には、相変わらず深い霧が立ち込めている。
この霧は晴れることはないのだろうか。
彼女に連れられて来たこの場所に、ずっと鎮座し続けているこの霧。
ぼんやりと明るいその霧は、まるで外の世界を見せまいとわざと居座っているかのように思えて、妬みすら感じた。
さっきまでの食事時、いーださんと会話していてわかったこと。
僕は「水」を含んでいる「生き物」を自在に操れるらしい。
つまり縮めれば、「水」を操れるということにもなるんじゃないかと、自分の思考の中で推測した。
僕の知識が正しいのなら、霧は「水」を含んでるんじゃないか。
そう考え、何かやったことのない儀式を始めるような、小さな胸騒ぎと緊張感を交えて―
「霧さん、どいてください。」
そう小さく窓に呟いた。すると――
さっきまで視界を覆っていた深い霧があっという間に吹き飛んで行った。
途端に部屋が明るくなる。
目の前に新たに開けたのは、遠くまで澄んだ青い世界。
上からは、見たことのない明るい光がひらひらと揺れながら差し込んでくる。
「……『海』の、中。」
思わずそう口にしてしまうほど、美しい青界が広がっていた。
その光景は、不思議と、慣れ親しんだものな気がした。
「クぅ~~~~~~~~~!!!」
後ろから怒号にも悲鳴にも近い叫び声が聞こえた。
「……いーだ、さん?」
「わーっ!やーっ!なんで霧消しちゃったの!??」
「え……。」
「もしかして何か気に食わなかった!?ダメだった!?」
明らかに焦っている彼女を、ただ見つめ返すことしか出来ず。
「あれは大切な、大切な物なのにぃ…」
彼女はペタンとへたり込むと、今度はおろおろと力なく涙をこぼし始めた。
「…あ、す…すみません。消しちゃ、だめだったんですか…?」
「……うぅぅ、謝らなくてもいいけどぉ…うん、消しちゃダメぇ…」
「…ど、どうしましょう。」
「どうしよぅううぅ…うえぇぇぇ…」
ど、どうしよう。
どうやら取り返しのつかないことをしてしまったらしい。
鬱陶しくも感じていたあの霧が。
まさか大事な物だったなんて。
少しでいいから時間を戻したい。そんな衝動が胸を襲う。
そうすれば、もう同じ過ちは犯さないのに。
体から汗がにじみ出てくる。
しくしくとすすり泣く彼女の背中をどうしようもなくさすりながら。
少し、閃いて。
「…も、元に戻ってください!」
そう思わず叫んだ。
途端、小さな地響きと共に窓の外に異変が起きた。
―元に戻った。
ついさっきまでの、忌々しくも堂々とした。
青白く、深い霧が。
再び、窓の外にある。
「……はぁ。」
元に、戻せたんだろう。
よかった。
本当によかった。
彼女はそれを目にして、泳いだ目のまま、信じられないという目で僕を見ている。
これで彼女も泣きやんで
「…うぅぅ」
…で
「うぅぅぅ…!」
くれなさそうだった。
「っうわああぁあああぁん!!!クぅ~~~~~ぅぅ!」
…。
ど、どうしよう。
今度は何が違ったんだろう。
「クぅぅぅぅ~~好きだよおおおぉおおぉおぅうぅ…」
彼女の頭を撫でながら。
自分がしてしまったことを深く反省した。




