おはよう?
………………………。
…「水」の中だろうか。
…足が地面に着いているのか、浮いているのか、解らない。
…前は見えない。闇が広がっている。
…そもそも目が明いていないのかもしれない。
…息はできる。
…ただ、する必要性を感じない。
……。
だんだんと何かが視えてくる。
…岩だろうか。
…いや、違う。
…禍々しい。
…嫌だ。
…これは視たくない。今すぐ目をつぶりたい。
…目が閉じられない。――瞼がない。目を背けることもできず、ただ「それ」を視ることしか出来ない。「それ」もじっとこちらを見ている。こちらを――睨んでいる。
…これは、視ていてはいけない物だ。今すぐ目を背けなくては。でもどうやって。
…こっちを視るな。
…視るな。視るな視るな視るな視るな!
視るなああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
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「…っ!!!」
胸の奥深くが抉られるような感覚と共に、ベッドから飛び起きた。
しばらく頭が働かなかった。
なんでこんな苦しい感覚に陥ってるのか。
はち切れるかもしれないと動揺するほど荒ぶる心臓に、心の中で落ち着くように命令しながら、このよくわからない衝動に耐えるしかなかった。
「…っ。」
体から水が染み出てくる。
いや、これは確か「汗」というんじゃなかったか。
周りを見渡す。
「彼女」の姿はない。
薄暗い部屋。
少し身を乗り出せば届きそうな、隣のベッド。
隣のベッドは少し乱雑に整えられている。
「……………いーださん」
絞りだすように、その名前を口に出す。
「~~~~♪」
少し離れたところからか、上機嫌な鼻歌が聴こえてくる。
その鼻歌の主が誰であるかすぐに解った。
それを聴いて、緩やかな安堵感が自分を撫で始めた。
間もなくして、その鼻歌がこちらに近づいてくる。
「…お!おはよ~クー♪」
扉を開けて寝室に入ってきたのは、僕が「いーださん」と呼んだ存在。
茶色い瞳。薄い金色の髪の毛をだらっと垂らし、揺れる長いもみあげが肩と胸元を滑っている。服は水色と白色のフリフリしたものが何重にも嵩張ったような感じの物。キャミソールという物だったか。下には白いショートパンツ。
それらをまとった彼女の背丈は、見た感じ、僕と大差ないだろう。
僕と目が合うと、何かに気付いたような表情をして小走り気味にこちらのベッドまで寄ってきた。
「大丈夫?どこか具合わるい?」
「……いえ。」
「ほんとに?」
「……はい。」
「ふふっ、じゃあ良かった♪」
そう言うと、僕の左頬に唇を当ててきた。
そしてにこっと笑うと、照れ隠しかのようにストンと僕のすぐ横に座ってきた。
「よく寝れた?」
「……はい。おかげさまで…」
「うんうんっ、寝たりなかったらまだもう少し寝てていいよ♪」
にこやかにそう言ってくれるが、そのつもりはない。
うっすらとしか思い出せないが、ついさっきまで何か「おぞましい者」と対峙していた気がするから。
もうあんなのは……できれば視たくない。
「クー?」
「……あぁ、はい。」
「大丈夫~?」
「…………はい。」
「ホントかな~~??」
にこにこしながら、彼女は寝ている僕の胸辺りに顔を置いて見上げてくる。
「クーぅ。」
「……。」
「朝ごはんたべよ?」
「……ごはん?」
「うんっ!パンでいい?」
「……はい。」
「うんっ!」
そういうと彼女は飛び上がって、扉に向かって駆けていく。
その姿を見て、ふと彼女に聞きたかった事があることを思い出す。
「……あの!」
「おっとっと?」
「……『クー』って、僕の名前ですか?」
「…ふふっ、うん!」
彼女は腕を後ろに回し、ちょっと自慢げに答えてくれた。
「クーは、『クトゥルフ』のクーだよっ♪」
そう言って、彼女は隣の部屋へ去っていく。
彼女の口答のおかげでようやく分かった。
僕は「クトゥルフ」の「クー」と言うらしい。




