外出?
「……。」
僕は、目が覚めた。
いつもの寝室。
部屋はいつも通り薄暗い。
静かで心地よい。
気を抜けばまたすぐ眠りについてしまうだろう。
でも。
そんないつも通りの朝とは、今回は少し違っていた。
「………ク…クぅ?」
「……。」
「…お、起きた?………お、おはよ。」
「……。」
「あ、あれぇ…………クぅ?」
いつもと、起きた時の感覚が違う。
僕の寝ている側に、温かい物がある。
いつもはない、この温もり。
何か解らない。
けど、細くてとても触り心地がよい物で、しばらく動かずにこうして居たい気もする。
「………ク…クぅ……もう、起きた?」
「……ん…」
「うぅぅ……クぅ……このままだと……私が…萌え死んじゃうよぉ………。」
彼女のか細く呼ぶ声が、すぐ側から聴こえる気がする。
こんな近くで僕を呼ぶなんて、どうしたのだろう。
それが気になって、重い瞼を無理やり開いて。
すぐに状況を把握した。
「……あ、おはよっクーぅ。」
「…………え。」
彼女の薄く火照った顔が。
僕の、すぐ目の前にある。
僕に向かって、朗らかに微笑んでくれている。
「…よく、寝れた?」
「……あ…。」
「おはよ?」
「…………おは、よう……ございます。」
僕は今。
普段彼女が寝ている側のベッドに寝ているようだ。
それも、彼女と一緒に。
なぜこっちのベッドで寝ているんだろう。
それを理解するため、寝る前の記憶を探り出す。
昨日僕は、日頃の感謝をこめて彼女に「マッサージ」をしていたはず。
その「マッサージ」は夜遅くまで続き。
…。
その後の記憶がない。
「……僕。」
「ん?」
「……どうして、いーださんの…ベッドに…。」
「…ふふっ、昨日ね?クーが『マッサージ』してくれた後、そのままクーが私の上で寝ちゃったんだよ?」
「……え。」
記憶を頑張って整理した結果。
確かに、そうかもしれない。
あの後、自分自身の疲労の限界がきてそのまま寝てしまった。
それも、いーださんの上で。
「……すっすみません。ぼ、僕…」
「いいよっ♪」
「……あ、あの…」
彼女に。
また迷惑をかけてしまったかもしれない。
「お~い、イーダーそろそろ朝め…………おっとぉ、お楽しみ中だったか~?」
「だぁぁぁぁぁ!ちっがぁぁぁぁぁぁう!見るなぁぁぁぁぁぁぁ!」
「青いね~?早く済ませてくれよ~?」
「ちがうってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!もぉぉぉぉぉぉぉ!」
彼女が、僕たちの寝室を覗き込んできた「だー」さんに向かって怒鳴っている。
どうしよう。
僕のせいだ。
なんてだーさんに説明したらいいか。
しばらく、頭が働かなかった。
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「それで。二人に結局何があったの?」
「だからぁ、何も無かったってばぁ。」
「けっ!嘘付け絶対―――」
「だーくん明日からご飯全部抜きねっ!!」
「解ったよ何も言わね~よ!」
だーさん、どんちゃんさん、いーださんと僕とで、朝食を迎えている。
だが、雰囲気が少し気まずい。
僕が朝目覚めた時に、いーださんとベッドで一緒に寝ていたことが僕たち以外の二人にも知れ、そのことについて今物議されている。
僕のせいだ。
いーださんに謝らないといけない。
何か、いけないことをしてしまった様だから。
「……いーださん、すみません…。僕が悪いんです。」
「もぉ、クーは悪くないよぉ?それに私は別に嫌じゃなかったんだよっ?」
「そりゃそうだな!ていうかお前らもまだ若いんだからそれくら―――」
「だーくん明日からご飯抜きっ!」
「解った解ったもう何も言わね~から!!」
「…二人とも、静かに食べましょう?朝食中でしょ?」
口論するだーさんといーださん。
それを宥めるどんちゃんさん。
そしてその様子を、見ていることしかできない僕。
こんな騒がしい場を作ってしまったのは僕だ。
どうしよう。
その場の空気が重く。
僕は思いのほか、食が進まなかった。
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気まずい空気のまま朝食を終えて、いーださんとどんちゃんさんが片づけをしている所だ。
僕の中の、よく解らない罪悪感がいまだに拭い切れていない。
彼女は怒っているのだろうか。
なんだか、彼女と少し距離が空いてしまった気がする。
それが嫌で、話しかけてみた。
「……いーださん。」
「ん?なぁにクーぅ?」
「……その…。」
「ふふっ、お手伝いは大丈夫だよっ?」
「………はい。」
「もぉ、あんまり気にしちゃダメだよぉ?私、クーと一緒に寝れて嬉しかったんだよ?」
「………ほんと、ですか?」
「うんっ♪だから……また今度、一緒に…寝よ?」
「……はい。」
どうやら、彼女自身は特に怒っていないようだ。
よかった。
「じゃあ、食器片づけてくるねっ。」
「イーダー。私も手伝おうかしら。」
「ううんっ!いつも手伝ってもらって悪いから、今日は大丈夫っ!」
「そう。ありがとうね。」
「うんっ!」
そう言っていーださんは、食器の数々を浮かせて運びながら、部屋を出ていってしまった。
心なしか、いつもより機嫌がいいようにも見えた。
「ふぁ~、ねみぃ~な~。」
「大きな欠伸ね。だらしないわダゴン。」
「いいじゃんたまにはよ~。なぁクト、今日も特訓するか?」
「……はい。お願いしま――――」
僕が言葉を発しようとした時。
突然、僕の体の至る所が、ピリピリと痛みだした。
なんだろう、これは。
針が刺されるような、何かが、細かく潰れるような。
少し痛いけれど、特に体に異常はなさそうだった。
しばらくすれば治るだろう、そう思っていると。
「………なっ!」
「……!」
だーさんとどんちゃんさんが、何かに気が付いたようにバッと上を見上げた。
僕は体に小さな痛みが走る中、その二人の様子が気になって聞いた。
「……どうしたん、ですか?」
「………。」
「………。」
二人は、険しい顔のまま黙ったままだ。
いきなりどうしたんだろう。
「……『ナイアーラ』だろうな。」
「ええ、間違いないわ。」
「……え。」
「どうするか…。」
「…まだ早すぎる気がするわ。」
「俺たちがサポートすれば、何とか…。」
「あの!」
僕の声が届いていなかったのか、少し声を張って二人に呼びかけた。
その声に少し驚きながら、二人は僕に向き合ってくれた。
「よしクト!今日は『実戦』を交えての特訓といくか!」
「ダゴン、本気なの?」
「遅かれ早かれ、いづれこうなるだろうさ。経験を積んでおいて悪いことはないだろ。それにクトの『体』も、それを望むだろうぜ?」
「……そう、だけれど。」
「さあクト!外出の準備しな!」
「……外出、ですか…。」
「おぅよ!」
何があったのだろう。
外出すると言っていたが。
でも確かに、僕も外へ行きたい気がする。
先ほどから僕の体がピリピリと小さく痛む。
これは、発作のようなものではない。
そう、解る。
何かの、「とある原因」が僕の体をこう痛みつけている気がするからだ。
その原因を止める。
そう、僕の体が言っている。
「……わかりました。着替えてきます。」
「おう!早く支度しな!俺も準備するぜ!」
「ダゴン、イーダーはどうするの?」
「あいつは連れていけないだろ?もしものことがあったら、大変だしな…。」
「…そうね。」
「だからハイドラ、お前はイーダーと一緒にいてやってくれ。外には、クトと俺だけで行く。」
「…………わかったわ。」
なんだか。
大変な一日になる気がする。
ここから外出する。
もしかしたら、また何かに襲われるはめになるかもしれない。
それが、少し怖い。
けど、僕はもう何かと戦時しても戦えるはずだ。
だーさんに教えてもらえた事は、今でも頭の中にある。
「実戦」だろうが、なんとかして見せる。
なんとか出来ないと、いけないのだ。
でなければ僕はきっと「真理」を見つけ出せない。
いつまでも、解らないからと言って逃げるつもりはない。
外に出ないと、解らないから。
「………。」
着替えは済ませた。
いつもの、灰色のパーカーとスウェットだ。
動きやすい方がいいだろう。
二人の会話の中に、「ナイアーラ」と言う名前があった。
きっとその人と、今日は会うことになるんだろう。
その人は、何かとんでもない人らしいが。
決心は、ついた。
「よしクト!行けるか!」
「………はい!」
僕はだーさんと駆け足で。
外に行くために、「泉」へと向かった。
「クト……ダゴン……くれぐれも、『正気』を失っちゃ駄目よ…。」
部屋に残されたハイドラは、誰もない虚空に。
そう、物寂しげに呟いた。




