じゅんびします。
日が昇ろうとしている、薄暗い朝。
崖の上で佇む、一人の少女。
彼女「ナイアーラトテップ」は、己の使命を果たすべく。
静かに、準備し始めていた。
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「………そろそろ、ですね…」
体はまだ痛みます。
痛みもなかなか引きません。
ツァトゥグァ、絶対に許しません。
崖の上で佇んで、数時間が経ちました。
体の調子は未だよくありません。
骨折も、当然治っていません。
でも、大人しくしていたおかげである程度「力」が戻って来たようです。
すべての姿にとは言えませんが、何らかの姿に「変身」できる力も戻りました。
これでこの苦痛は多少和らぐでしょう。
元々、この私の「変身」した先の姿は、元はすべて別々の意思を持つ「化身」として、この体とは別にこの宇宙に存在していました。
それぞれ「あの御方」の御意志により、「ヒト」に知識を分け与える者や「ヒト」を滅ぼすために各地に暗躍する者等、様々な役割を担っていました。
今映しているこの脆い「ヒト」の姿もその一つです。
ですがその別々の化身は、ある事を境に「一つの集合体」に纏め上げられてしまいました。
その「一つの集合体」というのが、この私です。
そしてこの私と言う単一個体に「化身」の全てが纏め上げられてしまった原因が。
「旧神」の一人、「ノーデンス」と言う者の死によるものです。
その「ノーデンス」という奴は、「旧神」と言う存在の中でも特に力を有した者でした。
慈悲深い性格で、「ヒト」の仕業やその行く末を永きに渡り見守っていました。
そんな奴を憎む者は大勢いました。
他かが「ヒト」如きのためにその「旧神」の力を使い、他の「旧支配者」や私の事を悉く邪魔してきたのです。
悔しいことに、その奴の「旧神」の力の前にはどの「旧支配者」も手が出せませんでした。
ですが、そんな彼を何とか無力化しようと企んでいた私と、それと同じ理念を抱いていた協力者と力を合わせ。
その「ノーデンス」を殺害することに成功したのです。
彼の殺害に加担してくれたのは、かつての「クトゥルフ」でした。
彼の力と、私の力。
協力し合ったと言うほど綺麗な物ではありませんでしたが、私たちの意気が合致し、共に「旧神」を殺害するため奴に刃向い、見事彼を下しました。
ですが。
奴が死に際に「旧神の力」を解放して創造した「呪印」のせいで。
私とクトゥルフに「呪い」がかけられてしまったのです。
その「ノーデンスの呪い」のせいで私とクトゥルフは、本来持っている力の多くを失い、自分の分身でもある「化身」の数々を一つに纏め上げられてしまいました。
クトゥルフは、彼の本拠地で従えていた末裔や奉仕族たちを。
私は、世界各地に暗躍していた「化身」達を、この今の体にすべて封じ込められてしまったのです。
さらに、その「ノーデンスの呪い」が影響してか解りませんが、私が崇拝している「あの御方」も、最近は元気を無くしてしまっています。
「クト」を喰えという御意志以外の事をあまり申されなくなってしまったのです。
これは、私の中では大変な一大事です。
そして、そんな元気の無くなった「あの御方」と、私にかかっている忌々しい「呪い」を解く方法。
それが、「クト」の中にある「旧神」の力を喰うことです。
なぜ「ノーデンスの呪い」をかけられた彼の中に、その「旧神」の力が眠っているのか。
それは私は解りません。
知らないという訳では無いはずなのですが、彼に関する私の「記憶」の一部が欠損してしまっているのです。
なぜなのかは解りません。これも「呪い」の一部なのでしょう。
でも、そんな理由や理屈などは今はどうでもいいです。
いち早く、「クト」を喰ってこの呪いを解く。
それだけです。
「……準備しないと、ですね。」
まずは、「クト」を外に引きずり出す所からです。
奴が普段住処としている場所には、「海」に属する者以外は立ち入れない結界が施されています。
それにその場所は「深い霧」に覆われて隠されているので、一体どの惑星の何処にあるのかすら特定できません。
なので、「クト」がその場所から出てきた所を狙う他ないのです。
彼はあれでも、無垢で温厚で純情な性格です。
その性格を利用し、彼を崇拝する「信者」共を軽く蹴散らせば、それに逆上して表に出てくることでしょう。
かなり単純な方法ですが、何度かこの方法は試した事があるので今回もうまくいくはずです。
「クト……今度こそは…………。」
私はふうっと姿を変え、「巨翼のある顔無しの黒獅子」に変身して。
その場を飛び立ちました。
この姿でなら戦うにも移動するにも便利です。
他にも便利な姿はあるのですが、取りあえずこれで良いです。
それに、今はお腹が空いています。
「喰い荒らす」のにはこの姿が一番でしょう。
さて、では。
「クト」の信者達の元で「混沌」を起こし。
彼をおびき出しましょうか。




