マッサージ?
「よぉしクト!上出来だ!いいぞぉ!」
「………はぁ…はぁ…はぁ…。」
あの後も、僕はだーさんに指導されながら様々なことを教えてもらった。
主には自分の体に関する実技的なことで、他にも僕の「水」を操る力ならではの術も教えてもらえた。
例えば、自分の体の中にある「水」の変動を利用して、通常の数十倍も高く跳躍する術を得たり。
それの応用で、地面を強く蹴りながら遠くへと一気に前進する術も得た。
どうやら僕が「命令」して動かせる「水」には、自分の体の「水」も含まれるようで、自分の意志さえあればわざわざ「命令」しなくてもいいらしい。
そんな、体を利用した技術が多かったためかもう体力が限界だ。
僕は床に大の字になってごろりと寝転がってる。
「この短時間でよくここまで出来るようになったな!凄いぜ!」
「……はい、教えてくれて、ありがとう、ございます。」
息も絶え絶えでだーさんにお礼を言った。
こんなに体を動かしたのは初めてだ。
体が所々ピクピクと痙攣している。
でも、悪い心地はしない。
体を動かすのは結構楽しいことなのかもしれない。
「うっしゃあ!今日はこのくらいにして、また明日やるか!」
「……はい。そうします。」
「おし!戻ろうぜ!」
もう何時間ほどこうしてだーさんに指導を受けていたのだろう。
時間の経過など忘れて、夢中で自分の体を動かしていた気がする。
過酷だったような、楽しんでいたような。
まだ動き足りないような、そんな気分だ。
ふと自分の手を見た。
さっきまでの固く黒い「爪」はもう無くなっている。
いつから無くなっていたのだろうか。
今度は、あの「爪」を意図的に生成できるように練習しよう。
そんな小さな目標を立てつつ。
「お~い!先行っちまうぞ!」
僕はだーさんについていき、いつもの部屋へと戻っていった。
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「もぉ!二人とも一体何してたのっ!凄い地響きだったんだけどっ!」
「だろぉ!そりゃもうド派手な『トレーニング』を熟して来たからな!」
「どういう自慢なのよそれっ!ねぇクー大丈夫だった?怪我してない?」
「……はい。」
「そかっ!よかったっ♪」
「よし!じゃあ俺は夕飯までちょっと休むとするかな~。」
「ご勝手にど~ぞぉ!」
「何で俺には冷たいんだよ!?」
いつも居る部屋に戻って早々、いーださんが出迎えてくれた。
もう時刻は夕食前。今からいーださんが夕食を作りに行くのだそうだ。
「それじゃあ準備してくるから、ちょっと待っててねっ!」
「……何か、手伝った方がいいですか。」
「ううん、だいじょぶ!ありがとっ♪」
そう言って彼女が軽く僕に抱き着いた後、厨房に向かって行った。
いつも彼女に食事を作らせてしまっていて、なんだか申し訳ない気がする。
今度何かお礼をしよう。
でも、何をすればいいだろうか。
そういえば、彼女と一緒に住んでしばらく経つが、未だに彼女が喜ぶことがいまいち解っていない。
以前行った「デート」にまた誘おうにも、ここから外に出るとまた何かに襲われるかもしれない。
そんな危険を冒してまで「デート」に行くのは、彼女も嫌だろう。
何をすればいいだろうか。
部屋の窓際には、椅子に座って窓を見ている「どんちゃん」さんがいる。
どんちゃんさんに相談すれば、いーださんが喜ぶことが見つかるだろうか。
いつの間にかだーさんも居なくなっているので、この機に聞いてみようか。
「……あの。」
「ん?どうしたのクト。」
「……少し、ご相談があって。」
「ええ、いいわよ。」
そう言って僕の方に向き直ってくれた。
何と言うか、どんちゃんさんの仕草や行動は何となく色気がある。
少し動いただけで、その姿に見惚れてしまうような。
無理やり目を引き付けられるような、そんな感じだ。
「相談って?」
「あぁ…えっと……僕、いーださんに、何かお礼がしたいんです。」
「お礼?」
「は、はい。日頃の…お礼というか……。」
「あら、素敵じゃない。いいと思うわ。」
「でっでも、一体どういうお礼をすればいいか、解らなくて…。」
「…それが相談ね?」
「………は、はい。」
「うーん、そうね。」
どんちゃんさんが足を組んで考え始めた。
やはり難しい相談だっただろうか。
彼女の考える姿を見て、途端に不安になる。
しばらく考えた後、彼女が口を開いてくれた。
「『マッサージ』でもしてあげたらどうかしら。」
「……ま、マッサージですか。」
「ええ。イーダーの体の凝りをほぐしてあげるの。きっと喜ぶと思うわ。」
「……い、いいと思います。でも、どうやるんですか…。」
「やり方は簡単よ。寝ている彼女の背中全体を両親指でぐっと押さえつけてあげるの。力を入れすぎずに、万遍なくね。」
「……な、なるほど。」
「もし可能なら足腰もしてあげるといいわ。彼女頑張り屋さんだから、きっと凝ってるでしょうね。」
「……わかりました。やってみます。」
「ええ。優しくしてあげてね。」
「…はい。」
そう彼女にアドバイスを受けた。
その「マッサージ」と言うのを今日いーださんに試してあげよう。
寝ている彼女の背中を、万遍なく押さえつける。
うまくできるだろうか。
いーださんにとって嫌なことではないだろうか。
あらかじめ、許可を得てから「マッサージ」する事にしよう。
そんな今晩の、僕の小さな作戦が静かに始動した。
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「いゃあ!体動かした後の飯はいいね~!」
「もうっ!ほとんどはクーのために作った物なんだからねっ!」
「二人とも、食事中は静かに。ね?」
「へ~い。」
「は~い。」
賑やかな夕食時だ。
いつも豪華な料理が食べられるこの時間が、毎日の楽しみになっている。
今日はだーさんの「護身術」の指導もあり、いつもよりも空腹気味だ。
それもあるのか、食事の手が止まらない。
僕は数々の料理を夢中でどんどん口に運んでいっている。
「クーぅ?あんまり急いで食べると喉に詰まるよ?」
「……ふぁい、大丈夫れす。」
「ふふっ、一口が大きんだよぉクーぅ!」
「いいぞクト!よく食う奴ほど強くなるんだぜ!もっともっと食い尽くせ!」
「うるさいわよダゴン。静かに。」
「ハイドラさん世知辛いっすねぇ!」
そんな会話を交えながら、楽しい一時は過ぎていった。
「家族」と一緒に過ごすっていい物だな。
この明るい光景を見ていると、つくづくそう思った。
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時間は過ぎて、就寝前だ。
いーださんが隣のベッドで、うつ伏せに寝ている。
それを確認し。
よしと思い、僕は彼女にお礼の気持ちを込めて「マッサージ」を試みる事にした。
「いーださん!」
「うぇ!?く、クー?ど、どうしたのいきなり。」
「……僕、いーださんを…『マッサージ』したいです。」
「え?えっ?」
「……いいですか。」
「え…うえっ……えっとぉ。」
僕がそう言うと彼女は、顔を赤くして僕から目を逸らしている。
反応からして、ダメなのだろうか。
でも、すれば喜んでくれるだろうと「どんちゃん」さんは言っていた。
それにこの「マッサージ」には日頃の感謝の意味もある。
僕がするのでは嫌なのだろうか。
「……だめですか。」
「………えっ……うぅ……その………じゃあ…………ぃぃょ。」
「……え、い、いいですか?」
「……優しく、ね?」
「…はい。」
許可してくれたみたいだ。
僕は彼女のベッドに近寄っていく。
彼女はうつ伏せのままだ。
何故か顔を赤く染めて枕に埋めたままだが、いいのだろうか。
「……じゃあ、『マッサージ』、しますね。」
「…うん。」
どんちゃんさんのアドバイスでは、背中を両親指でぐっと押えると言っていた。
その通り、僕は彼女の背中に親指を置いて。
ゆっくり、ぐっと押さえつけた。
「ふぎぃぃぃい!」
彼女が悲鳴を上げ、びくっと体を跳ねさせた。
痛かったのだろうか。
そこまで力は加えていなかったのだが。
「あっ…す、すみません!痛かったですか?」
「あうぅ…クー、『マッサージ』ってそういうこと…?」
「……え、何か…違いましたか。」
「…なっ何でもないよっ!ちょっと別の…『マッサージ』を想像してただけで………。」
「……も、もう止めた方がいいですか…?」
「い、いや!ううんっ!こういう感じなら、ぜひ続けてほしいなぁ~♪」
「…い、いいですか。」
「うん♪お願いねっ!」
そう言って、「上に乗っていいよっ!」と僕を背中の上へと案内してくれた。
この体勢なら難なくできそうだ。
そうして僕は彼女の柔らかい背中に、親指を万遍なく押し込んでいく。
こんな感じで良いんだろうか。
「…僕、重くないですか。」
「うんっ!平気だよっ!」
「…ちゃんと僕、『マッサージ』できてるでしょうか。」
「うんっ、ちゃんと気持ちいいよ♪」
「……よかったです。」
「ふふっ、ありがとっクーぅ♪」
「…いえ、こちらこそ。普段、お世話になっているので。」
「お世話~?私何もしてないよ~?」
「……いえ、いつも、ありがとうございます。」
「ん~?」
僕の言葉が足りていないんだろう。彼女に伝えたいことが伝わっている感じがしなかった。
彼女にこれまで、数えきれないほどの迷惑をかけ、世話を焼かせている。
それのお詫びと、お礼がしたい。
そう伝えたかったのに。
何故かうまくまとまらなかった。
また今度、こういう機会を作って彼女にもっと伝えたいことを伝えよう。
そんな目標が、またできた。
「んぐぅ~~、ちょっと痛いかも。」
「あ、す…すみません。」
「いいよ♪ありがとねっ!クーぅ!」
「……こちらこそ。」
彼女の体を労る「マッサージ」は。
その後、夜遅くまで続いた。




