護身術?
「よしっそんな感じだ!かっこいい『爪』じゃねぇかクト!」
「………は、はい。」
今、「だー」さんと広い空間に二人きりでいる。
「スウィートホーム」の中にある、普段生活している場所からは少し離れた場所。
周囲は暗く、灯りもない。
だが上からぼんやりと青白い光が降りてきており、それが主な光源だ。
そんなドーム状に広がる何も無い空間で、だーさんに「護身術」を教えてもらっている。
「護身術」といっても、直接体術を教えてもらっているわけではなく、何者かに襲われた時に反射的に反撃できるよう、何らかの「武器」を咄嗟に生成してそれで攻撃する技術を指導してもらっている。
そして今僕は、自分の「爪」を「鋭利な棘」に変貌させることに成功した。
両手の爪が黒く固い、丈夫そうな爪に進化している。
だが、自分でもどうやってこれを生成したのか把握できていない。
ダゴンこと「だー」さんに「気合で作るんだよ気合でぇ!」と喝を入れてもらった結果、こうなっていたのだ。
この爪ならそれなりに攻撃はできるだろうが、自分も触ると危ないし、そもそも戻し方が解らない。
どうしよう。
これは元に戻るんだろうか。
「よしっいいかクト!今のお前はまだ戦闘における知識がない!だからまずはこのお前の『爪』に関する知識から積んでいこうぜ!」
「……はい。」
「よし!じゃあまずはその『爪』でなんか壊してみな!」
「………え…壊す、ですか。」
「おぅよ!ほら!壁を引っ掻いてみるとか!壊れても修復するからよっ!」
「……は、はぁ。」
そう言われて僕は言われるがままに、壁にせっせと近づき、「爪」で引っ掻いてみた。
キイイィィィイィイィィッ!
……
とても不快な音が、広間に響き渡った。
「……だぁぁぁ!ちっがぁ~う!もっとガツンと引っ掻けガツンとぉ!」
「………え、え。」
「ったく!お手本を見せてやるぜ!見てな!」
そう言った途端、だーさんの体が突然ぶくぶくと泡立ち始めた。
グッと力を籠めた両腕を顔の前で交差させ、その場に踏ん張るような体勢になった。
そして徐々に、腕や顔の頬の辺りが「固そうな鱗」に覆われていく。
見るからに、強勢な雰囲気が感じられる姿だ。
そして。
「いいか!こうやるんだぁ!」
ブゥン!
だーさんが思い切り腕を振るうと。
ガダアァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!
「……わっ!」
あっと言う間に。
目の前の景色が一瞬で変わり果てた。
だーさんの腕の一振りによって、周囲の壁や床が豪快に「抉り取られた」のだ。
空間がその衝撃に震撼し、まるで怪物が爪痕を残したような無残な光景が僕の目の前に飛び込んできた。
なんと恐ろしい威力なんだろう。
普段温厚そうに見えた「だー」さんに、まさかこんな力があったとは。
あまりの衝撃に、体が竦む。
「とまあこんな感じだ!やってみな!」
「……む、無理です。」
何をすればこんな事になるんだろう。
自分にはこれは不可能だ。
目の前の光景を見て、率直にそう思った。
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その後もだーさんの指導は続いた。
さっきだーさんによって「抉り取られた」床と壁は、いつの間にか綺麗に修復されていた。
誰かが修復したのではなく、「自ずから勝手に再生した」ようだった。
一体ここはどうなっているのだろうか。
まるでこの建物が「生きている」ような感じだ。
「……え、えいっ!」
フンッ
「違ぁーう!もっと思いっきりやってみろ!こう!こうだ!こう!」
「……そ、そういわれても…。」
先ほどだーさんがやって見せた怪現象を僕にやらせるつもりなのか、こうして執拗に指導されている。
あんなのどう考えても不可能だ。
「……む、無理ですよ…。」
「できるんだよお前はよぉ!お前がその『爪』で本気出してこの建物引っ掻けば、こんな場所一瞬で真っ二つにできるぜ!たぶん!」
「……そ、そんな…。」
「感じを掴むだけで良いんだよ!だからひたすらやるんだ!な!」
「……うぅ。」
僕は目を泳がせながら、だーさんの言われた通りに続けた。
やっていてだんだん恥ずかしくなってくる。
どうやっても、あんな豪快な一振りはできそうにない。
僕にはあれはできない。
何をやっているんだろう僕は。
「…いいかクト。」
「……は、はい。」
半分諦めていた僕に突然、だーさんが真剣な表情になって話を切り出した。
いきなり向けられた真剣な眼差しに、思わず息をのむ。
「この前言ったの覚えてるか。『ナイアーラトテップ』のこと。」
「は…はい。」
「実はあいつもな、お前の中にある『あるべきでない力』を、お前から奪おうとしてるんだ。」
「………僕から、奪う…?」
「そうだ。お前があいつの力を奪おうとしてるのと同じでな。」
「……。」
「つまりだ。あいつはお前のその『あるべきでない力』を奪うためなら、どんな手段でも使ってくるぜ。きっと、周りを巻き込んでもな。」
「………周りを。」
「そうだ。もしかしたら『イーダー』を利用してでも奪いに来るかもしれないぞ。お前の力を引き出すためにな。」
「…いーださんをっ!?」
「ああ。あいつならやりかねない事だ。そんだけ、あいつは危険な奴なんだよ。」
「……。」
「そんな奴にお前は狙われている。それがどういう意味か、もう解るな?」
「……はい。」
そうだったと、僕は自分を見つめ直した。
その「ナイアーラトテップ」さんは、危険な人だ。
彼女「いーだ」さんすら巻き込んでしまうかもしれないその存在が、今僕と関係しているのだ。
もう彼女を、巻き込むわけにはいかない。
僕が、守らないといけない。
「解るだろ?お前は今すぐにでも戦える力をつけて置かなきゃいけないんだ。お前自身と、『イーダー』を守るためにな!」
「……はい…そうでした。」
「そのためなら、『無理』とか『解らない』で事を済ませちゃだめだと俺は思うんだが?」
「……はい!」
「よっしゃあいい返事だ!さあ続けるぞ!今のお前には、『馬鹿げたほど強力な力』が必要だ!だがもうお前はそれを持ってる!あとはそれを引き出すだけだ!」
「…はい!」
決意が固まった。
だーさんがここまで言ってくれるなら、僕にもそんな力があるはずだ。
そう彼を信じて。
僕はだーさんの指導に、忠実に勤しんだ。
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その結果、本当に出来てしまった。
だーさんがさっき見せた、地形をがらりと変えてしまうほどの腕の一振り。
あれほどとまではいかないが、僕が振るった「爪」が、直接床や壁に触れることなく大きな傷跡を残せるくらいにまでなって来た。
自分でもどうやっているのか解らない。でも、できている。
これなら、襲われた時もある程度戦えるかもしれない。
そんな自信が、沸々と僕の中で煮え滾って来た。
「いい感じじゃねえかクト!痺れるぜぇ今の!」
「……。」
「お?どうした?」
「…次はもっと、強くやってみます。」
「お!火が付いてきたな!その意気だ!そのまま全部ぶっ壊しちまえ!」
「……全部、ぶっ壊す………ですか。」
全部ぶっ壊す。
物騒な言葉だ。
でも。
僕なら本当に、できてしまうかもしれない。
そんな謎の自信が出てきた。
自分の手を見る。
固く長い「爪」がギラリと光っている。
いつか僕の腕から生えた、白い怪物の腕にあった「鉤爪」。
あれには到底この「爪」は及ばないだろう。
でもあの怪物の腕に、近づける気がしてきた。
「おうクト!手が止まってるぞ!」
「……はい。」
もっと力を備えよう。
守るべきものを守れる力を。
そして、守るがゆえに壊すべき力を。
そんな何かを探る様に、虚空を引っ掻いた。
その僕が引っ掻いた軌跡が。
ガダアァァァァァァンッ
その空間を、ひどく抉った。
「………。」
「ふぅぅ~!いいね~!爽快だぜ!」
これは果たして「護身術」なのだろうか。
なんだか、思っていたのと違うような。
無残にも抉れた周囲を見て。
そう疑問に思った。




