誤解?
………………………。
…いつか見た、「水」の中だ。
…ふわふわと、浮いている気がする。
…前は、やはり暗くて見えない。
…見えなくても、これから視えてくる物が、解る。
…きっと、あの時視た物だ。
…これはできれば視たくない。
…視るのが、怖い。
…だから。少しでもこの恐怖感をぬぐうために。
…「あなたは、誰なんですか。」
…未知なるそれに、聞いてみた。
「―――やっと話しかけてくれたね。」
…返事があった。
…寒気がし、押し寄せる恐怖感がどんどん増していく。
…でも、これと向き合わなければいけない気がする。
…震える体から、絞り出すように声を投げかける。
…「そこで、何をしているんですか。」
「―――ここで、眠っているんだよ。」
…「どうしてそこで眠っているんですか。」
「―――ここで、眠っていなきゃいけないからだよ。」
…「退屈じゃないですか。」
「―――退屈だよ。でも、楽しいよ。」
…「楽しいんですか。」
「―――君を通して、楽しませてもらってるんだよ。」
…「僕を通して、ですか。」
「―――君が視ているものは、僕の視ているものだから。」
…「あなたの、お名前は。」
「―――僕の名前は、クタ――――――――………
………………………。
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「……っ!」
僕は、ハッと目が覚めた。
なんだか、長く怖い夢を見ていた気がする。
いつか夢の中で見た、「おぞましい者」を再び見てしまった。
その存在と、僕は会話していた。
どんな会話だったかは、もう覚えていない。
「……。」
心臓がどきどきしている。
うっすらと汗をかき、手が震え、足も動かない。
一人でいるのが、途端に怖くなる。
あれは、何なんだ。
隣のベッドに目をやる。
彼女はもういない。
寝室には僕しかいない。
でも、なんだか。
寝ている僕の真後ろに、誰かがいるような感覚がして。
怖くて一人じゃ起き上がれない。
後ろを見るのも怖い。
嫌だ、だれか。
「クト。」
突然声がして、体がビクッと跳ね上がる。
この声は。
「どんちゃん」さんの声だ。
声がして間もなく、僕の視界に「どんちゃん」さんが写りこむ。
柔らかい表情で、優しく微笑んでくれている。
「おはようクト。大丈夫?」
「…………はい。」
「…怖い夢でも見たの?でも、もう平気よ。」
そう言って、僕の額にそっと手を置いてくれた。
その手は細く、ひんやりとしていて。
思わず目を瞑ってしまうほど、優しくて心地よい感触だった。
「………どんちゃんさん。」
「…何かしら。」
「………おはよう、ございます。」
「ええ、おはよう。」
「……………。」
「起きれそう?」
「……はい。」
さっきまでの恐怖感など忘れ、僕は気兼ねなく体を起こすことができた。
彼女の、「どんちゃん」さんのおかげだ。
僕はふと、彼女に目がいった。
紺色の長髪に、紺色の優しい瞳。
すらっとした体つきに、いくつかの腕輪。
昨日までとは違い、どこか色気のある格好をしている。
思わず、その姿に見惚れてしまった。
僕の視線に彼女も気づいたのか、僕の側にゆっくり座り込んで。
僕のことを、無言でじっと見つめている。
「……。」
そんな彼女の姿振る舞いに。
思わず僕は、彼女に向けてすっと手を伸ばしてしまい―。
「クぅぅ~~~~~~~~~~!!」
突然寝室に、いーださんの甲高い声が響き渡る。
その声に思わず体が委縮してしまった。
寝室に入って来たいーださんは、早歩きでずかずかと僕に近寄ってくる。
「……いーだ、さん…?」
「ねぇクー今どんちゃんに何かしようとしたよねっ?してたよねっ!?」
「え、いえ…そんなことは…。」
「うぅぅ~どんちゃん!大人の色気使うなんて卑怯でしょっ!」
「誤解よイーダー。落ち着いて。ね?」
「むぅぅ~!クーが触っていいのは私だけなのぉ~っ!」
そう叫びながら彼女は、僕を押しつぶさんとばかりに上にのしかかって来た。
彼女の軽い体が、僕の上でずんっと跳ねる。
僕はどう対応していいのかわからず、そのまま彼女に潰されたままになってしまった。
「うぅぅ~こんな近くに宿敵が潜んでいたとは…どんちゃん!クーは絶対渡さないんだからねっ!」
「もう一度言うわ。誤解よイーダー。」
「う゛ぅぅぅぅぅ!」
「…威嚇しないでもらえるかしら?」
彼女が低いざらざらとした声で唸りながら、どんちゃんさんを睨みつけている。
こうなったのは、やはり僕のせいだろうか。
「クトも起きたようだし、私は先に朝食をとらせて貰うわ。それじゃあ二人とも、またあとで。」
そう言うと、どんちゃんさんは寝室を出ていってしまった。
しばらく、静寂に包まれた。
どうしよう。彼女はまだ僕の上に乗ったままだ。
なんていえばいいだろうか。
「クーっ!」
「はっはい。」
彼女がバッと、僕の方に向き返った。
ちょっと、怖い顔をしている。
「どんちゃんに何しようとしたのっ!」
「……そ、その…。」
「まさかっ!何かイヤらしいことでもしようとしたんじゃ無いよねっ!」
「……え、えっと…。」
「…むぅぅぅ~。」
彼女が何が言いたいのか、なんとなく解った。
思わずどんちゃんさんの可憐な姿に手が伸びたのは事実だ。
言い訳するつもりもない。
あれは、してはいけないことだったのだ。
もうしないようにしなくては。
「……もう、しません。」
「ホントにっ?」
「……絶対、しません…。」
「…ふふっ、なら許しますっ!」
「………ありがとう、ございます。」
そしてすぐ、彼女が僕の上から退いた。
解放された僕は体を起こしたが、起こした瞬間彼女がまた僕にしがみ付いてきた。
なぜかまた拘束されてしまった。
どうしてだろう。
「…私の体じゃ、不満…?」
「……え。」
「…ううん、何でもないっ!朝ごはん食べよっ♪」
「………はい。」
一瞬曇った表情になった彼女が少し気になった。
どういう意味だろう。
なんにせよ、あとでもう一度彼女に謝ったほうがいいかもしれない。
彼女についていき、僕は隣の部屋へと向かった。
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「よしクト!今日はお前に『護身術』を教えてやる!」
「……『護身術』…ですか。」
「おう!襲われた時にも対処できるように鍛えとかないとな!」
「……はい。」
今、4人で机を囲みながら朝食を取っている所だ。
いつものように、量の多い料理が目の前にずらりと並んでいる。
そして「だー」さんが、そんな話を持ちかけてくれた。
今日この後「だー」さんに何か教えてもらえるようだ。
「護身術」と言っていたが。
「だーくんっ!クーにもし痛いことしたら私が許さないからねっ!」
「そんな痛いことなんてしないって!ちょっとしたイメトレだよイメトレ!」
「不安だなぁ…クーぅ?もし痛いことされたら教えてねっ?」
「……は、はい。」
「…ちょっと俺の信用薄すぎない?」
「元から信用なんてしてないもんっ!」
「ひどくない!?」
そんな会話が続く。
何はともあれ、戦う術は確かに身に付けておいた方がいいかもしれない。
「ナイアーラトテップ」という人の持っている「力」を奪いとれと、僕はこの二人に言われた。
今後、その人と対峙する時が来るかもしれない。
できれば戦いたくはない。
でも、その時になって僕が何もできなければ、また誰かに迷惑をかけることになる。
もうそれだけは御免だ。
「ってことで!いいなクト!俺が直々に戦いのイロハを教えてやるからな!」
「………はい。よろしく、お願いします。」
こんな頼りない体で何ができるのか解らない。
でも、僕の中にいる「もう一人の僕」でなくても、戦えなければいけない。
そんな気がするから。
いつか来る戦いの時のために、知識をつけておこう。
そう胸に言い聞かせ、僕は朝食を続けた。




