王座の間?
「…………ふん。来たか。」
燃え盛る炎に包まれた球の中。
「炎」の世界に入り込んできた「水の主」の存在を、実態のまだない「炎の主」がいち早く察知した。
野太い、焦げたようなガラガラとした声で独り言を呟いている。
「…果たして『今回の』こやつは、どこまで辿り着いていることやら。」
嘲笑うように吐き出したその声は。
どこか、しみじみとしているようにも聴こえた。
__________________
「泉」を潜って、「燃える」世界に僕たちは降り立った。
「…………暑い、ですね。」
「うんっ。大丈夫?」
「…………はい。」
「いつでも『水』かけてあげるからねっ?」
「…………はい。」
あまりの暑さに、意識が飛びそうになる。
両手で抱える、つっちーさんから貰った「土偶」を落とさないよう意識を保つのがやっとだ。
辺りの景色は一面、ドス黒い岩石で埋め尽くされている。
その岩石の所々から炎がボッと溢れだし、たまにドロドロした赤い「溶岩」が飛び出ている。
空も、ほとんどが「黒煙」なのだろう。赤い灯りをたまに映しながらもくもくとしている。
この世の終わりでも見るかのような、そんな光景が目の前に広がっている。
僕はそんな光景を目にし、今にも意識が遠くなりそうな錯覚を覚えた。
こんなところにその「クトゥグア」さんがいるのか。
「クトゥグア」さんは「炎」に纏わる力の持ち主だといーださんから教わったが。
どんな見た目なのだろうか。考えるだけで身が震えてくる。
ふと周りを見渡すと、ここに住んでいる住民だろうか。全身がちらちらと燃えている「ヒト型」の何かが、こちらを指さしけらけら笑っている。
どうして笑っているのだろう。
なんだか、腹が立つ。
「クトゥルフ様、そしてイーダー様でございますね?」
しばらく歩いていると、誰かが僕たちに話しかけてきた。
気づけば目の前に、同じ恰好をした複数の何者かが立っている。
彼らも、体から小さな炎が不規則にボッと出ている。
僕たちの目の前で静かに姿勢を下げ、会釈してくる。
「『クトゥグア』様が、『王座の間』でお二人をお待ちしております。」
「恐縮ながら、私共がご案内させて頂きます。どうぞこちらへ。」
そう言うと、向きをかえ何処かへと歩み始めた。
あれについていけばいいのだろうか。
「(ねぇクー?)」
彼女、いーださんが小声で僕に話しかけて来た。
僕もなるべく小声で、彼女に応答する。
「(…なんでしょう?)」
「(いい?『クトゥグア』がもし襲いかかってきても、クーがあいつにちょっとでも触れられたら、クーの勝ちだからねっ!)」
「(…触れる、ですか?)」
「(うん!アイツ、クーには弱いから!おっけー?)」
「(……はい。)」
そう彼女に指示してもらった。
危なくなれば、とりあえず「クトゥグア」に触れればいいらしい。
触るとどうなるのだろうか。
周りにいる人たちのように、もしその「クトゥグア」も体に炎を燈しているなら、きっと触ると熱いだろう。
大丈夫だろうか。急に不安になってきた。
__________________
彼らに案内されるがままについていくと。
とても広い空間に出た。
目の前に、山のようにそびえ立つ黒い「祭壇」があり、その上へと登る階段が長々と続いている。
そしてその祭壇の真上に、巨大な「炎の球」が浮いている。
その「炎の球」を中心にして楕円型に広がる赤い塵が舞っており、まるでその全体像が一つの「生き物」のように見える。
昨日いーださんと一緒に見た「星」の本のなかに、この光景と同じ形をした「星」があった気がする。名前までは覚えていない。
ここが「クトゥグア」のいるという「王座の間」らしい。
周りには、先ほど見かけた住民と同じような見た目の人たちが沢山見受けられる。
やはり、僕を指さし何か言いながら笑っている。
何がそんなに可笑しいのだろうか。
「『王座』はこの祭壇の頂上にございます。頂上までいらして下さい。」
ここまで案内してくれた彼らがそう言うと。
いきなり全身に炎を纏い、ブオォーっと音を鳴らしながら祭壇の頂上まで勢いよく飛んで行ってしまった。
階段を登ってこいと言う意味だろうか。
「…登ろうか、クー。」
「………はい。」
暑さがより一層増したこの空間で、僕たちはゆっくりと祭壇を登っていく。
足が重い。気を抜けば今にも倒れそうだ。
そんな意識が朦朧とする中。
途中で、周りから声が聞こえてくる。
〈へっへ、見ろよあの『アホ面』〉
〈あんな『ひょろひょろ』したのが『水の主』だとぉ?〉
〈信じらんねー。〉
〈ヒヒッ笑わせる、お呼びじゃねーんだよ〉
〈『クトゥグア』様にひねり潰されちまうんじゃね〉
〈ヒャッハッハッハッハ!〉
どれも、僕に向けられているものなのだろう。
なんだか、悲しい。
僕はこの人たちに、悪いことをするつもりはないのに。
むしろ、仲良くしたいとすら思う。なのに。
どうしてそこまで言われなきゃいけないんだろう。
胸の中がきゅっと締め付けられるような感じがした。
「大丈夫だよっクー。」
「……。」
「あんなの言わせておけばいいんだよ。気にしちゃダメ。ねっ?」
「……はい。」
彼女にそう励まされ、急な階段を上ることにだけ集中する。
長く、暑い。
でも、進まないと帰れない。
ひしひしと、踏み込むように階段を上っていく。
ようやく、頂上の「王座」に付いた。
「祭壇」の頂上は広く、奥の方には存在感を放つ豪勢な椅子がある。
周囲には、さっき案内してくれた人たちが何人か見受けられた。
そのうちの一人がこちらに歩み寄ってきて。
「御貢物をこちらへ。」
と、膝をつき両手を差し出してくる。
きっとこの両腕で持っている「土偶」のことだろう。
僕はその人に「土偶」を渡すと、そのまませっせと奥の豪勢な椅子の所まで持って行ってしまった。
〈『クトゥグア』様がお見えになるぞぉ!〉
〈お前ら『火』は持ったかぁ!?〉
〈『クトゥグア』様バンザイ!〉
〈イーアッ!クトゥグア!〉
〈イーアッ!クトゥグア!〉
〈イーアッ!クトゥグア!〉
祭壇の周囲を取り囲んでいた人たちが、声を揃えて何やらにぎわい始めた。
その中には、火のついた棒をぶんぶんと振り回す者や、自分の燃える体に「黄色いドロドロの液体」を注いだりする者もいる。
まるで何かの儀式でもやっているかのような、殺伐とした雰囲気に彩られている。
目の前では、豪勢な椅子の上に置いた「土偶」に向かって、何かぶつぶつと言っている人たちがいる。
何をしているのだろう。そんな光景をボーっと見ていたら。
突如、真上にある「炎の球」がカァーッと激しく輝き始めた。
炎の勢いも更に増し、今にも爆発しそうだ。
その現象に、周囲の人たちから歓声が起こる。
そしてその「炎の球」から、まるで渦を巻くように炎がすじ状に降りて来て。
椅子の上の「土偶」にそれらが纏わりついている。
そして、それらの炎が「ヒト」の形を模して。
パアッと弾け、炎の中から「黒い姿」の「大男」が現れた。
その「大男」は、炭のように黒い両手を左右に広げ、真上を見上げている。
まるで、自分が君臨した事を主張するかのように。
そして、大声で。
「我、ここに至れり!!!!!!」
その声に答えるかのように、周囲から絶叫するような大きな歓声が、祭壇を震撼させた。
これが。
この黒い「大男」が。
「クトゥグア」さんなのだろうか。




