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記憶を失くした旧支配者  作者: 南瓜
8日目
21/45

出発?

 ――――。

 

 朝だ。


 目が覚め、天井がかすんで見える。

 

「…。」


 少し緊張した趣で、僕は体を起こす。


 今日は「クトゥグア」という人に会いに行く予定だ。

 目的は、「挨拶」しに行くだけ。

 つっちーさんに会っておけと言われたものの、未だその理由は定かではない。

 

 その「クトゥグア」さんはいい人だろうか。

 いーださん曰く、「うるさい人」と言っていたが。

 

 もしかしたらその「クトゥグア」さんに襲われるかもしれない。

 あの「ハスター」のように、僕を攻撃してくるかもしれない。

 わざわざ会いに行かなければならない存在なのだろうか。

 不安が募るばかりだ。


 

 体を起こし、鏡の前に立つ。

 

 いつもの僕が、相変わらずボーっと立っている。

 ほっそりとした体が、なんとも頼りない。

 こんな僕で、彼女を守れるのか。

 でも、守らなきゃいけない。彼女だけは。



 もう隣のベッドに、その彼女の姿はない。

 朝食を作りに行ってるのだろうか。


 

 朝食。

 そう言えばと、一つ頭に思い浮かぶことがある。


 彼女は、食事の時に大量の料理を運んできてくれる。

 あの料理は、彼女一人で作っているのだろうか。


 ここに住んでしばらく経つが、彼女と僕以外にここには誰もいないはずだ。

 なにせ「二人っきりのスウィートホーム」なのだから。


 もしあれだけの料理を一人で作っているなら、相当の負担を彼女にかけているに違いないだろう。

 それは気が引ける。


 気になり、少し駆け足で部屋を出た。


__________________


 誰もいない、広く薄暗い廊下を彷徨っている。

 

 僕たちしかいないはずなのに、なぜこんなに広いのだろうか。

 深い霧越しにぼんやりと照らされる、青白い灯り。

 それを頼りに、彼女を探す。


 廊下には、裸足でぺちぺちと歩く僕の足音が響く。

 彼女はどこだろう。どこであんな料理を作ってるんだろう。


 よく耳を澄ますと、何処かから金属を叩くような音が聞こえてくる。

 音がするのなら、そこに彼女がいるのだろう。

 僕はその音をたどって廊下を進む。


 すると間もなく、灯りを覗かせている部屋が見つかった。

 その部屋からだろうか。


「~~~~~♪」


 彼女の鼻歌が聴こえてきた。

 間違いない、あそこだ。

 僕はその部屋に近づき、中をそっと覗く。

 その中では―― 


__________________

 

「~~~~~♪」


 広い厨房の中で、不思議な光景が広がっていた。

 

 彼女の鼻歌に合わせて踊るかのように。

 周りの調理器具が、ひとりでに動いている。

 しかも一つや二つではない。部屋の中ほぼ全ての物が、勝手に動いている。


「…お?クーっ!おはよっ♪」

「……おはよう、ございます。」


 彼女が僕に気付いて、こちらを向いた。

 僕はその部屋の中にすっと入っていく。


「ふふっ♪もうちょっとだけ待っててねっ!すぐできるからっ!」

「……これ全部、いーださんが、動かしてるんですか?」

「うんっ!凄い?」

「…はい。」


 なんとも、不思議だ。

 

 食材が勝手にまな板の上に行き、それを勝手に包丁が切り分ける。

 切り分けられた食材が、それぞれ調理されに各所に散らばる。

 そしてその食材の上で、調味料が入った小瓶等がふたを開けて踊る。

 食材の不要な部分も、勝手にゴミ袋の中に入っていく。

 そしてあっという間に、大きな皿の上にどんどん完成した料理が盛り付けられていく。


 詳しい理屈はまったくわからない。

 これだけの多くの物を、彼女が操って料理しているのか。

 これを見れば、あれだけ大量の料理が作りだされるのも納得いく気がする。


「よかったらつまみ食いしていく~?」

「……あの。」

「ん~?」

「…こんなにたくさん動かすの、大変じゃないですか?」

「ん~別に大変じゃないよ?もう慣れちゃったしっ♪」

「……そうですか。」


 彼女の様子を見る限り、料理することに特に苦労している感じはなかった。

 良かった。そう思い、彼女の料理する姿をしばらく見つめていた。


__________________


 そんな彼女の作った朝食を食べ終えて、出発の準備をすることにした。


 準備と言っても、僕は特にすることはない。

 いつも通り動きやすいパーカーとスウェットに着替えて、つっちーさんからもらった「土偶」を持つだけ。

 

 僕はいつでも出発できるが、彼女はまだ準備ができていないようだ。

 そういえば、どこで彼女は身支度しているのだろう。

 いつもこの寝室とは別の場所で着替えたりしているようだが。


 寝室を出て、食事をとった広い部屋に出る。その部屋の奥。

 すぐ真正面にあるもう一つの扉に目が行く。

 あそこにはまだ入ったことはない。あそこにいるだろうか。

 

 その扉に近づき、そっと扉を開けて中を覗いた。


「……お?」

「…あ。」


 

 まさに着替え真っ最中の、彼女と目が合う。


 服に体を通そうとする途中だったのか、透き通るような彼女の綺麗な背中が目に入る。その光景に、一瞬見惚れてしまう。

 

 途端、彼女の目が見開かれ、顔が真っ赤に染まっていく。そして。


「やああぁぁ!!クーのえっちぃぃぃ~~!」

「…わ、すっすみません」

 

 僕は急いで扉をバタンッと閉める。

 また彼女を困らせることをしてしまった。

 

 どうしよう。怒らせてしまったかもしれない。

 

 間もなくして、彼女が部屋からがチャっと出てきた。


 長い金髪を後ろで二つに束ね、白いシャツの上に、鈍色のチェック柄のジャケットを羽織っている。

 下は灰色のフレアスカートに、黒タイツ。


 そんな彼女が、腰に手を当て、頬を膨らませこちらを睨んでいる。

 

「む~~~~!」

「そ、その……本当に―」


  すると彼女は、僕に優しく抱き着いてきてきれた。


「……え。」

「ふふっ♪怒ると思った?」

「…はい。」

「もうっ!ダメだよ女の子の着替えを覗き見なんてっ!」

「……はい。もう、しません…。」

「ふふっ♪えいっ!」


 彼女が指で僕のでこを突いてきた。

 特に怒っているわけではないようだ。よかった。


「準備おっけ~?」

「…はい。」

「よしっ!行こうクーぅ!」


 

 出発の準備はできた。

 僕はつっちーさんに貰った「土偶」を両手で抱え、持って行く。

 彼女も、「デート」の時に持ってたのとは違うバッグを持っている。


 これからどうなるか解らない。

 何があるか、とても不安だ。

 そんな緊張も携え、彼女と並行して「泉」へと向かう。

 いつものように「泉」を通して「クトゥグア」さんのいる所まで行くらしい。



 「泉」についた。

 その「泉」の表面には、赤くメラメラした物が映し出されている。

 どこか暗いところのようだ。

 とても、行き先が不安になる光景だ。


「いくよっ、クー。」

「……はい。」


 彼女と、その「泉」の中へと足を踏み入れる。




 何があっても。


 彼女だけは守りたい。






 その決心だけは、いくら不安でも決して揺らぐことはなかった。



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