出発?
――――。
朝だ。
目が覚め、天井がかすんで見える。
「…。」
少し緊張した趣で、僕は体を起こす。
今日は「クトゥグア」という人に会いに行く予定だ。
目的は、「挨拶」しに行くだけ。
つっちーさんに会っておけと言われたものの、未だその理由は定かではない。
その「クトゥグア」さんはいい人だろうか。
いーださん曰く、「うるさい人」と言っていたが。
もしかしたらその「クトゥグア」さんに襲われるかもしれない。
あの「ハスター」のように、僕を攻撃してくるかもしれない。
わざわざ会いに行かなければならない存在なのだろうか。
不安が募るばかりだ。
体を起こし、鏡の前に立つ。
いつもの僕が、相変わらずボーっと立っている。
ほっそりとした体が、なんとも頼りない。
こんな僕で、彼女を守れるのか。
でも、守らなきゃいけない。彼女だけは。
もう隣のベッドに、その彼女の姿はない。
朝食を作りに行ってるのだろうか。
朝食。
そう言えばと、一つ頭に思い浮かぶことがある。
彼女は、食事の時に大量の料理を運んできてくれる。
あの料理は、彼女一人で作っているのだろうか。
ここに住んでしばらく経つが、彼女と僕以外にここには誰もいないはずだ。
なにせ「二人っきりのスウィートホーム」なのだから。
もしあれだけの料理を一人で作っているなら、相当の負担を彼女にかけているに違いないだろう。
それは気が引ける。
気になり、少し駆け足で部屋を出た。
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誰もいない、広く薄暗い廊下を彷徨っている。
僕たちしかいないはずなのに、なぜこんなに広いのだろうか。
深い霧越しにぼんやりと照らされる、青白い灯り。
それを頼りに、彼女を探す。
廊下には、裸足でぺちぺちと歩く僕の足音が響く。
彼女はどこだろう。どこであんな料理を作ってるんだろう。
よく耳を澄ますと、何処かから金属を叩くような音が聞こえてくる。
音がするのなら、そこに彼女がいるのだろう。
僕はその音をたどって廊下を進む。
すると間もなく、灯りを覗かせている部屋が見つかった。
その部屋からだろうか。
「~~~~~♪」
彼女の鼻歌が聴こえてきた。
間違いない、あそこだ。
僕はその部屋に近づき、中をそっと覗く。
その中では――
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「~~~~~♪」
広い厨房の中で、不思議な光景が広がっていた。
彼女の鼻歌に合わせて踊るかのように。
周りの調理器具が、ひとりでに動いている。
しかも一つや二つではない。部屋の中ほぼ全ての物が、勝手に動いている。
「…お?クーっ!おはよっ♪」
「……おはよう、ございます。」
彼女が僕に気付いて、こちらを向いた。
僕はその部屋の中にすっと入っていく。
「ふふっ♪もうちょっとだけ待っててねっ!すぐできるからっ!」
「……これ全部、いーださんが、動かしてるんですか?」
「うんっ!凄い?」
「…はい。」
なんとも、不思議だ。
食材が勝手にまな板の上に行き、それを勝手に包丁が切り分ける。
切り分けられた食材が、それぞれ調理されに各所に散らばる。
そしてその食材の上で、調味料が入った小瓶等がふたを開けて踊る。
食材の不要な部分も、勝手にゴミ袋の中に入っていく。
そしてあっという間に、大きな皿の上にどんどん完成した料理が盛り付けられていく。
詳しい理屈はまったくわからない。
これだけの多くの物を、彼女が操って料理しているのか。
これを見れば、あれだけ大量の料理が作りだされるのも納得いく気がする。
「よかったらつまみ食いしていく~?」
「……あの。」
「ん~?」
「…こんなにたくさん動かすの、大変じゃないですか?」
「ん~別に大変じゃないよ?もう慣れちゃったしっ♪」
「……そうですか。」
彼女の様子を見る限り、料理することに特に苦労している感じはなかった。
良かった。そう思い、彼女の料理する姿をしばらく見つめていた。
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そんな彼女の作った朝食を食べ終えて、出発の準備をすることにした。
準備と言っても、僕は特にすることはない。
いつも通り動きやすいパーカーとスウェットに着替えて、つっちーさんからもらった「土偶」を持つだけ。
僕はいつでも出発できるが、彼女はまだ準備ができていないようだ。
そういえば、どこで彼女は身支度しているのだろう。
いつもこの寝室とは別の場所で着替えたりしているようだが。
寝室を出て、食事をとった広い部屋に出る。その部屋の奥。
すぐ真正面にあるもう一つの扉に目が行く。
あそこにはまだ入ったことはない。あそこにいるだろうか。
その扉に近づき、そっと扉を開けて中を覗いた。
「……お?」
「…あ。」
まさに着替え真っ最中の、彼女と目が合う。
服に体を通そうとする途中だったのか、透き通るような彼女の綺麗な背中が目に入る。その光景に、一瞬見惚れてしまう。
途端、彼女の目が見開かれ、顔が真っ赤に染まっていく。そして。
「やああぁぁ!!クーのえっちぃぃぃ~~!」
「…わ、すっすみません」
僕は急いで扉をバタンッと閉める。
また彼女を困らせることをしてしまった。
どうしよう。怒らせてしまったかもしれない。
間もなくして、彼女が部屋からがチャっと出てきた。
長い金髪を後ろで二つに束ね、白いシャツの上に、鈍色のチェック柄のジャケットを羽織っている。
下は灰色のフレアスカートに、黒タイツ。
そんな彼女が、腰に手を当て、頬を膨らませこちらを睨んでいる。
「む~~~~!」
「そ、その……本当に―」
すると彼女は、僕に優しく抱き着いてきてきれた。
「……え。」
「ふふっ♪怒ると思った?」
「…はい。」
「もうっ!ダメだよ女の子の着替えを覗き見なんてっ!」
「……はい。もう、しません…。」
「ふふっ♪えいっ!」
彼女が指で僕のでこを突いてきた。
特に怒っているわけではないようだ。よかった。
「準備おっけ~?」
「…はい。」
「よしっ!行こうクーぅ!」
出発の準備はできた。
僕はつっちーさんに貰った「土偶」を両手で抱え、持って行く。
彼女も、「デート」の時に持ってたのとは違うバッグを持っている。
これからどうなるか解らない。
何があるか、とても不安だ。
そんな緊張も携え、彼女と並行して「泉」へと向かう。
いつものように「泉」を通して「クトゥグア」さんのいる所まで行くらしい。
「泉」についた。
その「泉」の表面には、赤くメラメラした物が映し出されている。
どこか暗いところのようだ。
とても、行き先が不安になる光景だ。
「いくよっ、クー。」
「……はい。」
彼女と、その「泉」の中へと足を踏み入れる。
何があっても。
彼女だけは守りたい。
その決心だけは、いくら不安でも決して揺らぐことはなかった。




