ツァトゥグァ?
いつも通り、朝を迎えた。
「…。」
ボーっと、天井を見つめている。
今日は「つっちー」さんと言う、僕と同じ、何かを操る力を持つ存在に会いに行く予定だ。
どんな力を操るんだろう。
少し不安になる。
隣にあるベッドではまだ、彼女がすやすやと眠っている。
もし何かあったとしても。
彼女だけは絶対に守らないと。
この前のような目に合わせるわけにはいかない。
そう決意し、ベッドから体を起こした。
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彼女と朝食を済ませ、出発の準備をする。
いつも着ている、灰色のパーカーとスウェットに着替えた。
この恰好が一番動きやすい。
何かあっても、すぐに体を動かせるだろう。
「準備できたぁ~?」
「…はい。」
「よっし!行こっか♪」
そう彼女とやり取りし、廊下に出て、この間使った「泉」へ移動する。
あの「泉」から、「つっちー」さんの住む場所へ移動するらしい。
どことでも繋がっているのだろうか。あれは。
しばらく廊下を歩き、彼女の纏っている姿を見る。
白いシュシュで、金髪の後ろ髪を二つに分け束ねている。
服は、白いブラウスに黄緑色のカーディガン。
短いデニムパンツと、黒いニーソックス。
彼女はたまに、こんな可愛らしい格好をする。
もっと、色んな姿の彼女が見て見たいと思った。
「…いーださん。」
「お?忘れ物~っ?」
「…いえ。いーださん、かわいいです。」
「……………………!」
突然彼女が早歩きになり、僕をどんどん引き離していく。
「もおっ!先に行っちゃうもんね~だっ!」
「…え。」
顔を真っ赤にし、今度は小走りになって行ってしまった。
怒らせてしまったのだろうか。
そんなつもりはなかったのだが。
申し訳ない気持ちになりながら、彼女の後を追う。
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そして。
「ここだよっ、クー。」
「……。」
今、巨大な重々しい扉の前にいる。
押しただけではビクともしなさそうな、鉄製の扉。
そんな扉を、呆然と見上げている。
ここが、「つっちー」さんの住む場所らしい。
辺りは薄暗く、空は灰色の雲に包まれている。
「心の準備はいいっ?」
「…はい。」
そう言うと彼女は、扉の横にぶら下がる大きな鐘を鳴らし始める。
ゴーーンッ
ゴーーンッ
大きく鳴り響く、鐘の音が。
辺りで何度もこだまする。
間もなくして、重々しい扉が、ゴオォォォと音を立てて開く。
その扉から、恐る恐る何かが覗いてくる。
「やっほ~っ!『しゃーたん』っ!お久~っ♪」
彼女が明るく、その扉の存在に話しかける。
「まぁ!イーダー様に、クトゥルフ様。ようこそいらっしゃいました。」
安心したかのように、それは扉から姿を露わにする。
銀色の長髪に、焦げ茶色の瞳。
頭からぴょんと二つの跳ね毛が生えている。
服は、地面まで伸びる豪華な銀色のドレス。
体つきがよく、胸も大きい。
おっとりとした、とても大人っぽい雰囲気の女性だ。
「歓迎いたしますわ。どうぞ中へ。私『シャタク』がご案内させて頂きます。」
「うんっ、いこっ!クーぅ!」
「…はい。」
彼女から「しゃーたん」と呼ばれた女性は、ドレスを引きずりながらゆっくりと歩き、丁寧な口調で僕たちをどこかへ案内する。
建物の中は、どこか神殿のような雰囲気だ。
大理石の柱が何本もそびえ立ち、見通しが良い。
周りには養子だろうか、同じような服を来た「ヒト」が数人見受けられる。
建物は奥へ奥へと続いており、上からは豪華なシャンデリアが点々とぶら下がっている。
天井はとても高く、全体に何かの絵が描かれており、神秘的な印象を受ける。
そんな建物の中は、建物の外の薄暗さに対比して、とても明るい。
「珍しいね~っこんなに「灯り」を灯してるなんてっ。前来た時はほぼ真っ暗だったよ~。」
「…ツァトゥグァ様が、『暗くて俺がつまづいちまうからもう点けとけ』と申されたので。」
「相変わらず適当なっ…苦労してないっ?」
「…………はい。」
そんな、いーださんとしゃーたんさんの会話。
その中に、「ツァトゥグァ」と言う聞きなれない名前が出てきた。
誰だろう。ここの主は「つっちー」と呼ばれる者だと思っていたが。
それとも、僕が「つっちー」と認識していたその存在が、「ツァトゥグァ」と言うのだろうか。
そんなことを考えていると、一つの扉の前で僕たちは立ち止まる。
「ここが『ツァトゥグァ』様のお部屋になります。只今お呼びしますので少々お待ちください。」
「なんかっ、嫌な予感がする…。」
「…えっ。」
彼女が顔をしかめてそう言った。
その言葉の意図が理解できず。
しゃーたんさんがその扉を手前に引くと。
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ガラガラガラッ
「…?」
音を立てて、何かが扉の外へ転がり出てくる。
そのうちの一つが、僕の足元まで転がってきた。
「…。」
気になってそれを拾い上げる。
これはなんだろう。何かの容器のような。
その容器に、透明の筒が刺さっている。
軽く容器を握り潰した感じ、「紙」のような感じがした。
容器には、見たことないカラフルな文字が刻まれている。
「…………前よりひどくなってる。」
いーださんが隣で、呆れた顔でそう呟いた。
しゃーたんさんが困った顔で笑顔を作っている。
そして、転がってきた容器の数々を蹴り分け、部屋の中に向かって軽く頭を下げながら呼びかける。
僕もこっそり、扉の中の様子を覗き込む。
「ツァトゥグァ様。失礼いたします。クトゥルフ様とイーダー様がお見えになっております。」
そう、部屋の中に呼びかける。
異様な様子の、異臭のする部屋の中へ向かって。
暗くも広い部屋の中は、一見「ゴミ」のように見える何かで一面埋め尽くされている。
先ほど手に持った容器と同じような物が山積みになり、所どこに紙包み、透明な小さい袋、食器(?)、本、衣類。他にも見たことのない物が、部屋中に散らばっている。
そんな部屋の真ん中の、「光る薄い板」の前に何者かがいるのがわかった。
それはうつぶせに寝そべりながら、その「光る薄い板」を見ている。
両耳に何かつけているからか、しゃーたんさんの声に気付いてないようだ。
「失礼いたしますっ。ツァトゥグァ様っ。」
しゃーたんさんは少し顔をしかめて声を張り、もう一度呼びかけている。
声に気付いたのか、両耳に付ける何かを外し、その何者かがこちらに顔を向けた。
そして。
「おう、クト。おっす。」
そう、僕を見て話しかけてきた。
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短い茶髪をツンと上へ尖らせた、褐色の肌。
山吹色の右目に、黄色い左目。
「極毛」と書かれた黒いTシャツに、迷彩柄のステテコ。
体はほっそりとしているが、お腹はほんの少しぽっこりしているように見える。
「……………………つっちー。なに、コレ。」
扉を完全に開き切り。
いーださんが顔に影を宿し、部屋の中に呼びかける。
やはり「つっちー=ツァトゥグァ」だったのかと僕はようやく理解できた。
ということは部屋にいる彼が、僕と同じ何かを操れる力のある存在だ。
部屋の中の彼が、いーださんの呼びかけにピクッと反応する。
「げ、イーダーもいるのかよっ。い…いやぁな、その~、ほら。精神的な面でな。色々あってだな……。」
何処かのんびりとした雰囲気の彼「ツァトゥグァ」は、いーださんを見て冷汗をかきながら、何か誤魔化すように状況を説明している。
そんな彼を見たいーださんが、プルプルと震え始め。
「ほらっ!だっ誰にだってあるだろ?部屋が汚くなる時期がさ!それが今なんだって!だから――」
「オンドリャアアアあああああああああああああああ!?!?」
声を出したのは、いーださんだ。
彼女の物とは思えない図太い声で、部屋のゴミを巻き上げながら、彼に突進していく。
「ひぃ!―」
そして彼女の一蹴りが。
彼と「光る薄い板」を部屋の奥まで吹き飛ばした。
ガシャーーンと、何かが壊れる音と共に。
飛ばされた彼はピクピクと痙攣しながら動かなくなる。
「………………クー、しゃーたん。」
いーださんがこちらに向き直る。
しゃーたんさんはそんな彼女を、何故か「救世主」を見るかのような尊敬の目で見つめている。
そして。
「掃除するぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
と、怒号を上げた。
しゃーたんさんが隣で「おー」と握りこぶしを小さく掲げた。
僕もそれを真似して「おー」と拳を上げる。
僕はここに何をしに来たんだったか。
本来の目的を見失いつつ。
ツァトゥグァこと、つっちーさんの部屋の大掃除が始まった。




