正気度?
彼女に、元気が戻った。
先ほどまでは、ずっと俯きながら涙をぽろぽろと流し、頑なに自傷していた。
そんな彼女はもう既にいなくなり、明るい声で僕と会話してくれている。
会話の内容は、主に「ハスター」の愚痴だった。
「もうっ!『ハスター』さえいなければ楽しくデートできたはずなのに~っ!」
「…はい。」
「ほんっと迷惑しちゃう!今度会ったら殴り飛ばしてやるぅ!」
「…です。」
「あいつがいたらまともにお外も行けないよっ!ねぇクー!」
「……あの。」
「お?」
気になって、聞くことにした。
「…僕の『あれ』って、何だったんでしょうか。」
「………。」
彼、「ハスター」と対峙した時に僕に起こった、謎の変貌。
白いごつごつとした腕に、巨大な黒い鉤爪。
あれは間違いなく僕から「生えていた」物だ。
あれは一体、なんだったのか。
「…あれも、クーだよ?」
「…。」
「あれはクーの……そうだなぁ…『本気モード』みたいな感じかなっ」
「…本気、モード。」
「うんっ!ああなったクーはっ、ほんっとに凄いんだよっ!なんでもできちゃうのっ!」
「…はぁ。」
そんな風に明るく振舞って、何かを「ごまかす」ようにも聞こえたが。
そう説明してくれた。
そうして僕の「あれ」の説明を、その後も彼女は続けてくれた。
彼女の話をまとめると。
「あれ」になった僕は普段よりもより多くの「水」たちを従えることができ、やろうと思えば「この世の全て」を「水」で包み込むこともできないくはないそうだ。
他にも、「水」を吸収して巨大化したり、「水」に溶けて姿を消すこともできるのだとか。
そしてその「本気モード」の僕が現れる条件は、僕自身の「正気度」という物が著しく低下した時らしい。
「正気度」が著しく低下すると、「それ」が僕の奥深くから現れ、僕のこの「ヒト」の姿を借りて出てくるのだそう。
ただ「それ」を表に出すかどうかは、僕の意思次第らしい。
そう言われて、自然と納得できた。
確かに僕は、あの時。
彼女の痛々しく変わり果てた姿を見て、頭が真っ白になった。
背筋が凍り付き何も感じなくなって、奥深くから浮上してくる「それ」に身を委ねた。
きっとあの感覚が「正気度」が下がった状態だったのだろう。
彼女はそれらを、自慢げに教えてくれた。
「…なるほど。」
「わかった~?」
「……はい。ありがとうございます。」
「ふふっ♪」
「…あと。」
「お?なに?」
「…………あの「姿」、怖かったですか。」
「ううんっ!全っ然!」
「……そうですか。…よかったです。」
僕はあの「姿」が怖かった。
あれが「僕」だとは到底思いたくない。
できればもう、表には出したくない。
取り返しのつかないことをしてしまいそうな気がして。
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「………あ~あ。」
風通しのいい、洞窟の中。
生活に最低限必要な物が揃えられてる、ちょっとした広間。
火を灯した松明がいくつか壁に付いている、そんな場所に。
男の子の姿をした、黒いフードを被っている彼「ハスター」がいた。
機嫌が悪そうに天井を見上げて、ぶつぶつと独り言を垂らしている。
「……悔しいなあ。これで何度目だっけ。負けちゃうの。」
「―――52回目。」
消えてしまいそうなほどか細い声が、彼の独り言に答える。
「…うるさいな黙れよ死ねよ。」
「……ひどい。」
「ふんっ聞いてないのに答えるからだよ。」
「……聞かれたと思ったから、答えた。」
「はいはい。」
いきなり罵倒されてしょんぼりとするその存在は、気をつかってか、「ハスター」よりちょっと離れた場所にちょこんと座る。
青紫色のショートヘアに、虚ろな灰色の目。
頭のてっぺんから、ぴょんと毛がはねている。
薄紫色のワンピースのような服を纏って、優しく彼を見つめている。
「……怪我、してない?」
「してるように見える?」
「……見えない。」
「じゃあ聞くな。」
「……ごめん。」
「シューはいつもそうだ。もう少し頭を使ってから発言するといいよ。」
「……辛辣、つらい。」
「いつものことだろ。」
シューと呼ばれたその少女は、泣きそうな顔になりながら俯いた。
「……優しさ、欲しい。」
「他を当たることだね。」
「……う、うぅぅ」
「……。」
「……ぐすっ、うぅぅ」
「はぁ~。……『そよめけ』」
面倒くさそうに彼がそう言うと。
少女に向けて、撫でるような優しい風が少女の髪を揺らす。
その優しい風に、少女は表情が和らぐ。
「これでいいかい。」
「……うん。」
「…はぁ、ちょっと外行ってくる。」
「……いってらっしゃい。」
彼はふわりと浮きあがり、洞窟のどこかへと消えていく。
そんな彼を、少女は優しい、虚ろな目で見送る。
「……この風、好き。」
まだ微かに残る優しい風を。
少女は噛みしめるように堪能していた。
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「じゃ~んっ!今日のは自信作ばかりだよっ♪」
「…おぉ。」
彼女と今から、夕食を取ろうとしている。
シャンデリアが光を灯し、明るくなっている、大部屋。
いつも通り、とても豪勢な大量の料理が目の前の長い黒机に並んでいる。
「自新作」だというそれらの料理は、いつもより力が入っているように思えた。
量も、いつもよりたくさん盛られているように見える。
「…いただきます。」
「いただきま~すっ!」
そして、空腹を訴える自分のお腹に、それらを放り込んでいく。
言うまでもなく、おいしい。
「どうっ?美味しいっ?」
「はい。とても。」
「ふふっ♪たくさん食べてねっ♪」
彼女が喜ぶ姿は、いつみても明るい。
ずっと見ていても、きっと飽きないだろう。
愛おしいそんな彼女に、しばらく見惚れる。
「…どったの?」
「……いえ、なんでも。」
「え~~なにぃ?気になるぅ~!」
彼女と過ごすこの食事時は。
いつも、楽しい。
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夕食を終えて、今は寝室にいる。
彼女は隣のベッドで、足をパタパタと動かしながら、何かの本を読んでいる。
僕もベッドに寝そべりながら、ふと「ハスター」のことを考える。
彼は「風」を自在に操ることができた。
周りの「風」に命令し、竜巻を発生させたりしてきた。
そして僕は、「水」を自在に操れる。
他にも、そんな何かを自在に操れる存在はいるのだろうか。
疑問に思って、彼女に問いかける。
「…いーださん。」
「ん~?」
「…ハスターさんは、『風』を操れるんですよね。」
「うんっ、だね~。」
「…じゃあ他にも、何かを操れるような、そんな方は、いるんですか。」
「うんっ、いるよ~。」
やはりいるらしい。
そしてさらに、気になった。
「その他の方達も……僕のこと、嫌いなんでしょうか…。」
「……え?」
そう、不安げに聞いた。
『街』に出た時に襲ってきた、「ハスター」。
あれだけの力を持った存在が、他にもいて。
それらが僕を狙って襲ってくるのであれば。
それなりの、覚悟はしておかないといけない。
「ん~、『つっちー』は仲良くしてくれるよ~?」
「……『つっちー』?」
つっちー。
名前だろうか。
そんな聞きなれない名前の存在に興味が湧いた。
仲良くしてくれる。そう聞いて。
「その『つっち-』さんに、会うことって出来ますか。」
「…会うの~?」
「……ダメ、ですか。」
「ううんっ、あいつなら会ってくれるよっ!」
「…会いたいです。」
「おっけー!じゃあ、明日会いに行こっかっ♪」
「…はい。」
明日か。
少し急な気がするが、早く会えるのならそれでいい。
自分と同じような、何かを操れる力がある存在と話がしたい。
話せれば、何か解る気がする。
僕の、これからのことについて。




