大好き?
――――――暗い一室。
暗く、広い部屋には、異臭が満ちている。
ひどく散らかっており、床が見えないくらい、何かで埋め尽くされている。
そんな部屋の真ん中でうつぶせに寝そべる、その存在。
Tシャツとステテコを身にまとう、その男。
「…。」
寝そべりながら、正面にある「パソコン」を眺めている。
左手の甲に顎を置き、ヘッドホンを両耳に付け、右手のマウスでカチカチとパソコンを操っている。
「…?」
ふと目に入った、ニュース記事を見る。
その記事の要所要所だけ目に通す。
〈天災か人災か?死者、推定300万人以上〉
〈●阪市天●寺区を中心とする、推定30km圏内に及ぶ怪奇現象〉
〈原因、いまだ特定できず〉
〈殆どの遺体が、『血栓症』に酷似した状態〉
〈なんらかの『外的圧力』か〉
「……クト起きてんじゃん。」
軽く「フッ」と笑いながら、そうボソッと呟いた。
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――――――ゆっくりと。
「僕」は、目が醒めた。
「…………。」
何度か見たことのある、天井。
いつもの、「スウィートホーム」と呼ばれた建物の、寝室。
「………!」
意識がはっきりしていることを自覚すると、ベッドから飛び起き、すぐ「鏡」の前に立つ。
鏡に映し出されたのは――。
いつも通りの、「僕」だった。
髪は白く、対して背丈は高くない。
右目は紺色、左目は水色。
腕もいつもと変わらず、ほっそりとしている。
服はいつ着替えたのだろうか、片方の肩が覗いてるほどぶかぶかの、鈍色のニットにスウェット。
いつもの僕が、その立ち姿を見ながら、ボーっとしている。
次に、辺りを見渡す。
部屋には、彼女の姿はない。
僕がいーださんと呼ぶ、かけがえのない存在。
途端に、彼女を今すぐにでも抱きしめたいような衝動に駆られる。
どこにいるんだろう。
小走りで、その彼女の行方を捜すため、部屋を出たら。
「―ひぎぃ!」
部屋を出た途端、勢い余って何かにぶつかり、突き飛ばしてしまった。
ぶつかった時の感触から、すぐにそれがいーださんだと解った。
「…………クー。」
「……いーださん。」
確認し合うようにお互い呼び合って。
「クーぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~!!」
彼女が僕に飛びかかってきた。
そのまま勢いに耐えきれず、押し倒されてしまう。
「よかったぁ!よかったよぅ!ふえええぇぇぇぇっ…」
「……。」
僕の上でわんわんと泣き叫ぶ彼女の様子に安堵し。
そのまま彼女を抱きしめる。
頭をよしよしと撫で、背中を擦る。
彼女の金色の長い髪の毛をかき分けつつ、背中を露わにする。
そして、彼女の背中には「傷」が無いことを改めて確認する。
「ハスター」の刀によって斬りつけられたであろう傷は跡形もなく消え、その小さな背中は艶々している。
「…お怪我、ないですか」
「うんっ!うんっ…ありがとっクーぅ、ありがっ……うわあああはああはあああああんっ!!」
「……。」
泣きじゃくる彼女をあやすように、優しく、何度も撫でる。
そんな一時に、しばらく浸っていた。
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彼女の支離滅裂とした言葉をなんとか自分の中でまとめ、僕が気を失っていた間のことをだいたい把握する。
彼女の前で気を失った僕は、すぐ「元の姿」に戻ったらしい。
その僕を彼女が担いで、「街」の「大きな噴水」を経由し、ここまで運んできてくれたとのこと。
彼女には本当に感謝の言葉しか出てこない。
そして、気を失ってからもう既に「丸一日」経つという。
その間彼女は、僕の服を着替えさせ、ベッドに横たわる僕に付きっきりで、泣き喚きながら何度も呼びかけてくれたらしい。
彼女に多大な迷惑をかけてばかりの自分に、腹が立つ。
「………ぐすっ…………ぐすっ」
そして彼女が、ようやく落ち着いて来た。
同じベッドに並んで座り、僕は彼女の背中を撫でている。
「……大丈夫ですか。」
「…うんっ、ごめんね…ごめんね…」
「………謝っちゃ、だめです。」
「…………う…でも…でもねっ」
彼女は僕に、そっと抱き着いてくる。
「今回のこと…全部……私のせいだから……。」
「……え?」
「……あたしが…『デート』行こうなんて、言わなかったら……こんなことには…。」
「…そんな。いーださんは、何も悪くないです。」
「ううん、私のせい。ぜんぶ…全部……。」
「……いーださん、違います。」
「違わないのっ!私の…私のぉ……」
また、目にうるうると涙を溜めていく。
そんなことを言い出したら、事の発端は僕にある。
この健気な彼女に、何かしてあげたい一心で、「してほしいことはあるか」などと言わなければ何も起きなかったはずだ。
わざわざ言葉で聞かなくても、何か彼女のためにしてあげられることは沢山あったはずだ。
愚かだったのは、僕だ。
「…いーださん。」
彼女の目に溜まった涙を、人差し指でさっと拭いて。
そっと彼女の頬に、僕の唇を当てる。
「………ぬぇ!?」
ピクッと体を強張らせ、赤面し、驚いた顔をする。
「街」で彼女とやった、「アイスの件」の続きを、今してあげる。
生憎の「アイスのやり取り」はないが、それでもよかった。
彼女が喜ぶと思ったから。
彼女は少し時間を置き、両頬をパチンッと手で押さえ、赤面するのを抑制しようとしている。
そして。
「…うぅぅぅぅぅぅ!!クーのいぢわる~~~~っ!!」
両足をこちらに向け、その足でげしげしと蹴ってきた。
「………えっ」
「もぉぉぉぉ!このこのこのこのこのこのぉぉ~~~っ!!」
と叫びながら、軽く何度も蹴りをかましてくる。
その時の彼女の顔は。
真っ赤な顔で、可愛らしく笑っていた。
「……。」
その顔を見て、安心する。
方法は正しくなかったかもしれないが、とりあえず彼女を元気づけたかった。
いつもの明るい彼女に戻ってほしくて。
飛んでくる足を捕まえ、軽くくすぐったりして「やぁぁ~~!!」と叫ばせたりと。軽く抵抗しながら。
「もぉ~~っ、ふふっ、クー大好きっ♪」
「……。」
そんな、ちょっと賑やかな時間を過ごした。




