狂乱?
「街」は、狂乱の渦と化していた。
突如として現れたあの「ハスター」と呼ばれた存在のせいだろう。
周りの「ヒト」の群れは、何処か遠くへ逃げようとしている。
「街」より外へ行こうとしているのだろうか。
そんな群れになるべく遭遇しないように。
そして、その狂乱の元凶である「ハスター」に遭遇しないように。
逃げ惑う彼女と僕は、「ヒト」の群れとは全く正反対の方角へと逃げている。
僕たちの目的は、この「街」に最初に降り立った、「大きな噴水」のある広場。
その「大きな噴水」の中に、「飛び込む」こと。
そうすれば、僕たちが拠点としていた「スウィートホーム」に戻ることができ、向こうからはその「スウィートホーム」に入ってこれないらしい。
走って移動しながら、いーださんがさっき出会った「ハスター」のことを息切れ気味に喋ってくれる。
僕も息を切らしながら、彼女の話を聞きのがさないようにしている。
「クー、いいっ?絶対にアイツのっ『30m』以内に入っちゃダメなのっ!」
「どうしてっ、ですかっ」
「アイツはっ『風』を自在に操れるの!クーがっ『水』を操れるみたいな感じで!」
「はぁ…なるほどっ」
「でっ、あいつが操れるのはっアイツから『30m』以内の『風』とっ『空気』だけ!だからっダメだよっ!」
「はぁ…はいっ!」
「あと、クーの『命令』は、あいつには効かないのっ!あいつはっ、水を宿してないからっ!おっけーっ?」
「はいっ…はぁ…はぁ…」
そんな風に、懸命に教えてくれた彼女の言葉を頑張って記憶する。
走っているからか、脳が活性化して来る感じがした。
うちに、一つの疑問が浮かんできた。
さっきその「ハスター」と(初めて)出会ったとき、彼は僕の真後ろにいた。
真後ろということは、距離で考えてもほぼ『0m』。
彼から『30m』以内が優勢圏なら、さっきいた噴水の広場では、彼は間違いなく優勢だったはず。
仕掛けようと思えばいつでも可能だった、はずだ。
それを踏まえて考えて、彼の立ち振る舞いや行動から、彼のこちらに対する「殺意」があまりにも薄い物だと。そう推測できた。
それはいーださんに対しても同じことが言えるような気がする。
彼の目的はなんだろう。
ただ、わからずに逃げるしかなかった。
__________________
街の中心へ向けて走って、少し開けた所に出た。
もう辺りの「ヒト」の気配は少ない。
中心までもうすぐだろうと思っていたその矢先。
「ハッハッハッハッハ!ねえどこいくのお二人さん!」
頭上から、先ほど聞いた声。
声から読み取れる、喜びと怒り。
それはふわりと、僕たちの行先を阻むように目の前に飛来してくる。
僕たちも道を阻まれ、「ハスター」と呼ばれている彼との距離を測りつつ立ち止まるしかなかった。
いーださんの言った『30m』以上離れられているかは、わからない。
「う~もうっ!私たちになんの用なのよっ!」
浮遊する彼を威嚇するように、いーださんが言い放った。
「ひどいな~遠くからわざわざ会いに来てあげたのに~」
「こっちはさらさら会いたくなんかなかったよっ!せっかくクーとのデートの途中だったのにっ!」
「デート?デ~トぉ?ッハハハハハ!かの『クトゥルフ』の御夫婦さまが『ヒト』の街でよくそんなことができるわなああああ!あ゛ぁ゛!!?」
「そ~っちこそ!その『ヒト』の街でこんな大きな騒ぎ起こしてんじゃないっ!」
子供同士の、口喧嘩のような。
でもそのやり取りには、「命」の取引があった。
「もうっ!どっかいってよっ!子供は家に帰って童話でも読んでろっ!」
「こんなだだっ広い『街』に赴いて何もせずに帰るバカいる?」
そんなやり取りに気を取られて。
もっと早く気が付くべきだった。
彼がすでに、「居合い」に入ってることを。
それにいーださんも気が付いたのかピクッとして。
…ニヤリ。
「弾けろ。」
そう彼が何かに「命令」したとき、破裂音のような物が聞こえた時にはもう。
僕のすぐ目の前に彼が来ていた。
刀で、僕を斬りつけようとして。
「クーー!!!!!!」
彼女が、僕の前に躍り出て―。
__________________
衝撃と共に、体が後ろへ飛んだ。
その衝撃に気を失いそうになりつつ、なんとか自我を保つ。
「………うっ。」
痛みに震える体を起こし、少し遠くに横たわる彼女へ駆け寄ろうとして。
違和感に気付く。
背中一面に、赤い血を滲ませている彼女は。
ピクリとも動かない。
「…………………いーだ、さん?」
嫌だ。
「………………いーださんっ!!!」
彼女から。
返事はない。
何かが―。
僕の、奥深くから―。
―浮上してくる。
「あ~あ、体張っちゃって。」
すぐ真後ろから聞こえる、彼の声。
「そんなに痛くするつもりはなかったんだけどね~。」
もう、彼との距離とか。
考えれなかった。
もう…何も見えない。
「…で、どうするの。」
トントンと、刀で首筋を軽く打たれる。
「…出て来るなら早く出てきてよ。ねえ。」
後ろからそう言葉を浴びせてくる。
「ボクに負けちゃうよ~?子供に負けちゃうの~?」
…負ける。
もう、負けるなんて
二度とごめんだ。
――浮上してくる「何か」に身を任せ。
――「僕」は、沈んでいく。
後ろから、歓喜するような軽い笑い声が聞こえた。
――「何か」の、目が醒める。
まず、遠くにある彼女を見て。
「………『死ヌな』」
とりあえずそう、「命令」する。
そうして、彼女の体が。
ごろりとうつぶせになり、「………う、う」と、痛みをこらえるような声を上げる様子を見て、とりあえず安堵する。
次に、自分の手を見た。
自分の手は。
真っ白で。
黒い斑点模様のある。
ごつごつとしてて。
巨大な鉤爪を携えた。
太い、何かの怪物のような腕に変貌しているのを確認する。
「……やあ。久々だね。」
後ろから声がかけられる。
声をかけてきた彼の目的は。
僕に会いに来たのではなく。
「これ」に会うことだったんだと。
確信する。
「………ふん!」
カンッ
首に何かが突き立てられた気がした。
痛みはない。
「……くっ!ぬ゛う゛ぅ!!」
ガンッ
今度はさっきよりも強い衝撃。
これも痛みはない。
「座ってないで殺り合おうよおおお!ねええッ!!」
そんな、ちょっと震えた声に応えるように。
ゆっくりと振り向き。
真っ黒に染まった眼で彼を見据える。




