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記憶を失くした旧支配者  作者: 南瓜
3日目
12/45

狂乱?

 「街」は、狂乱の渦と化していた。




 突如として現れたあの「ハスター」と呼ばれた存在のせいだろう。


 周りの「ヒト」の群れは、何処か遠くへ逃げようとしている。

 「街」より外へ行こうとしているのだろうか。


 そんな群れになるべく遭遇しないように。

 そして、その狂乱の元凶である「ハスター」に遭遇しないように。



 逃げ惑う彼女と僕は、「ヒト」の群れとは全く正反対の方角へと逃げている。


 僕たちの目的は、この「街」に最初に降り立った、「大きな噴水」のある広場。

 その「大きな噴水」の中に、「飛び込む」こと。


 そうすれば、僕たちが拠点としていた「スウィートホーム」に戻ることができ、向こうからはその「スウィートホーム」に入ってこれないらしい。


 走って移動しながら、いーださんがさっき出会った「ハスター」のことを息切れ気味に喋ってくれる。

 僕も息を切らしながら、彼女の話を聞きのがさないようにしている。


「クー、いいっ?絶対にアイツのっ『30m』以内に入っちゃダメなのっ!」

「どうしてっ、ですかっ」

「アイツはっ『風』を自在に操れるの!クーがっ『水』を操れるみたいな感じで!」

「はぁ…なるほどっ」

「でっ、あいつが操れるのはっアイツから『30m』以内の『風』とっ『空気』だけ!だからっダメだよっ!」

「はぁ…はいっ!」

「あと、クーの『命令』は、あいつには効かないのっ!あいつはっ、水を宿してないからっ!おっけーっ?」

「はいっ…はぁ…はぁ…」


 そんな風に、懸命に教えてくれた彼女の言葉を頑張って記憶する。



 走っているからか、脳が活性化して来る感じがした。

 うちに、一つの疑問が浮かんできた。


 さっきその「ハスター」と(初めて)出会ったとき、彼は僕の真後ろにいた。

 真後ろということは、距離で考えてもほぼ『0m』。

 彼から『30m』以内が優勢圏なら、さっきいた噴水の広場では、彼は間違いなく優勢だったはず。

 仕掛けようと思えばいつでも可能だった、はずだ。


 それを踏まえて考えて、彼の立ち振る舞いや行動から、彼のこちらに対する「殺意」があまりにも薄い物だと。そう推測できた。

 それはいーださんに対しても同じことが言えるような気がする。



 彼の目的はなんだろう。

 ただ、わからずに逃げるしかなかった。


__________________


 街の中心へ向けて走って、少し開けた所に出た。

 もう辺りの「ヒト」の気配は少ない。


 中心までもうすぐだろうと思っていたその矢先。


「ハッハッハッハッハ!ねえどこいくのお二人さん!」


 頭上から、先ほど聞いた声。

 声から読み取れる、喜びと怒り。


 それはふわりと、僕たちの行先を阻むように目の前に飛来してくる。



 僕たちも道を阻まれ、「ハスター」と呼ばれている彼との距離を測りつつ立ち止まるしかなかった。

 いーださんの言った『30m』以上離れられているかは、わからない。


「う~もうっ!私たちになんの用なのよっ!」


 浮遊する彼を威嚇するように、いーださんが言い放った。


「ひどいな~遠くからわざわざ会いに来てあげたのに~」

「こっちはさらさら会いたくなんかなかったよっ!せっかくクーとのデートの途中だったのにっ!」

「デート?デ~トぉ?ッハハハハハ!かの『クトゥルフ』の御夫婦さまが『ヒト』の街でよくそんなことができるわなああああ!あ゛ぁ゛!!?」

「そ~っちこそ!その『ヒト』の街でこんな大きな騒ぎ起こしてんじゃないっ!」



 子供同士の、口喧嘩のような。

 でもそのやり取りには、「命」の取引があった。


「もうっ!どっかいってよっ!子供は家に帰って童話でも読んでろっ!」

「こんなだだっ広い『街』に赴いて何もせずに帰るバカいる?」



 そんなやり取りに気を取られて。



 もっと早く気が付くべきだった。




 彼がすでに、「居合い」に入ってることを。


 それにいーださんも気が付いたのかピクッとして。







 …ニヤリ。

「弾けろ。」




 そう彼が何かに「命令」したとき、破裂音のような物が聞こえた時にはもう。


 僕のすぐ目の前に彼が来ていた。

 刀で、僕を斬りつけようとして。



「クーー!!!!!!」



 彼女が、僕の前に躍り出て―。


__________________


 衝撃と共に、体が後ろへ飛んだ。

 その衝撃に気を失いそうになりつつ、なんとか自我を保つ。




「………うっ。」


 痛みに震える体を起こし、少し遠くに横たわる彼女へ駆け寄ろうとして。






 違和感に気付く。






 背中一面に、赤い血を滲ませている彼女は。






 ピクリとも動かない。






「…………………いーだ、さん?」


 嫌だ。


「………………いーださんっ!!!」


 彼女から。






 返事はない。

 






何かが―。

僕の、奥深くから―。


―浮上してくる。




「あ~あ、体張っちゃって。」




 すぐ真後ろから聞こえる、彼の声。




「そんなに痛くするつもりはなかったんだけどね~。」




 もう、彼との距離とか。


 考えれなかった。


 もう…何も見えない。




「…で、どうするの。」




 トントンと、刀で首筋を軽く打たれる。




「…出て来るなら早く出てきてよ。ねえ。」



 後ろからそう言葉を浴びせてくる。



「ボクに負けちゃうよ~?子供に負けちゃうの~?」




 …負ける。






 もう、負けるなんて



 二度とごめんだ。





――浮上してくる「何か」に身を任せ。


――「僕」は、沈んでいく。



 後ろから、歓喜するような軽い笑い声が聞こえた。



――「何か」の、目が醒める。



 まず、遠くにある彼女を見て。



「………『死ヌな』」


 とりあえずそう、「命令」する。



 そうして、彼女の体が。

 ごろりとうつぶせになり、「………う、う」と、痛みをこらえるような声を上げる様子を見て、とりあえず安堵する。



 次に、自分の手を見た。



 自分の手は。



 真っ白で。


 黒い斑点模様のある。


 ごつごつとしてて。


 巨大な鉤爪を携えた。



 太い、何かの怪物のような腕に変貌しているのを確認する。



「……やあ。久々だね。」



 後ろから声がかけられる。



 声をかけてきた彼の目的は。

 僕に会いに来たのではなく。

 「これ」に会うことだったんだと。

 確信する。



「………ふん!」


 カンッ



 首に何かが突き立てられた気がした。

 痛みはない。



「……くっ!ぬ゛う゛ぅ!!」



 ガンッ


 今度はさっきよりも強い衝撃。

 これも痛みはない。




「座ってないで殺り合おうよおおお!ねええッ!!」



 そんな、ちょっと震えた声に応えるように。

 ゆっくりと振り向き。





















 真っ黒に染まった眼で彼を見据える。


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