ハスター?
彼女とのデートは、その後も続いた。
さっきのアイスの件。
僕は特に間違っていなかったようだ。
むしろ敗北したのは、いーださんの方だと本人から聞かされた。
その後「うわぁん!逃げなきゃよかったぁ!」と何度もうなだれていた。
どこか寂しげな彼女を見て、もう一度アイスをあげたくなったが、そのアイスはもう既に手元にはない。
そんな彼女と、今は「洋服店」に入ってきている。
楽しそうに僕を連れて、洋服店の中を一緒に歩き回る。
「う~ん、クーって結構『帽子』とか似合いそうだよね~っ」
「…帽子ですか。」
「うんっ!ほらぁ、これとかっ、これとかっ!」
と言って、さっきから頭の上へ何かを被せてきている。
そうして彼女が「これもいいなぁ~♪」などと言いながら、帽子の選定をしている。
不意に、誰かに睨まれているような感じがした。
「……。」
気になって、辺りを見渡す。
だが、その視線の持ち主らしき物は見つからなかった。
今の感じはなんだったんだろう。
とても、「不快な物」に見られていた気がした。
「どしたの~?クーぅ。」
「…あ、いいえ。」
「…ん~?」
不思議そうにする彼女に、今の謎の視線のことについて話そうか迷ったが。
「じゃあ、とりあえずこんだけ買ってみよっかっ♪」
「…はい。」
彼女に話すと、心配させてしまうかもと思った。
そう思い、何も無かったんだと、心の中で片づけることにした。
_________________
洋服店を出て、近くの広場で彼女の荷物整理の手伝いをしている。
この広場にも噴水がある。彼女と街を歩き回ってるうちに、これと同じような形の噴水が街の所々にあることを思い返す。
これも「ヒト」が作った物なんだろうかと、その芸術的な形に興味が湧く。
すぐ側では、デートに来た時から持っている少し大きめのそのバッグに、ここまでに買ったものをどんどん詰め込んでいく彼女がいる。
詰め込んでるというより、「流し込んでる」ようにも見えた。
「……あの。」
「ん?なにぃ?」
「…そのバッグ、たくさん入るんですね。」
「うんっ!このバッグの中はねぇ、あたしたちのお部屋につながってるんだよっ!」
「……はぁ」
「ふふっ、いっぱい入るからびっくりしたっ?」
「…はい。」
ということらしい。
いまいちどういうことなのか理解できず、納得する。
「そうだっ!そろそろ『お水』かけようかなっ?」
「…あぁ、はい」
そう言って、そのバッグから透明の容器を取り出すと、その中の水を僕の頭にかけてくる。
頭から、首に、背中にと「水」が流れてくるのがわかる。
着ている服にも水が垂れるが、そんなことは彼女は気にしていないようだった。
これにどんな意味があるかはわからない。
ただ、すごく居心地のいい気分に浸った気がする。
そして、透明な容器に入った水が、すべて僕の体へと流された。
服はびしょびしょに濡れている。
ただ、居心地は悪くない気がする。
「そうだっ!次いでだから、ジュースも買ってくるよっ!何か飲みたいものあるっ?」
「……いえ、お任せします。」
「ふふんっ、了解っ♪ここで待っててね!」
そういうとバッグを持ち、駆け足でどこかへ行ってしまった。
彼女がいなくなり、静かになってしまった。
やることもなく、近くにある噴水の縁に腰かけて、それに目をやる。
上から溢れ出た水が、下の層にたれ流れて、その層からまた下へ流れ、一番下に水溜りを作り出している。
まるで一枚の布であるかのように均等に水が流れ落ち、自分の姿が流れ落ちる水に映し出されたり、映し出されなかったりする。
そんな光景に見とれて。
自分のすぐ後ろに立つ。
「黒い何か」に気付くのには時間がかかった。
__________________
「う~ん、クーってどんなものなら飲んだっけなぁ~」
どこか古風な雰囲気のあるこの街には似合わない「自動販売機」の前で彼女は考えていた。
「う~んう~ん、これでいいかっ」
投げやりな感じに、選んだジュースを求めるべく指を伸ばそうとする。
しかしその指は途中で止まった。
「『ハスター』が出たぞおおおおおおおおおお!」
どこかから聞こえた、男性のそんな悲鳴のような叫び声。
「…っ!!」
その叫び声の意味を理解し。
自分の思考が完全に停止してしまうほどの恐怖感が、彼女を襲った。
__________________
流れ落ちる噴水の水に写った、自分と、「黒い何か」。
怖くなって、後ろをサッと振り返る。
黒いパーカーのフードを被った、男の子。
そのフードの中から見える、緑の右目と、黄緑色の左目。
黄色のような橙色のような色の、サルエルパンツ。
両腕に、歪な「刺青」。
右手には、透き通った刀。
〈ハ、ハスターだあああああ〉
〈逃げろおおおおおおお〉
〈なるべく遠くにいけええええ〉
周りにいる「ヒト」が、そんな目の前の存在を指さし、恐怖に駆られてるのが見えた気がした。
目の前のそれは、僕の顔を見て、何かを確信したかのように。
「久しぶりだねぇクト。」
ニヤリと、歯を見せながら笑って。
「そして―」
右手の、刀を上へ振り上げて。
「―サヨナラ。」
ッバス
「…お?」
左から。
目の前のそれに何かが飛んできて、ぶつかったのが見えた。
ぶつかったそれは、少し大きめのバッグ。
そして立て続けに。
「はあぁぁぁ!!!」
ドンッ
どこから来たのか、いーださんが目の前のそれに勢いよく体当たりした。
僕から見て右へと飛んでったそれらを見て。
どうすればいいか、震えながら考える。
恐怖感が、身を凍らせる。
「逃げて!!クー!!!」
体当たりして体勢を崩した彼女が、僕に悲鳴まじりにそう呼びかけてきた。
だが、その彼女のすぐそばに。
その男の子がもう、立っていて。
「…おい。痛いじゃないか。」
怒りに満ちた緑色の目が。
静かに彼女を見つめて。
今まさに、彼女に刀が振り下ろされようとしている。
「……!!」
やめて。
その人だけは。
傷つけないで。
ザッ!!
「…わお。」
ダーンッ!!!!!!!
僕は。気づいたら。
男の子のようなそれを、遠くの方まで殴り飛ばしていた。
いつ、どうやって動いたのか。いつ殴ったのか。
「逃げよ!クー!!」
体勢を立て直したいーださんがすぐそばにいて、僕の手を取りそう言った。
彼女の声に我に返り、逃げようと――。
「逃がさないんだなこれがああ!」
殴り飛ばしたそれが、浮遊しながら凄い速さでこっちに接近してくる。
どうしよう。
また襲われる。
無意識に、噴水に目がいった。そして。
「噴水さん!あいつを吹き飛ばして!」
咄嗟に、そう口にしたら。
優雅に水を出していた噴水から、目に見えない速さの水鉄砲が何度も何度も射出される。
しかも、近くの噴水からだけでなく、街のどこからともなく水が飛んできて、こちらに近づいてくるそれにぶつかっていく。
「ちっ、くそがっ」
男の子の姿のそれは顔をしかめて、体をかばうような体勢になった。
「ボクを守れ!」
そう彼が言った途端、彼に立ち向かう「水」が、彼の周りの障壁のような何かに弾き返され始めた。
それを見て。
「いまだよっ!いこう!クー!」
「はいっ」
彼女に手を引かれ、走ってあの存在と距離を取る。
__________________
「吹き飛ばして」。
そう「命令」された水たちは、はじかれてもはじかれても。
不敵に笑うその存在を吹き飛ばすまいと、見えない障壁に何度も、ダダダダダダッと、絶え間なくぶつかりに行く。
そんな水を、嘲笑うように、静かにニヤニヤと見つめる。そして。
「乾かせ。」
バッと左右に腕を、押し返すように広げた。
その瞬間。
ブシャーーーン!
あたりの水が突風に吹き飛ばされ、消え去ってしまった。
「クフフフフフフフ!楽しくなってきたじゃん!」
口が裂けそうなくらいニヤリと笑うそれを、ふわりと「風」が持ち上げる。
そして、その笑う男の子のようなそれを。
「水」の主の元へ運んでいく。




